第25話 召喚されし者

 会場の扉が全て封鎖され、混乱している人達がいた。真幌は現状の確認と、ある計画に使われるであろう物資が、保管されている場所を探るため、管制室に向かうことにした。


 管制室は、無惨にも銃弾の跡が残り、部屋は荒らされていた。書類が床に散らばり、静寂と緊張が部屋を支配していた。


 真幌は、部屋のモニターから、今の状況を確認した。画面の隅に、こばとちゃんの姿が写り、ほっとした笑顔を浮かべた。


 その笑顔は、深い愛情と安心を感じさせるものだった。


 しかし次の瞬間、クラゲの貯吾朗が、黒炎の火球を、彼女のバイクに向けて放った。火球は前方のホバーリンク部分に命中、バイクは真っ逆さまに落下してゆく。


『こばと……』


 真幌が叫んだ瞬間、詩声が響いた。こばとちゃんは、さくらの花弁に包まれ、ゆっくりと落下してゆく。


 別のモニターに映る、唐澤さんと桜が乗ったバイクが見えた。唐澤さんはすぐに、こばとちゃんの元に詰め寄った。後部座席に彼女を乗せ、ゆっくりと降りてゆく。


 真幌はモニター越しに、彼女を無事を確認して、安心した表情を浮かべた。 



『……慚夢、慚夢!』


 僕の心の中で、誰かが彼の名を叫んでいる。


「どうした?薬ができたのか?」


『んだ!結構苦労したなまし、この石化は……』


「御託は、どうでもいい!早く、薬を出せ!」


『もう、せっかちなましね。ちゃんと使用上の注意を読んで、使うなましよ』


 慚夢は、そのような注意書きなど知ったことかと目もくれず、一気に口に放り込んだ。


『うわぁぁぁ……どうなっても知らないなましよ』


 石化していた右腕の表皮がパラパラと剥がれ落ち、元に戻った。


 貯吾朗が慚夢を、再び石に換えようと触手を伸ばした。しかし彼の攻撃を巧みにかわし、自らの強力な霊術を使い始めた。


 複数の氷のダガーが、貯吾朗に襲いかかる。さらに彼の懐に飛び込み、ナイフで首元を掻き切った。


 彼の首から血しぶきが舞い、断末魔の叫びと共に倒れた。


「これでワシの役目も、ようやく終わる……」


 貯吾朗が、不気味な笑みを浮かべ、夜空を見上げると、大きな魔法陣がくっきりと描かれていた。


「あれは……召喚の儀か?…………まずい、早くあの魔法陣を潰さねぇと、大変なことが起こる」


 慚夢は、その魔法陣を掻き消すため、祭壇へと走り出した。



 東雲は、その様子を役員席から眺め、不気味な笑をこぼした。


「いい、実にいい!もうすぐです。もうすぐあの方が、この地上に降臨する。楽しみです」


――私は、君主様から頂いたこの身体が嫌だった。自らが選んだ器に乗り換え、新たな力を得ることが望みだ!そのためにも、この儀式は成功させねばならない。


『咲依よ!祭壇を、あの者から守れ!』 


「……御意」



 慚夢は、ステージ後方に祀られた祭壇に到達すると、拳を振り上げ、祭壇を打ち砕こうとしていた。


――早くこの儀式を停めないと、あの方を起こしてしまう。


 しかし、その瞬間、咲依ちゃんが静かに、慚夢の手首を掴み、ステージの向こうに投げ飛ばした。


「グハッ!」


「辞めろ!あのお方が、それを望んではいない。だからおまえは早く消えろ」  


 彼女の手は小さくて柔らかい、その感触が伝わってくる。しかし慚夢の強大な力を、彼女は受け止めて、投げ飛ばした。


 こんなこと通常では考えられなかった。 


「なんだ?この力は……禍々しい闇の力だと?」


 しかし、その彼女の表情や眼差しは、本人その者のように思えた。僕は彼女に、攻撃を加えることができなかった。


 そのような中、魔法陣の完成は容赦なく訪れた。会場の空気が重くなり、恐怖が忍び寄る感覚が漂ってきた。


 彼女の周りに、暗黒のエネルギーが渦巻き始めた。彼女は両手を握り、神に祈りを捧げた。心臓は鼓動を早め、身体を身震いさせた。


 彼女の声が、冷酷なまでに静かに響いた。 


「闇の力よ、私の声を聞け。生贄の血を糧に、我が元に現れん!」


 大空に七つの大きな魔法陣が浮かび上がり、ゆらゆらと揺れ動いた。観客からは悲鳴が上がり、体を痙攣させながら苦しみ悶えている。 


 咲依ちゃんは、その光景を冷笑しながら見つめ、儀式が上手く進行していることを確信した。そして赤い光が彼女の体を包み込んでゆく。


 彼女は目をつぶり、その大いなる感覚に魅了されてゆく。そして強烈な光が、全てを包み込んだ。儀式が終わり、天空に現れた魔法陣が消えてゆく。 

 


「やっとこの時が来ました。さぁ!来るのです。天照よ!そして私の糧となる喜びを味わうのです」


 東雲は、その大いなる喜びに胸を躍らせると、同時に降臨した人物に驚きと絶望した表情を浮かべていた。


「そんな……バカな……ことが」

 


