ラブコールレスポンス

他称、恋愛マスターの君へ

 放課後、僕に声を掛けてくるのなんて朱莉か人志くらいのものだがその日は違った。きっと今頃このクラスに向かっている足音があるがそれよりも早く僕に声を掛けたのは委員長だった。

「なんですか委員長」

 そう言われて、声をかけたのにも関わらず彼女はなんだか話したがらない様子でこちらを見ている。

「……ここで話すのが嫌なことなんですか?」

 そう言うと彼女はうんうんと首を縦に振って当たりを見回す。

 放課後なのでそこまで生徒の数はいないが、クラス内で僕と普通に話をするのなんて人志くらいなので人目を引くといえば人目を引く。

「なら部室に来てください。そこなら良いですか」

「お願い。その方が嬉しい」

 了承すると僕は鞄を持って立ち上がる。

 教室を出て左右を見るがまだ朱莉はいない。さっさと行ってしまおうと部室の方へと速足で向かった。

 途中で窓越しに朱莉が見えてこっちに何かをしたのが見えたが無視してそのまま部室に直行。中では篠原先輩たちが部活をもう始めていた。

「おはようございます」

「ああ、おはよう」

「ちょっと、隣の部屋を貸してくれませんか」

 彼は本から顔を上げてこちらを見るとそのまま流れるように隣にいた委員長を凝視した。が、すぐに顔を降ろして本のページを捲り始める。

「いつからここはお悩み相談室になったのかを教えてくれるなら、貸してやらんこともない」

 いや、まぁそうですよね。先輩からしたら貸す道理は全くといっていいほどないわけで。そんな反応になるのも至極当然。

 だったのだが、そこで救世主が現れた。

「ちょっと春くん!一体どこからそんな可愛い子を連れてきたの!」

 すっかり忘れていた。彼女は僕と委員長を引き放そうと暴れ出したのでそれに気づいた篠原先輩は渋々部屋を開けた。

「部室で暴れるな夜川!ほら、さっさと入れ」

 そう言って暴れる朱莉を小此木先輩などと協力して宥めている間に隣の部屋に入った。彼女は申し訳なさそうにしているが、ここまでして通したのだからしょうもないことだったらすぐに追い出してやる。

「それで話ってなんですか」

「あなたが恋愛マスターとお見受けして聞きたいです」

 まて、なんだ今の呼称は。

 自分の知らない謎のあだ名で呼ばれて止めようとしたが彼女は続ける。それはまさに僕には引き摺ってしかるべき案件だった。

「男女の友情を維持するにはどうすればいいですか?」

 

「ごめん、ちょっと整理してもいい?」

 今一度自分の高校での生活を振り返る。

 だけどそのどこを切り抜いたとしても恋愛マスターなんて呼ばれるほどの大恋愛をした覚えは全くと言ってない。というよりも僕はどちらかと言えば恋愛経験のない方だ。朱莉がいる手前何も言えないがそういうのとは無縁の僕にどうしてそんな呼び名がついている?

 僕が高校に入ってそういった色恋の話を聞いたのは二回。だけどどっちも僕は特に何もしていないような。

 ……あっ。心当たり、あった。

「まって委員長。あれは勘違いで、僕はそんな恋愛マスター?なんて呼ばれるようなものじゃ全く」

「お願い、もう柳沢くんにしか頼れないの」

 そんな言われ方をすると断りたくても断れない。僕は押しに弱いんだ。

 しどろもどろになっていると扉が動く音がして乗り込んできた。あれだけ抑えられたのにそれを振り切ってきたの?という驚きと共に、彼女の顔が笑っていないことに僕の余生が縮まることを予感させて後ずさりする。

 だがこういう時の頭の回転というのは凄いもので、あっという間にいいことを思いつく。

「そ、そうだ!恋愛マスター!朱莉の方が向いてるんで。話を聞いたりとか提案とか。朱莉、委員長が恋愛のことで話しがあるみたいだから聞いてくれないか?」

 そう言って朱莉の腕を握ると隣に座らせる。これで僕の刑罰は軽くなるはず。

 実際、彼女はかなり思い悩んでいる様子だったので朱莉もそれを見逃して僕を処すことはせずにまずは話を聞くことにした。

「来月の体育祭で優勝したら付き合って欲しいって言われているんだけれど、私どうすればいいか分からなくて」

 彼女の幼馴染である向井亮という生徒が先日、委員長に対して体育祭で優勝した暁には告白をするという旨の話をしてきたらしい。だがそれを彼女は受け入れたくないという。彼女としては彼とは友達のままでいたくて、そういったことを透かした関係になるのはとても嫌だった。

「つまり、告白をすることもできるなら止めたいってこと?」

「そうです。でももちろん、難しいのは承知の上なので」

 最悪、それを彼女は受け入れるが元の関係に戻らないというのはその後を見なくても分かること。もし協力するんだとしたらこれを守るのは必須の条件だと思った。

「でも委員長、それってその子のいるクラスが優勝しなかったら起き得ないことなんだよね。だったら、大丈夫なんじゃないかな」

 この学校の体育祭はクラス別。学年を越えてそれは一律なため多学年とも協力することになるというのがこの体育祭の肝なわけだけど、今回はそうもいかない事情が前々から分かっている。

「Aクラスの2、3年生が強いのは委員長も知ってるはずだけど」

 今年のインターハイなどに出場すると言われている生徒たちは今年なぜかすべてAクラスに固まっている。運動能力に関して言えばAクラスだけが頭三つくらいとびぬけて能力の平均が高く、下馬評というほどのものはないが大方今年はAクラスが優勝するという噂を聞いたことがある。

「……だからです」

 彼女は頭を抱えたうえでそう言った。

 そういうことかと僕もやっと理解した。こうやって人に助けを彼女が求めた理由も少し分かった気がする。

「その亮君のクラスがAクラスなんですよ」

 それを聞いたうえで改めて考えよう。これは僕たちにはどうしようもない話だ。協力するしない以前に非現実的すぎる。彼女の話を聞いてあげたいのはやまやまではあるけれども、さすがにAクラスには勝てない。

 この話はここで終わりだなと僕が思っていると、朱莉はあっけらかんとした様子で「うん、わかった。いいよ」と答えてしまった。

 最初聞き間違いだと思っていた僕の耳は、ありがとうと朱莉にお礼を言う委員長の表情を見てほんとに言ったんだと確信した。やってくれたなと思いながら朱莉を見ると、親指を上げて歯を見せている。

 一体なんの根拠があってそんなに自信満々なんだ。

「それじゃあ、また明日も来ます。柳沢くんもありがとうね」

 彼女は塾があるからと先に帰ってしまった。

 そして部員だけが残った部室を見ると僕は篠原先輩たちに何をしているんだという目を向けられて、それをそのまま僕は朱莉に向けた。

「おい柳沢。話しておくべきことがあるはずだな」

「え、まぁそうですけどちょっと待ってください。この話は朱莉が返事をしなかったら始まらなかったことであって、それ以上の発展の責任は彼女にあるというか」

「ちょっと春くん、彼女に対してなんでそんなこと言うの?」

 今更その話を引きずって来るなよ、話がごちゃごちゃになるじゃないか。

 その間日先輩は寝たふりをして静観。あまりにも自由過ぎる空間だ。

 部屋で話していたことを話さないわけにはいかなくなったので篠原先輩たちにも話をすると、僕と同じように難しそうな顔をした。

「それをお前達二人で頑張るのか。気の毒だな」

 篠原先輩は顎に手を当てたまま同情するように僕の肩を叩くと自分の活動に戻る。他の部員たちもそうで、僕は慌てて先輩の腕を握った。

「ちょ、待ってくださいよ篠原先輩。手伝ってくれないんですか?」

 そうすると先輩は何を言っているんだという顔で「当たり前だろ」とだけ言って本を読み始める。僕がしつこく肩をゆするので顔を上げると、さらに先輩は追い打ちをかけるように言った。

「これはお前たちの責任だろ。別に俺たちは関係ないんだ」

「そんな」

「……と言いたいところだが、こいつらの方がやる気になって部活ところではなくなった。出来ることがあるなら手伝おう」

「ありがとうございます!」

 後ろにいた小此木先輩達は嬉々として話に加わってくる。賑やかな教室を見て僕は笑いながら、現実から目を逸らしてその日は終わることとなった。

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幼馴染なんて、僕にはいらない 日朝 柳 @5234

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