バチバチにキメた黒ギャルの陽狐さんは俺のことをオタク君と呼んで懐いてくる

夢咲蕾花

オタク君と陽狐さん

 尾拓陰兎おたくかげとは陰キャである。陽の光を浴びると焼け死ぬ吸血鬼のような人種だ。無論本当に吸血鬼なわけがないが、うさぎという字が入っているように、酷く弱い人間なのだ——とはいえ、他人の会話を全て否定していくタイプのガチ陰キャではない。それでは敵を作ってしまうから、当たり障りない受け答えを心がけている。

 真に陰キャ道を極める者は、矢面に立たない術を身につけているものだ。


 自分が決して陽の当たる世界を歩めないと悟ったのは小学校二年生の時。クラスの女の子からバレンタインチョコを渡されて天にも舞い上がる気分で喜んで、ホワイトデーにお返しを与えたらその子はすっかりそんなこと忘れていて、曖昧に微笑まれたときに、察した。

 彼女にしてみれば有象無象にばら撒いた義理チョコ。人の記憶にさえ残れない俺には主人公は無理だと陰兎は幼いながらに悟り、陰の世界に引きこもった。

 彼自身、容姿はありがちなもの。別に、目を引くほどハンサムでもないし、ネタにできるタイプの容姿でもない。なんとも突っ込みづらい、どこにでもいるような平々凡々を絵に描いたような少年なのだ。


 なので高校でも、こっそりひっそりと過ごしている。

 廊下は邪魔にならないよう隅っこを肩を縮めて歩き、購買や学食は邪魔になりたくないので自分で弁当を作って持ってきて、教室の隅っこで黙って過ごす。先生に当てられた時以外喋らない。家——木漏れ日の家に帰った時だけ、子供達や院長先生と、少し話すくらいだ。


「今日は転校生を紹介するぞー」


 だるそうな顔の中年男性の山崎先生がそう言うなり、クラスに爆発的な歓声が轟いた。


「うおー!」「転校生キターーーーーー!」「男子うるせーーーー!」「実はさっきちらっと見た奴〜〜!」


 陰兎は一瞬視線を黒板に向けた。先生と目を合わせると、言い当てられそうになって怖い。それは、陰キャ道に反する行いだ。

 前髪で左目を隠すという目立つ髪型だが、今時髪を伸ばす男子は珍しくないし、この高校は校則が緩い——つまりは、そういう校風の学校なのだ。相応に教師も、緩い。中には極端に、昭和の時代の学園ドラマからタイムスリップしてきたような暑苦しいのもいるが。


「じゃ、入れ」

「うーっす」


 入ってきたのは、なんとまあ、今時こんな子がいるのか——というくらいばちばちのギャル。

 褐色の肌に金色の毛、胸元をはだけた改造制服にパンツが見えそうなくらい丈が短いスカート。左手には青と緑のミサンガをつけ、右目の下には三つのボディピアス、口の左側にはボディステッチを入れて口裂け女が口を縫い付けている風にしている。

 目にはカラコンだろうか、椎茸の切り込みのようなクロス状の瞳をしていた。


「お前らァ! 私が稲咲陽狐いねさきようこだァ! 三日でここシメっからなあ!」


 時代を間違えているような自己紹介に、周りの歓声はとどまるところを知らない。


「うおー!」「待ってましたあ!」「対よろ〜」「私レフェリーやろ」「YOUは何しに御桜高へ?」

「あー、人探しに来ましたあ」

「稲咲さんはご両親の都合であちこちを移動しているらしい。この高校も短い間かもしれんと聞いているが、仲良くな」


 生徒たちが思い思いの声を上げた。


「うおー!」

「いいじゃんいいじゃん! ちょーかわいいじゃん!」

「めっちゃ可愛くない? えっ、どこ住み? てかボヤキーやってる?」

「うんうんそりゃあご両親の忙しさが悪いわ、俺んちくる?」

「さっきから雄叫びしか上げてねえやついるだろ誰だ」


 悪ノリする男子がワイワイ騒いだ。ここの高校はそういうノリが多いが、まさか本気で言うことはない。

 なんせ、「わけあり」が多く集う高校だからだ。


「あっはは、モンスターバスターのTAタイムアタックで私に勝てたら持ち帰っていーよ。ひとまずミラスラグナを狩猟籠手で五分三十四秒だよ」

「ガチ勢じゃん!」「えっ、世界記録じゃね?」「やば、勝てねえって」


 陰兎は内心ほくそ笑んだ。別の武器だが、大刀で四分十二秒というミラスラグナ討伐の世界記録を持っている。無論ここでそんなことを言うような、陰キャ道に反した人間ではない。黙るに決まっている。


「モンバスなあ。先生ちょっとしかやったことないんだよな……十何年か前のブームの時だ。あー、じゃあ稲咲、尾拓の隣な」

「うーっす、おつかれーっす」


 俺の、隣——だと?

