第27話 狐凪の最終兵器

 僕自身も心の奥では、咲依ちゃんのことを想い、痛みと苦しみに打ち震えて、涙が止まらなかった。 


『そなたの悲しむ気持ちは、よくわかる。だがこのままでは、ここに生きるもの全ても消えてしまうことになるでしょう。それでもよいのか?』


 葛の葉は、僕に問いかけてきた。


『確かに、ここにいる人達、みんなが死んでしまうのは、絶対にイヤだ!』


『あなたの気持ちは、よくわかりました。あとは私にお任せください』


 すると葛の葉は、優しい微笑みを浮かべ、夜空を見上げる表情は、深刻なものであった。 


 大気圏を突入した巨大な人口衛生は、燃え盛る炎を上げて、この街に向かって落下している。


 彼女は僕の意志を、他の者達に伝えてくれた。


「今はまだ、悲しむ時ではありません。見てごらんなさい。あの落下してくる衛生を、もうすぐこの地に落下してきます。あれをどうにかしないと、ここにいるもの全てが、消えてしまうでしょう」


 こばとちゃんが、怒りに任せて葛の葉に叫んだ。 


「確かにそうだけど、あんなものどうすればいいのよ。私たちじゃ、どうしょうもないわ!」


「大丈夫です。私たちが力を合わせれば、きっと解決できるはずです。そのためには、あなたの力が必要なのです。桜さん……」


 桜は驚いた表情で、葛の葉を見た。彼女の心は、動揺し怯えていた。うちには、そんな力はない……


「なぜ、うちの力が必要なん?うちの力は、人殺しの詩や、そんなもんを、どう使えって言うん」


 葛の葉は、微笑みを浮かべ、泣きじゃくる彼女を、そっと抱きしめた。


「大丈夫です。全ては使う者の心ひとつなのですよ。あなたが人殺しのために使えば、そうなるでしょう。けれど人を救うために使えば、人助けの詩となるのです」


 こばとちゃんは、うじうじと悩んでいた桜の背中を、ポンと叩いて励ました。 


「そうね。そういうことなら、私も一緒に歌ってあげる。歌ってものはね。楽しく歌わなくっちゃダメなのよ!」


「わかった。うち、やってみる……」 


 桜は、うなづきながら、微笑むと詩い始めた。こばとちゃんも彼女と共に歌い始めた。


 彼女達の歌声に誰もが魅了され、引き込まれてゆく。北風に荒れ狂うさくらの花びらが、幻想的な光景を作り出していた。


 このまま僕は、なにもしないで終わってしまうのか?僕は彼女達に助けられてばかりじゃないか!そんなのはイヤだ!


