第28話 エピローグ

 静かな夜の中、詩姫桜は、咲依ちゃんの前で、やさしく詩を奏で始めた。


 彼女の声は優しく、悲しみに満ちていた。鎮魂歌のメロディーが空気を震わせ、赤い花びらが、そよ風に舞う。心に深い共鳴を生み出していた。


 その時、咲依ちゃんの体から微かに白い光が浮かび上がった。その光は、ひとつの球体となり、綺麗な蝶へと姿を変えた。


『故郷の風が吹き抜ける 儚い曼珠沙華が舞い散る場所で君は微笑んでいた 涙を流すことなく思い出に包まれて 遠く旅立つ静かなる闇の中で 永遠とわの眠りにつく』


 詩姫の歌声は、ますます力強くなり、彼女の感情が歌に乗せられていく。僕は桜の声に酔いしれ、咲依ちゃんの存在が、僕の心に生き続けていることが感じられた。


 すると夜空の向こうから、一匹の蝶が舞い降りた。その蝶は美しい紅色のはねを持ち、まるで燃えるような輝きを放っていた。


僕は、その蝶に目を奪われ、どこかで出会ったような懐かしさを感じていた。


 蝶はゆっくりと僕の近くに寄り、はねを軽く羽ばたかせながら見つめていた。

その瞬間、僕は気づき、驚きの声を上げた。


「じいちゃんなのか?」


 蝶は微笑んだかのように舞い、僕の手元へと近づいていった。その瞬間、僕は確信した。この蝶こそが、亡くなったじいちゃんであると……


 きっと亡くなった咲依ちゃんを迎えにきたのだろうと思った。そして、二匹の蝶は互いに寄り添い、夜空の向こうへと飛び立っていった。


 僕はその姿を見送りながら、じいちゃんと咲依ちゃんの魂が安らかに旅立つのを感じていた。



『遥かなる星空に 君の声が響く 永遠とわの誓いを交わし 心は繋がる いつまでも忘れない 君の優しさを 願いを込めて詠うよ この鎮魂の詩』  


 桜の詩が終わると、静寂が広がった。僕は彼女の詩声に包まれながら、涙を流し続けた。


僕はじいちゃんと咲依ちゃんの存在を永遠に心に刻み、二人の思い出を大切にしようと決意した。


「桜、ありがとう。咲依ちゃんも向こうで、喜んでいると思うよ」


 桜は僕の涙を見つめ、にっこりと微笑んだ。彼女の詩声が僕の心に届き、僕の悲しみを癒していく。


「咲依ちゃん、そろそろうちに帰ろうか」


 僕の心は、少しだけ救われたような気持ちになった。彼は詩姫に感謝の気持ちを伝え、咲依ちゃんの亡き骸を背負い立ち上がった。


「桜、きみも一緒においでよ。その方が、咲依ちゃんも、きっと喜んでくれるよ」


 すると、桜は驚いた表情で、僕を見つめ恥ずかしそうにうなずいた。


 彼女のやさしい笑顔が、僕の心を包み込むように、二人の間にようやく幸せな時間が流れ始めた。



 邏察隊が最後の土蜘蛛を討伐し終えた頃、拘束されていた貯吾朗を、引き連れて本部へと帰ってゆく。


残された隊員達は、事後処理の現場検証を始め、長い時間の始まりを告げていた。


 その後、東雲の足取りはつかめず、捜査は迷宮入りとなった。


 また、こばとちゃんも、真幌さんを探し回っていたが、再会することは出来なかったようだった。


 人々が疲れ果てた顔をして帰路につく中、この史上最悪なイベントは中止となり、終わりを迎えた。


 ◇ ◇ ◇


 次の朝、この騒動で行き場を失った、彼女を少しの間、僕が保護することとなった。


 僕は目を覚まし、彼女が寝ていた部屋へと向かった。しかしそこに姿はなかった。僕は彼女を探すため、縁側に向かった。庭には静寂が漂っていた。


 すると彼女は、庭でカラスを腕に乗せ、涙ぐんでいた。僕はそっと彼女に近づき、優しく声をかけた。


「どうしたの、大丈夫?」


 桜は涙を拭い、にっこりと微笑んで見せた。


「ううん……なんでもない」 


 カラスは、桜の腕で翼を広げると飛び立ち、空中でしばらく弧を描いたのち、飛び去って行った。


「うち、お腹すいたわ」

「うん!そうだね。なに食べようか?」



 その日の夕暮れ時、源蔵じいちゃんと咲依ちゃんの葬儀が滞りなく執り行われ、たくさんの人達が参列してくれた。


その中には、死んだと思われていた勝彦さんの姿もあったことを後で知った。


 どうやら刺されたナイフに、塗られていたのは毒薬ではなく、麻痺薬であった。


 翌日の朝には、ケロりとした顔で起き上がり、唐澤さんを驚かせたという。まったく人騒がせな人だよ。


 しかしそれは貯吾朗が、勝彦さんにかけた温情であったのではないかと、僕は思った。



 その葬儀の帰り道のことだった。僕はいつものように、ぼんやりとした表情で歩いていた。


 突然何かにぶつかってしまった。それはとても弾力のある肉まんが二つ……?見上げると、怪しげな占い師の女性が、怒りに満ちた表情で立っていた。


「あんた、どこ触ってんのよ。この変態野郎!」 


