第24話 謎の妖魔薬

 夜の闇に包まれた観客席裏側に、祭壇が設けられていた。咲依ちゃんは観客を生贄に儀式を進めた。


 五万席ある観客席は、ほほ満員であった。土蜘蛛を引き連れた武装集団が、一人、一人と殺し生贄に捧げられてゆく。


 生贄に求められた者達の顔が、恐怖に歪み悲鳴を上げ、涙が頬を伝っていた。観客席から外に繋がる扉は全て封鎖され、逃げることさえ許されない。


 咲依ちゃんは、祭壇の前に立ち厳かな表情で、魔法陣を描き始めた。魔法陣の中央には、生贄の血が注がれ、赤い液体が不気味な光を放っていた。 


 彼女は、鮮血を用いた紅い筆を手にして、巧みな筆遣いで、複雑な図形を描き出してゆく。


――辞めろぉ……やめてくれ。あんなに優しかった彼女が、こんな残酷なことをするはずがない。


 僕が心の中で、そう叫んだ瞬間、慚夢が儀式を阻止しょうと走り出した。しかし貯吾朗が、ステージ下に隠していたカトリック砲を持ち出し、僕の前に立ちはだかった。


「悪いが、ここから先に、通すわけにはいかん!」 


 彼の後ろには、複数の土蜘蛛と自分が従える武装集団が待機しており、今にも襲いかかろうと待ち構えていた。


「上等じゃねぇか!」


 慚夢の目が、ギラりと紅く光った。彼はステージに落とされていたナイフを拾いあげ、凛とした姿勢で武装集団と対峙した。


「来いよ。楽しいショーの始まりにしょうぜ!」


 土蜘蛛の足音が響き渡り、武装集団が慚夢に向かって突進してくる。


 慚夢は、その攻撃を容易くかわし、一瞬の隙を突いて武装集団の一人を斬り捨てた。血しぶきが舞い上がり、彼の体は地に倒れた。


 慚夢は、ナイフに着いた血を振り払い、土蜘蛛の方へと向かって突進した。


 ナイフが空を切り裂き、土蜘蛛の体に深い傷を負わせた。土蜘蛛は悲鳴を上げ、地に倒れ伏した。


 武装集団は慌てふためき、次々と慚夢に立ち向かっていく。しかし、慚夢は力強い斬撃で、一人また一人と倒していく。 


 慚夢は容赦なく攻撃を繰り返し、武装集団を一掃していった。彼らは、慚夢の前では、まるで脆弱な存在であった。


 最後の一人が逃げようとしても、慚夢の素早い動きによって容易く捕らえ、鬼ような冷たい瞳で睨みつけた。


「悪魔の手先どもよ。もはや逃げることはできん」


 慚夢の声は冷徹であり、武装集団の最後の一人は絶望に打ちひしがれた。


 その中で、貯吾朗は勇気を振り絞り、慚夢にガトリング砲を構えて立ちはだかった。


「こっ、小僧の命もここまでだ」


 貯吾朗は、恐怖に怯えていた。自分には、こんな化け物と戦う術はない。しかし逃げるという選択肢も、東雲が許すはずがない。


「こうなりゃ、やけくそだ!」


 貯吾朗は決死の覚悟でガトリン砲の引き金を引き、慚夢に向かって発砲した。砲弾が炸裂し、煙と火花が舞い上がった。


 しかし慚夢は、その猛烈な攻撃をものともせず、煙の中から現れた。彼の体は傷ひとつついてはいなかった。それよりも興奮に満ちた瞳が輝いて、貯吾朗を眺めていた。


「いいねぇ、もっと俺を、楽しませてみせろ!」


 慚夢は、一瞬のうちに彼に飛びかかり、小さな手で彼の首を掴んだ。貯吾朗の顔は恐怖に歪み、手を伸ばし、慚夢の手から逃れようとしたが、彼の非力な力では到底逃れることは叶わなかった。