『葛の葉さん……』


「はい、なんでしょうか?狐凪殿」


『お願いがあります。僕にも、なにか手伝わせてください』


 すると僕の心の奥底で、蘭華は感情を爆発させ、暴言を吐き出した。


『なに言ってんのよ。あんたバカじゃないの?霊術も使えない人族に、なにができるって言うのよ。ふざけてるわ!』


 そんな姉を、優しい性格の蓮華が、必死になだめ落ち着かせようとしていた。  


『姉様、姉様、落ち着いてください……』 


 それでも蘭華の機嫌は、なかなか収まらない。蓮華は諦めずに姉を説得し始めた。


『姉様、どうか私の言葉を聞いてください。あなたの気持ちは分かります。ですが、これは彼の問題です。彼自身で解決しなければ、意味はないと思いますよ』


 蓮華が優しく諭すと、蘭華の怒りに満ちた心に、落ち着きを取り戻した。それを聞いていた葛の葉は、にっこりと微笑み、また僕に話しかけてきた。


「わかりました。私の霊力を、あなたに託しましょう。受け取りなさい』


『ありがとうございます。確かに受け取りました」


 僕の意識が元に戻り、彼女の意識が薄れ、交代を果たした。彼女から授かった。僕の身体に、霊気がみなぎり、溢れ出る感覚を感じた。


 その時、貯吾朗を束縛していた護符が、ぱらりと剥がれ落ちていることには、誰も気づかなかった。



 僕は、手を大きく伸ばし、空中に氷の結晶を作り出すため、印を結び詠唱を唱え始めた。


「氷の礫よ、凍てつく氷の身を殖やし、僕に力を与えよ。急急如律令!」


 その呼びかけに応えたかのように、周囲の空気が冷たくなり、微かな霧が立ち上った。


手からは青白い光が放たれ、その光が次第に強くなってゆく。そして巨大な氷の結晶が出現した。


 結晶は透明でありながら、内部には美しく輝く氷の模様が浮かび上がっていた。



 その時、なにかが僕に向かって急速に近づいてきた。それはクラゲの妖となった貯吾朗であった。透明な触手が伸ばし襲いかかってきた。


「そうはさせぬ!ここまで来れば、みな道連れにしてやるぞ」


 貯吾朗は叫びながら、触手を振り回し、僕を捕まえようとしていた。僕は巧妙に触手を掴み、ステージの外へと投げ飛ばした。


 すかさず紫紀さんが悪魔のツタを使い貯吾朗を雁字搦めに拘束した。


「おまえはそこで大人しく見ていろ!」 



 その瞬間、宙に浮かんでいた氷の結晶が転がり落ち、奈落の穴へと真っ逆さまに消えていった。


『あんた、なにやってんのよ。せっかくの術式が台無しじゃないの……』


『姉様、姉様、落ち着いてください。まだ方法はある、っと思います……から』 


 心の奥から聞こえてくる罵倒と、姉をなだめ透かせる妹の言葉に、混乱していた。が、あることを思い出した。


「……待てよ。あの勾玉の力を使えば、なんとかいけるかもしれない」


 僕は、氷の結晶を追いかけて、奈落の底へと飛び降りた。桜も僕の後を追い、奈落の中に飛び込んでゆく。


 僕が作った奈落は、異空間の能力で拡張された、巨大な空間となっていた。その中を真っ逆さまに落ちてゆく。その時、上空からやさしい詩声が聞こえて来た。桜だ!


 彼女が小さな手を必死に伸ばし、僕の手を掴んでくれた。と同時に詩を奏で出す。すると、さくらの花びらが舞い、僕達を包み込む。その身を花びらと音色に委ね奈落の底へと、ゆっくりと落ちてゆく。


「あった。あれだ!」


 奈落の底で、キラりと光る結晶を見つけて駆け寄った。勾玉の損傷具合を確認してみた……まだ使えそうだ。


 すぐに僕は、昇降用ステージに仕掛けた特殊な仕掛けを、起動する準備に取り掛かった。


 桜は、その様子を伺いつつ、奈落に潜む土蜘蛛の残党を、結界の力で寄せ付けないように、詩を奏で続けていた。


「ヨシ!起動準備が整ったぞ。あとは、これを動かせば……上手く動いてくれよ!」 


 地面に描かれた魔法陣が、神秘的な輝きを放ち、巨大なレールガンが構築されてゆく。その砲台の先端がステージから顔の覗かせ突き出してゆく。


 葛の葉が持つ深青色の霊力を、レールガンの内部に注ぎ込まれてゆく。装填しているエネルギー量が限界値を超えた。


煌めく蒼白の氷の結晶が、レールガンに装填された。凍てつく寒気で、辺り一面を真っ白な霧に包まれた。


「装填準備完了!」 


 レールガンの起動音が轟き、エネルギーが急速に加速してゆく。砲台の周囲で稲妻が舞い踊り、電光石火の輝きが、暗闇を照らし出した。


「照準を人口衛生にロックオン、発射!」


 最高潮に達した霊力がレールガンを白熱した炎に包まれてゆく。氷の結晶はレールガンの内部を高速で加速し、一筋の閃光となって空中に飛び出した。


 氷の結晶は、空を切り裂く音を響かせ宇宙に向けて飛び出してゆく。音速に近い速さで、突き進んでいく様子は圧巻であり、その一瞬の美しさに、誰もが息を飲んだ。


 宇宙に向かって軌道を切り開く氷の結晶は、周囲の星々を照らし出し、鮮やかな尾を引きながら、進んでゆく。


 氷の結晶が人口衛生と接触、そして爆発した。無数の氷の結晶は、宇宙空間に拡散していった。それはまるでダイヤモンドのように輝きを放つ花火のように見えた。


 ステージにいた人々は息を呑み、その壮大な光景に見入っていた。花火のような輝きが彼らの心に響き渡り、不安と安心に満ちた気持ちが溢れ出し、全てが終わったことを実感した。


 最後の火の粉が消えた頃、会場は静まり返っていた。しかし心の中には、悲しみと憎しみが残り、苦い思い出が、心の奥底に、深く刻まれることとなった。



 一段落が着いた頃、ぐったりと倒れている咲依ちゃんを抱いて座っていた。そして冷たい夜空を、呆然とした顔のまま眺めていた。


 これで全てが終わったんだと安心していた。


「…………狐凪」


 僕に声をかけてきたのは、桜であった。彼女は、どう話かければいいのか分からず、戸惑っているようだった。


「隣り……いいかなぁ?」


「あぁ、いいよ……」


「お邪魔します」 


 僕は彼女のために精一杯の笑顔を作り出迎えた。彼女は、そそくさと僕の隣りに座り、咲依ちゃんを悲しそうな目で見つめ、話しかけていた。


「初めまして!うちの名前は、不知火 桜。こんな形で、出会うことになってごめんなさい。もしよかったら、うちが詠う鎮魂歌を聞いてほしいの……」


 彼女はそう言って、僕の顔を見つめ確認を取るように眺めていた。彼女の瞳には、真剣な表情と共に、少しの緊張と期待が宿っていた。


 僕は優しくうなずきながら微笑んで了承した。



「おおきに……」

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