第26話 天空からの大災難

 奈落から突入した紫記さんが、土蜘蛛との死闘を繰り広げていた頃。


 「怯むな!土蜘蛛の糸は熱に弱い、霊術を使って焼き切れ!」


 炎の霊術が得意な邏察隊員が、糸を焼き切り、紫記さんが悪魔のツタを使い土蜘蛛達を雁字搦めにする。


 風の霊術を使える隊員達が、土蜘蛛を風の刃で切り裂き、奥へと進んでゆく。そこで驚くべき光景を目にした。


 今まで増員を繰り返し、行く手を阻んできた土蜘蛛達が、急に撤退を始めたのだ。


さらに奈落からステージに上がるエレベーターの前では、大きなコンテナを抱え、ステージに登ってゆくものを見た。


 考えている余裕はない。紫記さん達も土蜘蛛達が登ってゆく糸を使い、あとを追いかけて行った。


 ◇ ◇ ◇


 真幌さんも、その光景をモニター越しに見た。そして土蜘蛛達の進行を阻止しようと、昇降ステージのハッチを閉じようとした。


 しかし妖が相手では、そのような行為は、無意味であった。閉じかけていたゲートは、簡単にこじ開けられ、這い上がってきた。ここからでは打つすべがない。


 そう感じた彼女は、手元にあったマイクを握り締め、最後の望を託して叫んだ。

 

『キィィーン。狐凪……そのコンテナを壊して……!東雲は、人口衛生を会場に落下させて、焼け野原にするつもりよ。だから早く破壊して……』


 会場にいた全ての者が驚愕の事実に驚いていた。そんな中、ひとりだけは別の想いに惹かれていた。


 今の声、もしかしてお姉様?こばとはその声を聞き、感動のあまり涙がこぼれた。 


「隊員全員に命令する。コンテナを撃破しろ!」


 邏察隊隊長の紫記さんの指示が飛び交う!だが、土蜘蛛達も、簡単には破壊させてくれない。近寄る邏察隊が、ことごとくなぎ払われてゆく。 


 土蜘蛛達は、コンテナのハッチを解放し、中からは物々しい機械が姿を表した。さらに中央部分には、見覚えのある勾玉が取り付けられている。


 じいちゃんの勾玉だ。その勾玉から夜空に向かって、一筋の赤い閃光が放たれた。


『ほほぉ……面白い嗜好じゃのぉ!じゃが、その前に……』


 タマモは、東雲に氷の槍を撃ち放った。槍は彼の左肩に突き刺さった。


 東雲は、痛みに顔を歪ませながら、突き刺さった槍を抜き取り、すかさずタマモ目掛けて投げ返した。しかし彼女に当たるはずもなく、槍は粉々に砕け散った。


『このような攻撃、妾に通用するものか……ん?はて……あやつはどこへ?』


 タマモがあたりを見回すと、東雲の姿どころか、禍々しい霊気さえも、消えてしまった。



 その頃、気を失っていた咲依ちゃんも意識を取り戻していた。その時、偶然にもステージから不気味な触手がちらりと動いた気がした。


『チッ、逃がしてしもうたか』


 タマモは苛立ちを隠せない表情を浮かべていた。その後、彼女が全てを悟ると、彼らに運命を託すことにした。


『ふぁぁあ、妾はまだ眠い。ここはそなたらに任せ、妾は眠りに着くとしようかのう』


「おい、ちょと待ってよ!」


そう言い残すとタマモの思念が、慚夢の思念に変わっていた。


『御意……帝の仰せのままに!』


 再び僕の意識が薄れ、慚夢と入れ替わった。慚夢は運び上げられてきたコンテナを、ギロりと睨みつけ、一気に駆け出した。


しかし土蜘蛛達も、ただでは壊させてくれない。どこからともなく湧き上り、襲いかかってきた。慚夢は、その数の多さに苦戦を強いられていた。


「我々が援護する!キミは先に進め……」


「…………」

 紫記さん率いる邏察隊が迎撃に参戦してくれた。慚夢は土蜘蛛の群れに突き進んでゆく。


その後方から土蜘蛛達が追撃を仕掛けてきた。だが、その攻撃は唐澤さんが凌ぎ、助けてくれた。


「背後の敵はワシに任せろ……おまえは、そのまま先に進め!」


「………………」

 慚夢は不機嫌そうな顔をしていた。どうやら人族風情に護られていることが気に食わなかったみたいだ!


