第5話 死刑執行(少年C)

喉を押え痛みにのたうち回る田所に、メルは容赦なく攻撃を加える。首の後ろを目掛けて力いっぱい特殊警棒を振るい、3発目で田所は完全に意識を失った。メルはバッグからダクトテープを取り出すと、田所の口元、両手足をぐるぐる巻きにして動きとか声を封じた。そして彼を引きずって再び民家の影に身を隠す、協力者が現れるまでしばし身を潜めるためだ。

途中1人の通行人がいたが彼もまたメルや田所に気づくことはなかった。田所にとって生き残る最後のチャンスも、雨音と共に消えた。通行人が去ってすぐに辰川のバス停に一台のバンが到着し、中から全身黒の服に身を包んだ人物が出てくる。

「さすが時間通り」

「いいから、さっさと乗せるぞ」

協力者であるその人物もまた女性のようだ。彼女はメルと協力して田所をバンの後部座席に押し込むと、素早く運転席に移動しアクセルを踏み込んだ。後部座席ではメルが田所の口に巻かれたダクトテープを剥がしている。

「⋯誰だお前ら!なんなんだよ一体!」

そう田所が喚き立てるが、メルは依然ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべたままだ。

「田所剛、お前は高橋那海を知ってるな?」

「⋯もう、過去のことだろ?」

「あははははは!そりゃお前にとってはもう過去の事だろうな」

メルは大袈裟に笑いながらそう言い放つ。

「⋯お前は誰なんだ?俺をどうするつもりなんだよ?」

田所はそう必死に問いかける。その間も拘束された手足をばたつかせ何とか自由になろうともがいていた。

「何でもかんでも質問すりゃ答えて貰えると思ってんの?性犯罪者の分際で調子に乗るんじゃねぇよ」

メルはそう冷たく言い放つと、もがく田所の脇腹に1発蹴りを入れた。その様子をミラー越しに眺めていた協力者の女性が「今はその辺でやめときな」と軽くたしなめた。車は市街地を抜け海沿いの道へと向かっている。

「⋯ちっ」

メルは少し不機嫌そうに舌打ちをすると、後部座席を乗り越えて助手席へと滑り込んだ。

「どこに連れてくんだよ!」

「ったく、うるせぇな」

「お前ら⋯あの女の親に依頼されたのか?」

「さぁ、そーゆーのは守秘義務があるから」

メルは心底面倒臭そうな声で淡々と言葉を返す。そのうち車は人気の無い浜辺に停車し、ライトを消すと辺りは暗闇に包まれた。

「ここ、どこだか分かるか?」

「⋯しらねぇよ」

「知らねぇわけねぇだろ、ここはお前が高橋那海のスマホを投げ捨てた場所だろうが」

「⋯!」

田所はようやくここが何処か分かったらしく、顔が一気に青ざめていった。

「⋯俺は、俺はあいつに逆らえなくて仕方なく参加しただけなんだよ!スマホだって確かに捨てたのは俺だけど、ただスマホを捨てたたけじゃないかよ!」

「ただスマホを捨てただけ?」

田所の言い訳に、メルは語気を少し荒らげてそう返した。

「お前は彼女のスマホが遺族にとってどれだけ大切な物だったか分かるか?」

「⋯どういう意味だよ」

感情が昂ったせいか、メルの瞳には薄らと涙が浮かんだ。「私の娘はあの日突然にこの世から消えてしまった」「せめて娘のスマホがあれば、娘の写真や彼女が生きていた記憶を見ることが出来たのに」

「お前は、被害者遺族から娘さんを奪っただけじゃなく、彼女に関する多くの記録や痕跡まで奪い取った」

気が付くとメルは大粒の涙を流していた。彼女の父親は、事件のあとどれだけ苦しんだだろう。自ら命をたった母親は、どれだけの後悔をしただろう。

「で、でも俺はちゃんと刑期を全うしたし、もう罪は償ったはずだ!」

「黙れ!」

メルの怒声に、田所は口を噤んだ。

「お前はあの事件のあと、被害者遺族にどんか生活が待っていたか知ってんのか?」

「⋯」

「高橋那海の母親は、あの事件が原因で自ら命を絶った。父親は、娘だけじゃなく妻さえも失った悲しみを抱えたまま地獄のような日々を過ごしてきた」

「⋯確かに娘を殺したのは俺たちだが、母親の死は俺のせいじゃないだろ」

こいつはどれだけ想像力に欠ける馬鹿なのだろう、メルはこれ以上議論を続けても何の意味も無いことを悟った。

「⋯今すぐにでも殺してやりたいけど、最後にお前にチャンスをやる」

メルの言葉に田所は安堵の表情を浮かべた。運転席に座る協力者は、その様子を氷のように冷たい目で、ミラー越しに見つめていた。

「田所剛、お前には婚約者と、そのお腹の中に子供がいるな?」

「⋯あ、ああ」

「失われた命の代償は、命でしか償えない。お前自身がこの場で死ぬか、婚約者の腹の中の子供が死ぬか、今ここでどちらかを選べ」

そこ言葉に田所は一瞬固まった。だが、すぐに「決して選んではいけない選択肢」を選んだ。

「俺は、俺は死にたくない⋯」

「馬鹿野郎が⋯」

協力者の女はそう小さく呟くと、力を込めてハンドルを殴りつけた。その直後、メルは鉄製のハンマーを振りかぶり、田所の膝を目掛けて勢いよく振り下ろした。

「ああああああああぁぁぁ!!!」

「うるせぇよ」

痛みに叫ぶ田所に、冷たい声色でメルは言う。

「まだ片足じゃねぇか、もう一丁いくぞ」

ガンッと鈍い音が車内に響き渡り、続けて田所の絶叫が車内に響いた。

「お前は最後の最後まで自分の保身に走った。だから私はお前を許さない事に決めた。終わりだ、田所剛。高橋那海のスマホと同じように、お前も海の藻屑となれ」

メルはそう言い放つと、協力者と共に両足が完全に壊れた田所剛を車から引きずり下ろすと、海に向かって引きずり始めた。

「助けてくれ!⋯なんでもするから!命だけは!!お願いだ!!!」

「高橋那海も、死ぬ間際にお前らにそう言って助けを求めただろうが」

最後にそう冷たく言い放ち、メルは田所を海へと突き落とした。両足が壊れた田所は必死に腕だけで浮かぼうともがいていたが、1分も経たずに海の中へと沈んで行った。

「じゃあな、田所」

メルと協力者は同時にそう言うと、踵を返して車へと戻った。こうしてかつての少年Cへの復讐は完了した。

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