第23話 勝彦の決意
桜が見つかり、ホッとした。だがまだ、咲依ちゃんを救い出さないと行けない。だって僕は、咲依ちゃんのお兄ちゃんなんだから!
「唐澤さんお願いがあります」
「どうした狐凪?」
「僕は、妹の咲依ちゃんを助けに行きたいんです。だからその間、二人のことお願い出来ませんか?」
「ちょっと待ちなさいよ!あんた一人で行かせられるわけないでしょう」
こばとちゃんが、僕の言葉に割って入ってきた。しかしこれ以上彼女達を危険なことに巻き込みたくはなかった。
「でも……」
「あんたじゃ、あのバイク運転も、ろくにできないでしょうが!」
確かに、彼女がいなければ、まともな操縦ができない。咲依ちゃんを救出する前に、僕自身が事故って死んでしまうかもしれない……
「あんたも、行くんでしょう?」
「………………」
こばとちゃんが、桜にも同行を確認していた。しかし彼女の顔色が曇り、黙り込んでしまった。
「仕方がない、この子の安全はワシが保証しょう」
そう決めた瞬間、彼女はバイクにまたがり、僕を急かしていた。
「それじゃ、決まりね!狐凪早く来なさいよ。おいて行くわよ」
「わかった。すぐに行くよ」
僕は寂しそうな顔をする桜を心配させないように、にっこりと微笑んで見せた。
「桜は、ここで待っていて、すぐに戻るから……」
「狐凪……なんでもない」
僕は戸惑っている桜を、おいて行くことは忍びなかった。
しかし、これでよかったんだと自分に言い聞かせて、苛立つこばとちゃんの後ろに飛び乗った。
「どうしたの。こばとちゃん?」
「別になにもないわよ!」
僕達を見送ったあと、桜の様子が変わった。寂しげで、どことなく嫉妬しているようにも見えた。
「狐凪のアホ!」
◇ ◇ ◇
その頃、ステージ会場では、勝彦さんが大きな土蜘蛛と対峙していた。
土蜘蛛の体は人間の大腿骨ほどもあるほどの巨大さで、毛むくじゃらの足は鋭い爪と鋼のように強靭な糸を武装していた。
その横で貯吾朗が、二人の対戦を楽しむように眺めていた。勝彦さんは、変わり果てた貯吾朗に、喝を入れるため、ここまでやってきた。
「おい!貯吾朗さんよ。こんなことをおまえさんは、やりたかったことなのかい?」
その挑発に貯吾朗は、顔を歪ませていた。彼もこのようなことをしたかったわけではなかった。その思いが、さらに彼を苛立たせた。
「うるさいわ!貴様の喉笛を、土蜘蛛に引き裂かせてやろうか!」
「おいおい、それは物騒だなァ!まだワシも死にたくはないんでね」
勝彦さんの心臓が高鳴る中、身を低くし、土蜘蛛の動きを見極める。土蜘蛛は恐ろしい速さで近づき、一瞬で彼の前に現れた。
素早く身をかわし、土蜘蛛の攻撃をかろうじて避けた。
銃口を土蜘蛛の巨大な脚に向かって撃ち放つが、その硬い甲殻には傷一つつけることができない。しかし彼は希望を失わず、懸命に土蜘蛛と闘い続けていた。
◇ ◇ ◇
僕達は、ようやくステージ会場上空までやってきた。そこで驚くべき戦闘と遭遇した。
「誰かがステージ上で戦ってるみたい。誰だろう?」
「どこ?……あれは、勝彦さん?なんで勝彦さんが戦ってるんだ?」
土蜘蛛が容赦なく、彼に襲いかかる。勝彦さんは身体能力を最大限に駆使し、機敏な動きで回避するが、すでに疲労が限界に達していた。
土蜘蛛の毒牙が彼の肩に刺さり、痛みが全身を駆け巡る。
「勝彦さんが危ない!早く僕を下に降ろしてよ」
「ちょっと待ちないよ。私も、まだよくわかってないんだから……ここをこうしてっと……」
「もう時間がないんだ」
「えっ、ちょっと狐凪、辞めっ……」
僕は、強引にオートクルーズのレバーをオンにしようとした。その時、こばとちゃんの、あらぬところに触れてしまった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁ」
手元を狂わせたこばとちゃんが、バイクを宙返りさせてしまった。
「あんた、どこ触ってんのよ。ここから振り落とされたいの、って……アレ?狐凪ッ……!」
僕はバイクから振り落とされ、そのまま地上に向けて真っ逆さまに落ちていた。ヤバいこのままでは死んでしまう。
そこで僕は、一か八かの賭けに出ることにした。懐から取り出した黄色い勾玉を握り締め、一心不乱に神頼みを始めた。
「狛狐様、狛狐様……どうかお願いです!僕に力をお与えください」
この黄色い勾玉は、僕の首飾りでヒビが入っていた、珠の一部を練り上げて作った複製品であった。
黄色い勾玉から、どす黒い霊気が発せられ、僕の体を覆い隠した。
『今頃になって神頼みかぁ?いい度胸してんじゃねぇか!』
「すみません。でもこのままじゃ僕も死んじゃいます。それに妹の咲依ちゃんも助けてあげたいんです。お願いします」
『仕方ねぇなぁ!あいつらに取られた首飾りも取り返さねぇとならねぇしなぁ!』
――首飾り?そういえば、真幌さんにあげた、あの首飾りには、どんな能力があるのだろうか?
