ラストアイドルオーディション
武功薄希
ラストアイドルオーディション
世界の終焉が迫る中、かつての街は今や廃墟と化していた。瓦礫の山と化した高層ビル群の間を、赤く濁った夕日が不吉に照らしていた。その薄暗い街の片隅に、奇跡的に残された一軒のカフェがあった。
莉子はそこで美咲を待っていた。手の中には冷たい金属の感触。それは、彼女の歪んだ決意の証であると同時に、崩壊していく世界への最後の抵抗でもあった。かつて華やかだったアイドル業界も、今では幻想にすぎない。莉子の心の中で、過去の記憶が苦い残滓となって渦を巻いていた。町一番の美少女から、憧れのアイドルへ。そして、美咲との出会いによって失われた自信。全てが無意味になろうとしている今、最後の執着が彼女を支配していた。
朽ちかけた扉が軋む音と共に、美咲が現れた。かつての輝きは失われ、彼女の姿も世界と同じように色褪せていた。
「久しぶり、莉子」
美咲は虚ろな笑みを浮かべた。莉子は冷たい視線を向けた。
「ええ、久しぶり。座って」二人が向かい合うと、周囲の空気が重く沈んだ。遠くで建物が崩れる音が聞こえる。莉子は深呼吸をした。
「美咲、私たちももうすぐ終わるわ。世界と共に」美咲は諦めたような表情を浮かべた。「そうね。もう逃れられないわ」
「でも、最後に一つだけ、やり残したことがあるの」莉子の声は震えていた。ゆっくりと銃を取り出すと、美咲の目が大きく見開いた。しかし、そこには恐怖よりも理解の色が浮かんでいた。
「待って」美咲は静かに言った。
「どうして?」莉子は苦しそうに言葉を紡いだ。
「あなたがいるから...私は輝けなかった。あなたさえいなければ、私が一番だったのに」
「そんな...」美咲は震える声で言った。
「私は莉子の方がずっとかわいいって思ってたのに」莉子の手が止まった。
「...え?」
「本当よ」美咲は真剣な眼差しで言った。
「私なんて、莉子に比べたら何でもない。いつもあなたを見て、自分の不足を感じていたの」
莉子は混乱した。自分の認識と美咲の言葉が噛み合わない。外では、また一つ建物が崩れる音が響いた。
「じゃあ...私たちは互いをそう思っていたってこと?」
莉子は銃を下ろした。美咲はゆっくりと頷いた。
「そうみたい。私たち、お互いを羨んでいたのね。この滅びゆく世界で」
二人は沈黙し、その状況の皮肉さを噛みしめた。カフェの窓から見える空は、不気味な赤色に染まっていた。
やがて莉子が口を開いた。
「じゃあ、こうしない?」
「何を?」
「私たち二人より最高にかわいい女の子を今から見つけたら、その子を...」莉子は言葉を濁した。美咲は一瞬驚いたが、すぐに理解を示した。
「最後のアイドルオーディション、ってこと?」
美咲は言った。くだらないジョークを言うように。
「そんなもんね」莉子は頷いた。
「私たちよりかわいい子に出会えるか。この終わりゆく世界で」美咲は深く考え込んだ後、決意を固めたように言った。
「いいわ。それが私たちの最後の仕事になるのね」
二人は立ち上がり、朽ちかけたカフェを後にした。灰色の空の下、瓦礫の山と化した街に、彼女たちの姿が溶けていく。「ねえ、莉子」美咲が呟いた。
「なに?」
「これがまったく正しくないことくらいわかっているわよね?」
莉子は冷たく笑った。
「もう正しさなんて、こんな世の中で関係ないわ。これが私たちがアイドルとして生きた終着点よ」
二人は肩を寄せ合い、崩壊しつつある街を歩み続けた。世界の終わりが迫る中、彼女たちの心には狂気じみた使命感が芽生えていた。もはや誰かの評価を気にする必要はない。ただ、自分たちの可愛さを確かめるための、最後の審判の時が始まろうとしていた。街の至る所で火災が発生し、その炎が二人の姿を不気味に照らし出す。その瞳には、かつてのアイドルとしての輝きとは異なる、狂気の炎が宿っていた。最後のアイドルオーディションの幕が、滅びゆく世界と共に、静かに上がった。
それから十時間後、二人は一人の女の子を射殺した。すでに正確な判断能力を失った二人は適当に若い女性を撃った。
殺されたのは、大学の医学部に在籍する若い女の子だった。
ラストアイドルオーディション 武功薄希 @machibura
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