第1説 1話

気がつくと寝てしまっていたようで、居心地の悪い揺れも止まっていた。

しかし枷から地面に広がった唾が、腐臭のように室内を充満させている。


ひどく顔を歪ませそうになったが、もはやそんな元気がなかった。

表情どころか体を動かそうにも苦しくて苦しくてたまらない。


全身がビリビリして頭も気の遠くなる痛みに包まれて、吐き出そうにも咳き込もうにも不愉快なナニカが塞いでいる。


「起きろ、時間だ。」


誰ともわからぬ声にそう言われてようやく淀んだ意識が光を捉える。


このまま暗闇に飲まれず済んだことで、改めて死の恐怖と苦しいことが続く恐怖に苛まれつつある。

まだ死ねなかったのだ。


「あ?コイツ……」


「ほぼほぼ死にかけじゃねえか。」


死にかけ、そう言われればそうなのだろう。

この命はもはや生き物と言えるほど高貴なものじゃない。


見れば白うじは集って、身体は病に蝕まれ、とうとう終わりが来たのかと。

そう思ってしまえる。


奴らもそう思っているのだろう。

「くそが、クッセえなぁ。気持ち悪ィ。」


「病気うつったらどうするんだよ、さっさと捨てるに限るゼ?」


捨てられてしまうのか。

きっと助けてくれないだろうとわかっていた。


でも、でも。


心の何処かでどこか助けを求めていた。

見出そうとしていた。


暗闇に一筋の光を。




それは、僕には向いていなかった。

捨てられる。


現実が迫る。

死が、遠回りに。

確実に。


「おらッ、さっさと降りろや」


「もう意識もないだろ、さっさと捨ててしまえ。」


「……なんで」


体に痛みが走る。

苦しい。


「なんで、コイツを」


「なんで殺さなかったの?」


土煙が、砂利が背中に刺さる。


「知らねえよ、お頭の意向だ。」


「お頭は、コイツを相当嫌ってたのにな。」


久々の日光に、目が痛む。

鋭くそれは刺してくる。


「……別に、捨てるんだったら殺しても良かったんじゃないの?」


「食えないだろ、こんなの病持ち。」


「食ったら俺達にうつっちまう。」


腕が自由だ。

足も、首も口も。


音が遠ざかっていく。


死が近づいてくる。


僕は



「……生きたい。」


力を振り絞る。

きっとこれが最後の力だ。


身を起こす。

朦朧とした視界を、弱々しい手で頬を叩きながら見据える。


広がる木々、そこには葉はなく

毒毒しい緑色の沼があたりに広がっている。


さっきまでこんなところにいたのか。


腐った卵のような、しかしそれとは違う嫌な匂い。

捨てられたかとあたりをよく見渡す。


木々の合間に、車輪が見えた。

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いつどこ阿鼻叫喚取説 K @huzihuzikarin

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