 陰兎は焦った。まさか、そんな王道ラブコメに片足を突っ込むのか。いや、思いあがりだ。俺のような人間がそんな幻想を持ったって、痛い目を見るだけ……。


「尾拓っていうの? オタク君って呼ぶね」


 稲咲陽狐はそう言って、隣の席に座った。


「えっ、あ……あっ……と」

「やっと見つけたよ。覚えてる? 昔一度会ったよ、オタク君」

「……なんかイントネーション違いませんか」

「タメなのに敬語とかおもろ。そういう設定?」

「違います」


 まずい、会話が途切れない。こういうとき否定タイプの陰キャは強いと思う。だがあれは、敵を作る——いじめられるというリスクと引き換えにしたまさしく奥義である。

 それに陰兎は今更そっちに転向しようにも、やり方がわからない。あとは単純に、人が良すぎるのもあって相手をなるべく不快にさせたくなかった。


「オタク君さ、この街詳しい?」

「えっ、……あ……ああ、少し、だけ」


 やばい、なんで嘘つかなかったんだ俺は。そう思った。陰兎はこういうとき、正直になってしまうタイプの陰キャだ。


「じゃあフケよ。案内してよ」

「はっ……? 頭垢ふけ? 俺っ、ちゃんと頭乾かしてんのに——」

「いや、サボろって意味なんだけど」


 中学生の頃頭垢が理由で一時期からかわれた経験があり、敏感になっていた。


「どう? 軽〜くカフェとかいっちゃう?」

「お金……そんなにないんですけど」

「いいじゃんいいじゃん、飲みもんくらいなら奢ってあげるって」


 周りの生徒は、「すげえ稲咲さん、あの尾拓と会話してるぜ……!」と、なぜか熱くなっていた。

 当の陰兎にしてみれば大変な事態である。今まで真っ直ぐに歩んできたドス闇が広がる陰キャ道に、突然光が差し込んできたのだ。陰を歩む者である陰兎は、その光を浴びたら死ぬ定めだ。いや、本当に死ぬわけはもちろんないのだが。


 多少なりとも付き合って、こっちがつまらない男だと分かれば飽きてくれるだろうか。

 陰兎はかすかな可能性に賭け、頷いた。


「少しだけなら……」

「言質とっちゃあ! じゃあいこ。ほらほら、センセ来ちゃうって」

「いだだっ、引っ張らないで、ください……!」


 陽狐は陰兎を掴むなり、素早く駆け出した。

 すれ違った熱血の生活指導の先生が「お前らァ! 授業はじまんぞォ!」と怒鳴ると、陽狐は「お腹痛いでーす! 早退しまーす! おつかれーっす!」と言ってさっさと走っていく。当然陰兎も、連れられる。

「はあ!? 腹痛いやつの全力疾走じゃねえだろそれェ!」と後ろから聞こえたが、あっという間に階段を降りて昇降口まで来てしまった。


 ここまで来たら逃げることなんてできやしない。

 陰兎は泣く泣く靴を履き替えた。

 陽狐は金色の、モフモフのファーがついたショートブーツに履き替えた。どこのブランドだろうか気になったが、陰兎には縁がないのでやめた。陰兎の靴は高校入学の時から使っているスニーカーである。


「あの、稲咲さん」

「陽狐でいいよ。何、オタク君」

「じゃあ、陽狐さん……昔会ったことがあるって、どういうことですか?」

「どーいうことだろうねえ。そのうちわかるよ」


 陽狐は人を化かす化ギツネのような、イタズラっぽい笑みを浮かべた。

 疑問に思いながらもはぐらかされるなら聞きようがないと、陰兎は諦めて陽狐について行って、高校を出ていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バチバチにキメた黒ギャルの陽狐さんは俺のことをオタク君と呼んで懐いてくる 夢咲蕾花 @ineine726454

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る