 そこで貯吾朗は、生き残った土蜘蛛を使い、慚夢に糸を吹き付けて捕えさせた。そして、その隙に距離を取って逃げた。


「なるほどね。この後どうなるんだ?楽しませてくれるんだろうなぁ」


 しかしその程度の糸で、慚夢を拘束することなど出来はしない。余裕で糸から抜け出してみせた。


「………………」 


 貯吾朗に、生き残るという選択肢は残されていなかった。躊躇しながらも、やむなく東雲からもらった薬を飲むことを決意した。


 貯吾朗は、懐から小さな小瓶を取り出した。その小瓶には深い緑色の液体と、どす黒い浮遊物が浮いている薬であった。


『あれは……慚夢!あれを彼に飲ませて行けないなまし!』


「なに……」


 僕の身体の中から、焦る声が響いていた。この声には聞き覚えがある。あの白い狛狐さんの声だ。 


『かなりヤバい妖魔薬なまし!早く奪い取るなましよ』 


 慚夢が、急いで貯吾朗から、小瓶を奪おうとするが、土蜘蛛は慚夢を容赦なく攻撃してくる。


「邪魔をするな!」


 しかしそれは手遅れであった。彼は薬を飲み干し、空になった小瓶を手放した。小瓶がステージ上に音を立てて転がった。


「うぐぁぁああぁぁあァ……」


 次の瞬間、彼の身体に激痛が走り、うめき声を漏らし、もがき苦しんだ。彼の身体から冷や汗が滲み、次第にその冷や汗がどす黒い霊気を生み出してゆく。


 黒い霊気の塊の中から、ぎょろりとした大きな目玉が、ひとつ、ふたつ、と開き、徐々に目玉が増えてゆく。


 みっつ、よっつ、いつつ全部で五つの目玉が、慚夢を怨念に駆られた憎しみの目で睨みつけていた。


 その後方には、黒い闇の炎があたりな浮かび上がり、気づけは彼の姿はクラゲの妖と化していた。


 貯吾朗の身体中に霊気がみなぎり出した。彼は、試しに軽く右手を払ってみた。黒い闇の炎がステージの一部を貫き、大きな風穴を作り上げた。


「なんだこの力は、身体中に霊気が、みなぎるではないか!」


――この力があれば、小僧にも勝てるやもしれぬ! 


 貯吾朗は黒炎を慚夢に向けて放った。しかし、慚夢は、自在に氷を操ることができる。


 慚夢は黒炎をかわしたのち、氷の槍を振り放ち、貯吾朗を氷漬けにした。凍てつく氷の中、貯吾朗はニタりと笑い黒炎の炎で、氷を溶かして砕いた。


「狐凪!なにやってんのよ。そんなやつ早く片付けちゃいなさいよ」


 上空から、こばとちゃんのキツイ野次が飛んでくる。慚夢はその言葉にイラッとしていた。


「今だ!」


 貯吾朗は嘲笑いながら、慚夢に向かって触手を振り乱した。触手は蛇のような動きで襲い掛かり、彼の右腕に触れた。


「チッ!だが掠っただけじゃ、俺は倒せねぇぜ!」


「それはどうかな?」


「……?」


 慚夢の右腕が徐々に石化して力が抜けてゆき、持っていたナイフを手放した。


「どうだ徐々に石化してゆく気分は?この妖の特殊能力には、触手に触れた者を、石化する能力があるようだ!」


 右腕が冷たくなり、ジリジリと石化してゆく。このままでは、全身が石化してしまうのも時間の問題だ!


「おい!おまえの力で、この石化は治せねぇのかよ」


『…………』


「何とか言えよ。このやろう!」


『うるさいなましね。今その術式を解読しているところなまし!解読して、薬を生成するまでもう少し時間がかかるなまし、それまで持ち堪えるなまし』


 慚夢は、動かなくなる右腕をかばいつつ、貯吾朗との戦いに苦戦を強いられた。


 ◇ ◇ ◇


 その頃桜は、狐凪のことが気にかかるが、戦場となっているステージには行きたくなかった。不安が募るまま、その場で会場を見ていた。


「おおい!桜殿、いいものを見つけだぞ!これで狐凪のところに行こうではないか?」


 唐澤さんが、空飛ぶバイクに乗ってやってきた。風が髪をなびかせ、爽やかな笑顔で桜を誘った。桜はジト目で、彼を見つめていた。


「これ、どないしたん?」


「会場の外に置いてあったものを、拝借してきたまでのこと、大丈夫だ!あとで、ちゃんと返す」


 どうやら唐澤さんも、空飛ぶバイクに乗ってみたかったようであった。


「おまえさんも、狐凪のことが気にかかるんじゃないのか?」


「そ、そんなことは……」 


桜は少し顔を赤らめながら言葉を濁した。


「狐凪は、お主のことを好いておると言っておった。だから危険を犯してまでここにお主を助けに来た」


「…………」


 彼女は、その言葉に驚きながらも、心の奥で何かが揺れ動いているのを感じた。狐凪が自分のことを好きだということに、彼女の胸は高鳴り始めた。


「どうじゃ?ワシの連れも中に居って、気がかりでならん。一緒についてきてはもらえぬか?」


 桜は、初めは戸惑っていたが、一緒について行くことを決意した。


「わかった。一緒に行く」

「よし!それじゃ、ワシの後ろに早く乗れ」


 桜は、唐澤さんの後ろに、覚悟を決めてまたがった。空高く浮上した瞬間、桜は彼の背中に怪しげな黒い物体を発見して驚いた。


「きゃぁぁぁあ……ゴキブリ!いやぁ……」


 その物体はゴキブリであった。桜はバイクの上で、あたふたと慌てふためき、パニックを起こしていた。







  





  

 

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