『それと俺様の名は狛狐じゃねぇ。慚夢だ!よぉく覚えておきやがれ!』
どす黒い霊気の中から、眩いばかりの光が発せられた。慚夢は、空中から土蜘蛛の背中目掛けて飛び降りた。
その瞬間、硬い甲殻が割れ、黒い体液が噴き出した。土蜘蛛は悲鳴のような声を上げ、苦しげに身をよじった。
慚夢は、土蜘蛛の反撃に備えながらも、勝彦さんに近づいた。どこからともなく取り出した黒い丸薬を、彼に手渡した。
「おっさん大丈夫か?この薬を飲めば、早く傷口が塞がる」
「すまない……助かる」
勝彦さんは、その薬を苦虫を噛み潰したような、渋い顔をして飲み込んだ。
「なんだこりゃ!かなり苦げぇな……」
すると、突然土蜘蛛が容赦なく慚夢に襲いかかる。その攻撃を巧妙にかわしながら、拳を振るう。
慚夢の瞳は闘志に燃えていた。
土蜘蛛が糸を吐いて襲い掛かった。
慚夢は、糸をかわしつつ拳を撃ち込む。
その鋭い一撃が、土蜘蛛の頭に突き刺さった。
土蜘蛛は悲鳴を上げ、激痛に身をよじりながら倒れ込んだ。
慚夢は、倒れた土蜘蛛を踏みにじりながら、次の獲物はおまえだ!と、ゆっくりと貯吾朗に近づいてゆく。
「待ってくれ!確かに、そいつはろくでもない奴だ!だが、殺さないでやって欲しい」
「ハァ?何言ってんだ。おっさん、あんたはこいつに殺されかけたんだぞ!それでもこいつをかばうのか?」
「そんなことはわかってる。だが、こんなやつでも、こいつは、俺の
「…………」
前回の僕は意識を失い、自分の意識も伝えることは出来なかった。だけど勾玉に改良を加えた今なら、僕の気持ちも慚夢に伝えることができる。
『僕からもお願いします。勝彦さんには、お世話になってるんです。願いを叶えてあげてください。お願いします』
最初、慚夢は渋い顔をして、彼を睨みつけていたが、観念したかのように、僕の願いを聞いてくれた。
「……わかった。五分だけ待ってやる」
慚夢はそういうと、ステージの隅で倒れていた爺やの元に行き、丸薬を手渡した。
「おぬしは、今朝のボウズか?」
「お?おぉ、あの時の借りは、そのうち返したいが今は辞めておいてやる」
――こやつは何者じゃ、人か?それとも妖なのか?
今朝とは、どことなく風貌が違う。額に鬼のような角まで生え、禍々しい霊気を放っていた。爺やは、恐ろしさのあまり、体の身震いが止まらなくなっていた。
「爺や……」
上空では、こばとちゃんが、万遍の笑みで手を振り、爺やが生きていたことに安堵の表情を浮かべた。爺やもまた、彼女が無事であったことを心から喜んだ。
勝彦さんは貯吾朗に、近づき声をかけた。
「貯吾朗、おまえに話がある」
貯吾朗は軽く眉をひそめ、勝彦さんを見つめた。
「なんだ? ワシには話すことなど何もない」
勝彦さんはゆっくりと頷きながら言った。
「そうだろうな!だが、ワシにはある。あの商店街でおまえと働いていた頃が、一番楽しかった」
貯吾朗の目が一瞬、勝彦さんに集中した。彼は疑いの目を持ちながら、彼の言葉に耳を傾けた。
「おまえは……なにが言いたいんだ」
勝彦さんは続けて語った。
「おまえは、強いリーダーシップを持っている。その力を使って、この街に本当の変化をもたらすことができるんだ。君の能力を正しい方向へ向けることができれば、皆をもっと喜ばせることができる」
貯吾朗はしばらく考え込んだ後、深いため息をつき、彼に歩み寄って行った。
「そうだな!おまえさんの言葉には一理ある」
「それじゃ!」
勝彦さんの顔が一瞬明るい笑顔をして、貯吾朗を抱きしめた。しかしそれは不幸の始まりでしかなかった。
「ワシにはもう、後戻りなど出来はしないんじゃ」
「貯……吾朗」
勝彦さんの顔から血の気が、すぅっと引いていった。そしてがっくりと肩を落とし、ぐったりと倒れ込んだ。ステージ上には真っ赤な赤い血が、ゆっくりと拡がって行った。
「おっさん!」
慚夢が驚いて立ち上がり、貯吾朗を見た。すると彼は途方に暮れた表情で、キラりと光るナイフを握り締めていた。それはピエロが使っていた毒の塗られたナイフであった!
「おまえッ!なにやってんのかわかってんのか?」
慚夢が貯吾朗を殴り飛ばし、勝彦さんに駆け寄った。彼は急所を突かれ、ほぼ即死に近い状態であった。
「おまえ……!」
その感情は慚夢の物なのか、それとも狐凪本人の物なのかは、誰にも分からない。
それでも僕は怒りに任せて、貯吾朗の大きな腹をぶち抜く覚悟でぶん殴った。彼は膝を折り座り込んでしまった。
その瞬間、彼が使っていたナイフが、ステージの上で音を立てて転がり落ちていく。
人族である貯吾朗が、妖に殴られて無傷であることなど、到底有り得ることではなかった。しかし彼は……
「これは……結界か?」
会場の周りに造られたサークルから、貯吾朗は結界の加護を受けていた。その不思議な現象に驚きの表情を浮かべた。
「準備は整った。それでは儀式を始めようではないか!」
僕はその声の主を知り、自分の目を疑った。信じたくもなかった。そこに現れたのは、咲依ちゃん本人であった。
彼女は、僕がいつも身に着けていた首飾りを身につけていた。なぜ彼女が僕の首飾りを持っているんだ?
そんな彼女の雰囲気は、いつもとは異なり、どこか操られているような印象を受けた。
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