 だが、僕はそんな紫記さんや、唐澤さんに感謝の念を送り続けていた。コンテナに到着した慚夢は、すぐさま氷のダガーを、機械に放ち撃破した。


 赤い閃光がゆっくりと消え、呆気ない幕引きに終わったかに見えた。


『いいえ、まだよ!』


 強烈な緊張が会場内に漂い始めた。人工衛星は、衛生軌道を外れ、大気圏に突入しようとしていた。


『衛生の軌道は、まだ変わらないわ』 


 真幌が正確な落下地点を計測、モニターに表示すると、険しい顔でため息を漏らした。


『やはりあの人工衛星は、この会場に落下する経路を辿っているわ。さらにその被害は、街全てを飲み尽くす規模よ、直ちに避難した方がいい!』 


 夜空を見上げれば、こちらへ真っ赤に燃えて落下してくる物体を、肉眼で捉えることが出来た。


 このままでは、街が壊滅的な被害を受けることは明らかだ。ならば、どうする…… 


「あんなものバラバラに壊してしまえばいい!」


 慚夢は頭上に、小さな氷のダガーを作り、それを核として氷の膜を何重にも重ね、巨大な氷の塊を作りあげようとしていた。


「ん?なんだ……意識が薄れてゆく」


『それはさっきの薬の副作用なましね』


「なんだと……」


『石化の回復には大量の霊気を消費するなまし、なのであの薬は、少しづつゆっくりと服用する方が、好ましいなましよ』


「そういうことは……先にいえよ……なぁ」


 慚夢の意識が消え、僕の意識が体に戻った。すると作りかけていた氷の塊も消えてなくなっていた。


このままではみんな死んでしまう。その時だった後方から触手の魔の手が妖しく波打ち、僕に迫おうとしていた。


「ダメ!お兄ちゃんは、殺させない」


 突然咲依ちゃんが叫び、落ちていたナイフで触手に向かって切りかかった。触手は彼女の手首を掴み、ナイフの攻撃を受け止めた。


「鬱陶しい奴らだ!小僧をかばうなら、おまえから先に死ね!」


 彼女の胸を触手が貫き、白いドレスが風に舞い、ドレスが徐々に赤く染まってゆく。

 

「咲依……ちゃん?」


 次の瞬間、氷の針を貯吾朗に向けて放ち、彼に向かって駆け出した。一発でいいあいつをぶん殴ってやる。僕の心を憎しみ感情が突き動かしていた。


 その瞬間、すぅ〜っと意識が消えて、あとのことは、あまりよく覚えていない。 


『狐凪……狐凪……』


 誰か名前を呼ぶ声はするが、反応することができない。


「ふっ、ふっ……あはははぁ……我が名は、蘭華らんかあとのことは、私に任せて起きなさい」


 誰もが彼もが、僕の気が狂ったのではないか?そう思った。よく見ると目の色が左右で違う。


 金銀妖瞳となっていた。更にその声色は狐凪とは全くの別もので、どちらかといえば跳ねっ返りで、おてんば娘のような女性に変わっていた。


「よくも彼の大切な人を、殺めてくれたわね。ふざけないで…………」


 彼女は、タロットカードの中から一枚を選び、貯吾朗に投げつけた。カードから出現した、八本のロットが八連撃の連打を彼に浴びせた。 


『姉様、姉様………あとは蓮華に、お任せなの』


 すると金銀妖瞳の目が元の色に戻り、次は耳が狐のような耳へと変化した。声の持ち主も慎ましやかな性格で、さっきとは全く正反対の性格となった女性が現れた。


「蓮華は蓮華!悪さをするものは、成敗なのです」


 それはまるで別人が僕の身体を乗っ取っているかのようにであった。彼女は、霊気で作りあげた弦楽器を指で弦を弾く。衝撃音と共に彼の体が、軽く弾き飛ばされた。


 また声色が変わった。狐の耳が元に戻り、今度は短かった僕の髪が長く伸び始めた。声色はたおやかな母のものへと変貌した。


「貴様……いったい何ものだ?」


 貯吾朗は、恐怖に怯えた表情を浮かべた。


わたくしの名は葛の葉。帝の補佐を務める狐の妖怪です……私達は尻尾の数だけ別の人格を有しております」


 その葛の葉と名乗る妖は平然とした顔で、にっこりと微笑みながら彼と対峙した。


「あなただけは許しません……覚悟なさい」


 葛の葉は懐から複数の護符を取り出し、印を結び詠唱を唱えた。


「急急如律令」


 すると護符は、生き物のように飛び出し、貯吾朗に張り付いてゆく。かなりの量の護符が張り付くと彼は身動きが取れなくなっていた。


「あなたに、死ぬ権利などありません。生きて、今まで罪を償いなさい」



 そのような戦いの最中、殺された咲依ちゃんの死を痛み悲しむ者たちがいた。桜とこばとちゃんだ!


「お願い、この子を治療をしてあげて……あなたならできるんでしょう?」


 こばとちゃんは、葛の葉にお願いをしていた。しかし桜は無言まま、首を横に振った。


「あかんよ。死んだ者を、生き返らせたら……別の化け物になってしまう」


 桜は、深い悲しみに涙を堪え、呆然とそこに立ち尽くしていた。




 


 


 

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