第3話
レギュラーメンバーの練習に加わった同期は横山太一と言うらしい。そいつとの出会いは俺にとって印象的だ。
初めての練習が終わり、体育館を出ようとしたときのことだった。
「なあ、今から部屋戻る?一緒に行かね?」なにも知らないんだろうなと思い持っていたメモ帳に`俺は耳が聞こえないからなに言ってるのかわからない`と書いて見せた。そうすると横山はいきなりカバンの中からノートを取りだしてペンを動かし始めた。
`そーなんだ。で、部屋一緒にいかね?`変なやつに絡まれたとその時は思った。
`耳聞こえないからって理由で気使ってくれてるんなら大丈夫だから。`そう書いてみせると何やら不満げな表情を横山は浮かべた。不満げそうな顔はそのままでノートに文字を書き連ねていた。
`俺は単にお前と仲良くなりたいから話しかけただけだよ?`
`俺さ、目が悪いとか、耳が聞こえないとか、コミュ障とかそういうの全部個性だと思うんだよね。`
`だからお互い負い目を感じることも気を使い合うこともなくていいと思うんだ。`
その瞬間、俺の中でなにかが動いた気がした。今まで見たことのなかった新たな価値観。大好きな家族は俺にいつも気を使って特段優しくしてくれる。耳が聞こえないから。でもこいつはそうじゃない。気を使わずにズケズケと心の距離感を無視して侵入してくる。なのに不快だと思わない。むしろ暖かく心地が良かった。
「げ!!なに泣いてんの!?」いきなり目の前の空気が揺らいだ。それと同時に俺の持っていたメモ帳にひと粒の水が浸透していく。俺は泣いているのだと初めて気がついた。急いでなにか伝えなきゃ。
`大丈夫だから。`慌ててそれだけ書いて彼に差し出す。するとすぐにホッとしたような顔を浮かべた。その顔は今まで目にしたどこの誰よりも優しいものだった。
起床時間を告げるアラームが鳴る。さあ、今日も頑張ろう。そう思い俺は部屋のカーテンを思い切り開けた。
サイレントセッター ネコヤナギ @miyabi0213
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。サイレントセッターの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます