第7話 作戦開始(少女E)

「さてと、今回はこれで十分かな」

誰に言うでもなく、そう独り言を呟くとメルは身支度を済ませてビルを出た。空は昨日とは打って変わって晴れ渡り、満月が煌々と光かがやいている。数分前、凛から一通のメールが来た。


「対象を呼び出すことに成功した」


対象とは勿論少女Eこと長島美帆の事だ。メルの調べによると、長島は出所後両親に名前を変えて第2の人生を歩んでいる。長島の両親は美帆が逮捕されてから3ヶ月後に、世間からのバッシングを苦に自殺。親戚も全員他県へと引越し、美帆は何処へも頼る事が出来ず夜の世界へと嵌っていった。

日々の仕事のストレスから再び精神科へ通うようになり、向精神薬や睡眠薬に手を出すようになった。そんな生活の中で美帆はSNSを通じて1人の男と出会った。男は広島市内のボーイズバーで働く大学生だった。美帆は次第に男に惹かれていき、給料の殆どを貢ぐようになっていった。

勿論そんな生活が長く続くはずも無く、金に困った美帆は再び犯罪に手を染めるようになる。出会い系サイトで出会った男に睡眠薬を飲ませては財布から金銭を盗む日々。被害総額は数百万にものぼるとみられている。ここまでが、探偵を使って調べた長島美帆の現状だ。過去の事件への反省の念など微塵も感じられない、己の欲のままに行動する人生。メルは美帆に激しい嫌悪感を抱いた。

暗い夜道を例によって監視カメラの間を縫うように歩き、目的地である人気の無い公園へと向かう。公園に到着したメルは、街灯の当たらない大きな木の下に身を隠す。どうやらまだ長島美帆は到着していないようだ。

「⋯時間も守れねぇのかよ」

少し苛立ちを感じつつ、そう小さく呟く。そのまま身を潜める事数分、ようやく薄暗い夜道を歩いてくる小柄な人影が見えた。人影が街灯の下を通り過ぎる少しの間に、ポケットから取り出した小型の望遠鏡で顔を確認する。間違いない、何度も資料で見た顔だ。遅れて公園に到着した美帆は、しばらくキョロキョロと辺りを見渡した後、ベンチに座ってスマホを弄り始めた。メルは足音を抑えつつも素早く美帆の背後へ駆け寄る。気付かれる事無く背後を取ったメルは、右手で美帆の後ろ髪を思い切り下へと引っ張った。突然の襲撃により顔が上に跳ね上がった美帆の首にメルの白くて細い左腕が絡みつき、そのまま一気にスリーパーホールドで締め上げる。美帆は何とか抜け出そうとメルの腕に爪を立てるが、つけ爪が数枚割れた所で意識を失った。

「⋯あー、痛。眠剤に耐性あるお前でもこれならゆっくり眠れるだろ?」

メルは動かなくなった美帆から腕を離しながら、そう面倒くさそうに呟く。それとほぼ同時に車のエンジン音が聞こえ、無灯火の黒いセダンが公園の入口に横付けされた。

「おっ、やるじゃんメル」

「はいはい、お世辞は良いからとっととコイツさらうよ」

「あいよー」

そうして2人がかりで美帆を後部座席に押し込むと、凛はアクセルを強く踏み込んで車を急発進させた。目指す場所は美帆をさらった公園から車で1時間程の距離にある野呂山だ。そこには地元で有名な心霊スポットがある。

「なぁ、メルって幽霊とか信じてるか?」

「⋯さあね。まぁもし本当にお化けがいるんなら、私達がこんなことしなくても勝手にゴミ掃除してくれるんじゃない?」

「あはは、確かにそーかもな」

そんな軽口を叩いていると、長島美帆が意識を取り戻した。

「⋯な、なんなのよアンタら!」

「やっほー、美帆ちゃん。今日も馬鹿な男から金を盗めるとでも思った?」

メルは精一杯馬鹿にした感じで言葉を投げかける。

「⋯そんな事知らない!てか、アンタらウチを騙したんか?」

「うわー、自分の事ウチとか言っちゃうタイプ?引くわぁ」

ハンドルを握る凛も心底馬鹿にしたような声を出す。そして2人とも決して美帆の質問には答えない。あくまで美帆が自分で「こうなった理由」を見つけ出す事を望んでいた。自分の過去と向き合えるかどうかで、今後の身の振り方を変えるつもりなのだ。最終的に殺す事には変わりないのだが。

その後も美帆は色々と喚き散らしていたがメルと凛はのらりくらりとかわし続け、結局「高橋那海」の名前を聞くことが無いまま車は野呂山の麓へと到着した。

「⋯はぁ、時間切れじゃね。何も反省しとらんみたいなけ、今からきっちりケジメとっちゃるわ」

「何を言うとるん?訳分からんわ!はよ降ろせや!」

田所の時とは違い手足の拘束をされてない美帆はメルに掴みかかろうとしたが、凛がタイミング良く車をドリフトさせて美帆は車内で頭を強く打ち付けた。

「後部座席もシートベルトお願いしまーす」

メルのからかう様な声を聞きながら、美帆は再び意識を失った。

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復讐代行(仮) 凛5雨 @spookyxxk

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