第6話 協力者
田所剛を始末した2人は車に戻ると、一度広島市内を経由した後西条方面に向かい、随分と遠回りしてから呉に戻った。
「さてと、私はこれから偽造ナンバーの処分とか車の塗装をするからまた夜にでもアンタの事務所に顔を出すね」
「了解、気をつけてね」
2人はそう言って一旦別れ、メルは事務所のあるビルへと戻った。
「⋯ふう」
先程までの威勢とは打って変わって、メルの両手はガタガタと震えていた。初めて人を殺したという事実は、どれだけ強がろうが体に凄まじい恐怖を感じさせていた。何とか手の震えを押さえ、ポニーテールを解いて髪の毛を下ろす。たったそれだけの仕草の中にすら、人を殴りつけた感触が残っている気がする。
一旦頭をリセットしようと熱めのシャワーを浴びて、ラフな格好に着替えてからソファに横たわる。疲れがどっと押し寄せてきて自然と眠りに落ちていった。
「⋯おーい」
「寝てんのかよ、鍵もかけねーで不用心だなー」
「⋯ん?ああ、ごめん」
メルはそう言ってまだ眠い目を擦りつつ起き上がる。視線の先には数時間前に別れた協力者がビールの缶を持って立っていた。
「ほらよ、飲めよ」
「⋯いや、私未成年だし」
「あはは、人殺しといて今更法律もクソもねーだろ」
メルの返事に彼女は可笑しそうに笑った。
「ん、それもそうか」
そう言って素直にビールを受け取り、1口飲んでみる。とても苦くて美味しいとは思えないけど、なんだか不思議と嫌な味ではなかった。
「ほらほら、どんどん飲んじまおうぜ」
協力者はメルの隣に座ると、一方的にビールの缶をぶつけて乾杯した。金髪のメルとは対照的な艶のある黒髪、そして少し大人びた端正な顔立ちの彼女は凛と呼ばれている。勿論偽名だが。
「凛の方は全て順調?」
「ああ、もうナンバーも変えたし塗装も済ませたよ」
「1人で?」
「なわけねーだろ、まぁアタシにも仕事仲間がいるんだよ」
「そっか、私も色々処分しなきゃ」
「まぁそんな急がなくても大丈夫だろ。それはそうと、次はどいつを殺るんだ?」
傍から見れば金髪の美少女と黒髪の美女がビール片手に談笑してるだけなのだが、会話の内容はえげつない。
「⋯次に狙うのは少女Eかな」
「まぁアイツも呉にいるらしいからな、それがいいだろう」
「でも」
そう言いかけてメルは少し考え込むような仕草を見せた。
「まずは田所剛の件で警察がどう動くか、それを見てみないことには下手には動けない」
「うーん、どうだろうな。死体は明日には上がるだろうし、その前に今夜やっちまった方が良くないか?」
凛の意見も確かになと思わせるものがある。だが今夜いきなりとなると準備が足りないとメルは判断した。
「ここ、禁煙だっけ?」
「ううん、窓開けてくれたら吸っても良いよ」
凛は空になったビール缶を灰皿代わりに、窓際で煙草を吸い始めた。
「あのさ」
「ん?」
「私達がやってる事って、本当に正しい事なのかなって」
「あはは、今更なんだそりゃ」
メルは未だに手に残る暴力の感触に、少しだけ心が揺らいでいるようだ。そのまま黙り込んでしまったメルに、凛は窓の外を眺めたまま声をかける。
「アタシだって、アンタだってこれまでの人生他人にめちゃくちゃにされてきたじゃんか。これはアタシ達を守ってくれなかった社会と、その中でイキってるゴミ共への今までの仕返しだよ」
そう言う凛の左手首には、いくつものリスカの跡がある。そしてメルの右手首にも。
「そっか、そうだね。まあもう殺っちゃったんだし、今更後悔しても遅いよね」
「なんだ?後悔してんのか?」
「⋯どうだろ。後悔って言うには弱い気がするけど、モヤモヤしてるのは確かかな」
メルの正直な言葉に、凛は「あはは」と笑いながら煙草を揉み消してメルの肩をポンと叩いた。
「そんなもんアタシも同じだよ、ウチらはずっと仲間だから大丈夫だよ」
その一言がメルの心の中のモヤモヤを全て消してくれた訳では無いが、それでもさっきまでとは段違いに心が落ち着いていくような気がした。
「ありがと」
「あはは、今更。そんじゃ今夜どうするよ?」
「⋯今夜、Eも殺ろう」
「了解、そんじゃアタシは色々準備があるから一旦ここでお別れだな。また連絡する」
「分かった。私も準備しとく」
こうして再び2人は別れ、それぞれ準備に取り掛かることになった。メルはホワイトボードに貼ってあった田所剛について書かれた書類を全てゴミ箱へと投げ捨てると、新しく数枚の書類をホワイトボードに張りだした。
「⋯少女Eこと、長島美帆。次はお前だよ、ゴミクズ」
そう呟いたメルの目には、もう迷いは微塵もなかった。
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