第4話 作戦開始(少年C)

依頼者が去った部屋で少女は1人デスクに向かい膨大な資料を眺めていた。彼女の名は東雲メル、もちろん偽名だ。本当の名前は誰も知らない。書類の束から数枚を取り出し、壁にかけられたホワイトボードに貼り付けていく。田所剛、事件当時少年Cと呼ばれていた男の名だ。逮捕された5人のうち最も刑が軽かった彼は、特に改名等は行わず今もまだ地元である呉に住んでいる。田所の親は地元で小さな印刷会社を経営しており、彼には次期社長という明るい未来が待っている。当時19歳だった彼も今では29歳、婚約者もおりそのお腹には新たな命を授かっている。まさに順風満帆、彼にとっては今が幸せの絶頂だろう。

「忌々しいクズのクセして、随分と良い人生を歩んでるじゃないの」

メルはそう小さく呟くと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。まるでこれから起こる惨劇を楽しみにしているような、そして人1人の人生を壊す事を喜んでいるような表情だ。田所剛は、高橋那海さんの殺害にはあまり乗り気では無かった。だが、警察の捜査によるとガールズバーの店内で性的暴行を犯した際に一緒になって彼女を恥辱したと判明している。そして彼女のスマホを破壊し海に遺棄したのも彼だ。

「さてと、どうやって殺してやろうかな」

メルはまるで遠足のおやつを選ぶ子供のように、楽しげな表情でロッカーを開けた。中には様々な凶器が収められており、銃火器は流石に無いものの多種多様な刃物や打撃武器、そしてコンパウンドボウと呼ばれる弓まで揃っている。

少し大きめのバッグを用意したメルは、ロッカーからいくつかの凶器を取り出し中に詰め始めた。襲撃の手筈は既に整えてある。後は協力者からの連絡を待つのみだ。

待つこと数時間、壁にかけられた時計の針が22時を回る頃、メルのスマホに1件の着信が入った。相手はもちろん協力者だ。

「はいはーい」

「ごめん、遅くなった。今から辰川方面に向かって」

「了解」

必要最低限の会話のみで電話を着ると、一度ツインテールに纏めた金髪を解き少し高めの位置でポニーテールに纏め直す。窓の外から雷の音が聞こえ、同時に大きな雨音が響き始めた。部屋の電気を消し、真っ黒な傘と安っぽいレインコートを掴んでビルを後にする。

外は土砂降りの大雨だ。普段なら嫌な気持ちになるのだが、殺人を犯すにはこれ以上ないシチュエーションだ。ビルを出てからはなるべく防犯カメラのない裏路地を使用し目的地を目指す。黒色の傘も防犯カメラ対策の一環だ。

逸る気持ちをおさえきれず、やや早足で歩いたため予定よりも10分程度早く辰川のバス停に到着した。かなり長い登り坂を上がってきた為乱れてしまった息を深呼吸で整え、バス停近くの民家の壁に隠れる。傘を閉じ、レインコートを身にまとい、バッグを開ける。中から特殊警棒とダクトテープを取り出すと準備は完了だ。

「⋯人を殺すの、初めてだな。なんだかワクワクする」

メルは可愛らしい顔に似合わない言葉を呟き、興奮で震える右腕を押さえつつ息を殺した。途中何人か人が通りかかったが、誰一人としてメルの存在には気が付かない。

「⋯そろそろだね、頼んだよ相棒」

そう右手に握った特殊警棒に語りかける。顔を上げたメルは、バス停の遥か向こう、傘をさして坂道を登ってくる人影を視界に捉えた。今から私が行う事は果たして正義なのだろうか。法が定めた刑期を全うした人間は果たして本当に罪を償ったのだろうか。

「私は、そうは思わない」

メルは自分自身に言い聞かせるようにそう呟いた。勿論、一般人による復讐が完全な正義では無いことくらいメルは分かっている。だがそれでも、彼女の中にある歪な正義感と殺人への衝動を否定することは出来ない。人を殺してたったの5年や10年刑務所に入ったからと言って、罪は決して消えやしない。ましてや遺族への謝罪もなくのうのうと暮らし、人並みの幸せを手に入れようだなんて虫唾が走る。

「私は、私の正義を執行するんだ」

彼女は最後にそう呟くと、民家の影から勢いよく飛び出した。物陰から突然現れた少女に、田所剛は一瞬硬直した。メルはその一瞬の隙を逃さず、右手に握りしめた特殊警棒を田所の喉へ目掛けてフルスイングする。

右手に伝わる重い打撃感、そして喉を攻撃された事により小さな呻き声を出すことしか出来ずその場に倒れ込む田所。辺りに他の人間が居ないことを確認し、メルは街灯の灯りの下に立ち、田所を見下ろして冷酷な笑みを浮かべた。


「少年C、改め田所剛。私はお前に私なりの裁きを下す」


「⋯ぐっ、ゲホッゴホッ」


未だマトモに声すら出せない田所に対し、彼女は凛とした声で判決を言い渡す。


「主文、田所剛。私の歪んだ正義感と殺人衝動、そして被害者遺族である高橋努の強い恨みの感情により、貴様に死刑を宣告する」


大雨の降りしきる中路上にて、金髪の悪魔による最初の処刑が幕を開けた。

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