 彼女は怒りに任せて、僕の頬を殴った。頬には真っ赤に腫れ上がった手形を残されていた。頭の中が、真っ白になり、何も考えられなかった。


 とにかく、ここは穏便にことを済ませて、早く逃げることにした。


「すみません。ぼんやりしていたもので、前を見ていませんでした。今度からは気をつけます」


 彼女に謝罪を済ませ、立ち去ろうとした。しかし、彼女は呆れたような表情をして、僕の手を掴み止めた。


「待ちな。あんたのぼんやりは、一度や二度じゃないだろう?」


 彼女の言葉に、僕は驚いた顔をした。


「私は蘭華!旅の占い師だ」


 彼女は、長い黒い髪と深紅のローブを纏い、不気味な存在感を匂わせていた。僕は少し警戒しながらも、興味を持って彼女のもとへ歩み寄った。


「聞いてやるよ。なにか悩みがあるんだろう?」


 蘭華の声は、気高くも神秘的で、少し妖艶な響きがあった。僕は戸惑いながらも、思わず頷いてしまった。


「そう……ですね。悩みというか、これから僕は、どう生きて行けばいいか悩んでいたんです」


「それじゃ、あんたの運命を占ってやろうじゃないか。さぁ、両手を広げで見せてごらん」 


 僕は心の中で疑問を抱きながらも、蘭華に自分の手を預けた。蘭華の指が僕の手を優しく包み込むように触れた瞬間、僕の心にほんのりと冷たい感覚が広がっていく。


 蘭華の瞳が、僕の手のひらを見つめ、彼女が微かに微笑む。


「あなたの運命が見えたよ。そうだなぁ、出会いは東の國にある。そこに向かいなさい。そうすれば、あなたの望む未来に出会えるだろうよ」


 僕は、驚きを隠せなかった。東の國に向かうことなど、今まで考えたこともなかったからだ。


「そこに、なにがあるんですか?」


 蘭華は神秘的に微笑みながら答えた。


「そこには、あなたの…………」


 その時、突然、声が聞こえた。


「狐凪!」 


 蘭華の占いを遮り、桜がやってきた。彼女は、とても不思議そうな顔をして、僕のことを覗き込んだ。


「どうしたの?その手形、なにしてたん?」


 僕は戸惑いながらも手形を隠しつつ笑顔で、どう答えればいいか、戸惑っていた。


「えっと、これはねぇ……」


 桜は怪しむように、僕の顔をジロジロと覗き込み、問い詰めてくる。  


「誰かいてたん?」


 その時、桜の瞳には疑念と興味が入り混じっていた。僕は照れながら笑って誤魔化した。 


「誰って、占い師さんに占ってもらっていたんだ」


「占い師?誰もいてへんよ」

「えっ?」


 桜は首をかしげながら辺りを、振り返り見た。しかしそこには、占い師さんの姿は無く、ただ壁があるだけであった。僕は狐に摘まれたような不思議な感覚に囚われていた。 


 それでも僕は、蘭華さんの言葉を深く信じ、東の國に何か引かれるものを感じ始めていた。


「それで占い師さんは、なんって言ってたん?」


「東の國に向かいなさい。そこに僕の望む未来があるらしいんだ」


「東の國……って、もしかして蘭都帝國のことかなぁ?実は、今朝カラスさんが来て、うちの大切な長老様が、蘭都帝國で隠れ住んでるって、伝えてくれたんよ!」


「本当!それはよかったね。それじゃぁ、僕と一緒に蘭都帝國へ行かないかい?」


「えっ、本当に!一緒に来てくれるん?」


「うん、いいよ。一緒に行こうよ」


 桜の声は、喜びに満ち溢れていた。僕の手を取り、優しく踊り出すように回り始めた。


その姿はまるで花びらが舞うようで、周囲に幸せな空気をまとわせてくれた。


 僕は蘭華さんに、感謝の気持ちを込めて、お辞儀をした。ズタボロとなっていた僕の心に、これからの人生に大きな変化をもたらすことを期待しながら、東に向かう決心を固めるのであった。


◇ ◇ ◇


 次の朝、僕達は蘭都帝國に向けて出発することにした。大吾さんは、僕達を見送るために駅まで見送りに来てくれた。


 このあとの雲玉堂は、大吾さんがかしらとなって引き継いで経営して行くこととなった。


「達者でなぁ!なにかあったら、すぐに帰ってこいよ。どんなことでも力になるからよ」


「ありがとうございます」


 ◇ ◇ ◇


 僕達が旅立ったあと、雲玉堂に珍しい客人がやってきた。その客人は唐澤さんが招いた客人のようで、僕が居ないことを知ると、すぐに立ち去ったようだった。



 しかしそれは、また別の御伽話と言うことで、この御伽は、これにて終わりとさせて頂きます。

 



 


 

 





 


 


 









 

 

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奈落の烙印(八咫烏の詩姫と三大霊獣の一人から寵愛を受けし者) 三毛猫69 @LUNA-PENTACLE

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