フライパン難民、さようなら
藤泉都理
フライパン難民、さようなら
フライパン難民なる言葉をご存じだろうか。
焦げつかず、くっつかず、手入れが楽で、長持ちし、己の手に馴染むフライパンを見つけられぬ民の事である。
私の事である。
いやいやいや。
私の事で、あった。
今迄私の手に馴染み、かつ、美的センスに適うフライパンがなく、泣く泣く不適切なフライパンを使っては、不味いメシを食らっていたのだが、今日、私は中古品店で見つけたのだ。
美的センスに適い、手に馴染むフライパンを。
「お父さん。今迄。私を育ててくれて。本当に。ありがとう、ございます。私は、今日。この人と。結婚します。幸せになります。二人で」
「うん。うん」
五年前、初めて会った時は、私と結婚すると宣言していた娘が、泣く泣く娘と迎えたフライパンの付喪神が、今日、結婚した。
お相手は、人間の男性である。
五年前の事である。
中古品店で私の美的センスに適い、かつ、手に馴染むフライパンを見つけて、家に持ち帰って、早速料理にとりかかろうとした時だった。
フライパンが変化したのである。
外見は人間の十五歳くらいの、漆黒の瞳がやけに印象的な色白の少女にである。
一目惚れしたので、私と結婚してほしいと迫って来たのだ。
異種間年の差ラブコメの開始である。
外見は十五歳だが実年齢は百歳らしい。
フライパンって百年も持つのかな鉄だから手入れしたら長持ちするとは聞いたけど百年も持つかな付喪神だからかなどうかなどうかね。
思い乍ら、丁寧にお断りをした。
丁寧にお願いをした。
私もキミに一目惚れを、いや、一触惚れをしたが、付喪神のキミにではなく、フライパンのキミに、である。どうか、フライパンに戻ってはくれないか、一生フライパンのままで居てくれないか、私はキミをフライパンとして愛しているのだ。
泣かれた泣かれたひどいと罵られた。
結果。
何がどうしてそうなったのか、娘として迎え入れる事になった。
そうして、五年が経った今日。
娘として迎え入れたフライパンの付喪神は結婚した。
普段ならば、赤子と並んでこの世で最も清き存在である花嫁と花婿が、白昼堂々抱擁したり接吻したり、あまつさえその光景を写真撮影されるなど、けしからんと顔を盛大に歪めるところではあるが。
まあ、今日は、娘と、新たに息子として迎え入れる二人の晴れ舞台である、はしゃぎ舞台である。
目を瞑っておいておこう。
ああしかし、私はずっと、フライパン難民の運命なのだろう。
漸く見つけた運命のフライパンは、フライパンの付喪神で、結局、一度もフライパンとしての役目を果たさないまま、結婚してしまった。
ずっと探し続けているが、私の美的センスに適い、かつ、手に馴染むフライパンは見つからず。
ああ私はずっと、フライパン難民なのだろう。
そう、思っていたが。
「お父さん。これ。私と彼がね。あちこち情報を集めて、私と同じ型のフライパンを見つけたんだよ。多分。手に馴染むと思うよ」
「ふ、ふじこ」
結婚式のクライマックス、花嫁花婿から両親に向けての挨拶の時であった。
花嫁であり、私の娘であるフライパンの付喪神、もとい、ふじこが、一枚の漆黒のフライパンを私に贈ってくれたのだ。
ふじこの言うように、フライパンの姿のふじこと全く同じフライパンである。
そして。
そして、
「どう?お父さん」
「うん。うん。うん、」
私は滂沱と涙を流した。
私はフライパン難民では、なくなった。のだ。
(2024.7.25)
フライパン難民、さようなら 藤泉都理 @fujitori
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