 そこで彼が見たものとは、九尾の尾っぽを持つ狐であり、妖の中でも最高位の存在の妖であった。


 彼女の魂と九尾の狐の魂が交じり合い、一つとなっていった。体が徐々に変化し始め、左腕に霜焼けの不気味な傷が浮かびあがった。


「これが、私の力……?」


 彼女は、感じたことのない力を内に秘め、新たな姿として輝き始めた。だが……


「うっ、あぁ……」 


 あまりにも大きい九尾の狐の力を制御しきれず、次第に咲依ちゃんの精神は乗っ取られてゆく。 



 光が次第に薄れ、僕達はゆっくりと目を開けた。目の前には、まばゆい輝きを放つ狐の妖がそこにいた。 


『誰じゃ、妾の眠りを妨げる者は、活かして返さぬぞ!』


 その声は彼女の心に、響き渡り全身が震えた。しかし九尾の狐は、自分の胸元に光る勾玉を、チラりと見て気づいた。


『ほほぉ、なるほどのぉ……こやつが、妾の新しい器となる者かや……』


 九尾の狐は微笑み、静かな声が囁いた。  


『妾は、九尾の狐タマモなるぞ!皆のもの、妾にひれ伏すがよい!』


 すると慚夢は、タマモの言う通りにひれ伏し、ピタりと身体が動かなくなった。動かないと言うよりも従う感覚に近かった。


――このままでは、咲依ちゃんが乗っ取られてしまう。そんなのは嫌だ!どうしても彼女を取り戻したい!


『おい、辞めろ!帝様に逆らえば命はねぇぞ!』


僕の心の中で、慚夢が恐怖に怯えた声で叫んでいた。その一心で、慚夢に預けていた身体を、強引に動かしタマモの前に立ちはだかった。 


「僕は……あなたが、誰かは知しませんが、咲依ちゃんを返してください。その子は僕の大切な子なんです」


 するとタマモは、僕のことをじろりと睨んだ。鋭い眼光と霊気が、僕の身体を竦ませる。


『お主……妾の眷属を取り込んでおるのかや?面白いやつもいたものよ!どのような霊術を施したのかは知らぬが、奪った眷属を返してもらうぞ』


 するとタマモは問答無用に襲いかかってきた。慚夢の高い能力値のおかげで、彼女の攻撃をかわすことは出来た。しかしそれも時間の問題であった。


 圧倒的な力の前に、僕は紙切れ同然のように吹き飛ばされ倒れた。


『少年よ!想い上がるのも大概して、早く妾の眷属を返すのじゃ……』


 彼女は僕の頭を鷲掴みにして、自分の目の高さまで持ち上げた。


『ほほぉ、お主は……』


 タマモは、真剣な表情で何かを考え込んでいるようであった。その時、彼女の瞳には深い感情が宿っていた。その時偶然にも、僕の鞄からあるものが、溢れ落ちた。 


 タマモが手に取ったそのものは、僕と咲依ちゃんとの思い出を呼び覚ました。


『なんだ?これは……』 


 その拾いあげたものとは、僕達家族が写った写真立てであった。その時、タマモの目から涙が、溢れ落ちた。


『んぅ?うぐっ!……お兄ちゃん」


 タマモは、ぽつりと僕のことをお兄ちゃんと呼んだのだった。それは咲依ちゃん自身が、自我を取り戻した瞬間でもあった。


「お兄ちゃん、ごめんなさい。ごめんなさい。お兄ちゃんの首飾りを奪うために、東雲様の操り人形になっていたの、本当にごめんなさい」


 咲依ちゃんはそういうと、自分の首から首飾りを外し、僕に手渡してくれた。


「うん、ありがとう。僕は大丈夫だから気にしなくてもいいよ」


 僕は咲依ちゃんから首飾りを受け取り、自分の首につけた。すると首飾りは眩い光を放ち、タマモはあるべき場所へと導かれて行った。


「お兄ちゃん……ありがとう」


 咲依ちゃんが、そうささやくと、疲れたように眠ってしまった。その姿に、僕は優しい笑顔を浮かべながら、彼女をそっと抱きしめた。



「有り得ない、ありえない、あってはならぬ!」


 東雲の声が、会場内に響き渡った。彼は唇を噛み締めながら怒り狂った表情で、観客席にやってきた。


「くそっ!」


 東雲は、怒りに震えながら壁を拳で叩いた。


「こんなはずではなかったのに、なぜ降臨してきたのが、あんな下衆な妖なのだ!」


『下衆とは聞き捨てならぬな!そういう、そなたも妖であろうに……』


 その後、僕の身体に憑依したタマモは、僕の意思とは関係なく勝手に語り始めた。そこに慚夢の意識はなく、ただ気配だけが残っていた。


「ぬぐっ…………」


 東雲は屈辱を浴びたように、顔を曇らせていた。


「こうなれば仕方ありません。全てを滅ぼし、全て無かったことにするまでです。それでは最後のショーを開幕することに致しましょう」 


 東雲の目には深い悲しみが宿っていた。彼は、指を打ち鳴らし、土蜘蛛達に合図を送った。


 会場に生き残った者たちからは、不安の声が聞こえてきた。

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