第4話『金色の戴冠』(???視点)

 まず最初に飛んできた刃物を、先程と同様に指で挟んで回収する。

 しかしその隙を見逃さずに傷の女が、赤い液体が迫ってくるのと同時に殴りかかってくる。


 後ろに飛び退き、持っていた刃物を数本女へ向かって投擲する。


「…効かないか」


「これは私が生み出したんだから、これでダメージが通らないのは当たり前じゃない?」


 女は口の端を歪めて笑い、深々と突き刺さった刃物は沈み込むようにして女の体の中へと消えていく。


「さっきからこの液体、煩わしいな…」


 自在に動くため既に回避は諦めているのだが、体にまとわりついてきて苛々する。


「『血縛』」


 ?四肢を思うように動かせなくなった。この液体で僕の動きを制限しているのだろう。

 そこに傷の女が殴りかかってくる。危ない、反射的に女の腕を掴んで受け止める。


「かかったわね!今よ!血汐、やっておしまい!」


 女の腕を掴んだ僕の右腕に、夥しい数の裂傷が刻まれる。傷から血が流れるが、なぜかその血液は宙に浮かび、薔薇の女の方へと吸い込まれていく。


 が、大して痛くもない。そのまま掴んだ女の腕に力を握り潰す。


「痛っっ…!あんたホントにどうなってんの--」


 言葉を最後まで聞かずにそのまま身体を捻り、女の顎に踵を打ち込む。どこかで読んだのだが、ここが生物の弱点らしい。

 女は意識を失ったようで、そのまま倒れ込む。


「あとは君だけか」


「瑕疵…!あなた、よくも!」


「襲ってきたのは君たちだろう?自分の行動には責任を持つべきだ」


 薔薇の女に接近する。薔薇の蔦が迎撃しようと女の前に防壁を形造るが、先程から持っている刃物を振るい、綺麗に両断。


「ちょっ…!」


「反省しろ」


 傷の女と同じように意識を失う。さて、こいつらをどうするべきか…




⬛︎⬛︎⬛︎




「ん…血汐ぉ…朝ごはんは…?」


「やっと起きたか」


「んぁ…?はっ!血汐、起きろ!」


「な、何⁈」


 気絶させた後廃墟の中を少し見て回って、結構いろいろな物が手に入った。多少ながらも食料もあったし、生活用品も備蓄されていた。

 起きてから暴れられても面倒なので段ボールを梱包してあった麻紐で雁字搦めに背中合わせで縛り付けておいたのだが、この女達かなり鈍いな。結構雑に扱ったのに数時間は起きなかった。


「私たちを縛り付けて…何が目的なの!」


「目的を聞きたいのはこっちだ。僕はまだ質問に答えてもらっていない。重ねて聞くが…なぜこんなことをするんだ?」


 女達は互いに顔を見合わせ、少しの間悩むような素振りを見せる。


「さっき言ったわよね、私たちは『怪異』だって。怪異にはね、存在するために条件があるのよ…それが、ニンゲンから強い思いを向けられる事。例えば、私は血汐の怪異だから、ニンゲンの血液に対する嫌悪感や恐怖心を糧に生きることが出来る。こっちは瑕疵の怪異で、傷に対する恐怖が生きるために必要なの」


 『血汐の怪異』と、『瑕疵の怪異』か…俄には信じがたいが、概念が肉体を持った存在というわけか。


「でも、近年は医療技術の発展でニンゲンは怪我をする機会や血を見る機会も減り、怪我を簡単に直せるようになったことで更に私たちに対する恐怖は減っていった…」


「もう限界に近いんだよ、このまま何もせずにいたら私たちの力はどんどん減っていき、いつか他の怪異に喰われる!」


 女が身を捩るのに合わせて、麻紐がギチギチと悲鳴を上げる。


「喰われる?」


「怪異は、他の怪異を殺して食べることでその怪異の持つ概念も取り込めるのよ。その代わりに記憶が混濁して、人格が大幅に変わったりするデメリットがあるんだけどね」


 なるほどな。こいつらは人を攫って来て殺すことで多少だが大きな感情…恐怖を植え付けて延命していたという訳か。

少しだが、こいつらに同情する気持ちもある。 だが人を傷つけるというのはいただけない。僕にはこいつらを殺すことなんて出来ないが…救済してやることならできるかな。


 手に取った刃物で、女達を束縛する麻紐を断ち切る。


「え…なんで?」


「お前ら、僕の配下になれ」


「「は?」」


 手に持った麻紐を放り投げ、もう片方の手に持っていた刃物を床に落とす。


「いいか?お前らは僕に負け、怪物としての生を終えた。これからは僕に従い、人を助けるんだ」

「お前らが消えないほどの強い記憶なら、僕がこの頭に残してやる。命の危機に怯えているのなら、僕が全て拭ってやる」


 日が沈もうとしている。ガラスの割れた窓枠から金色の西陽が差し込み、僕らを照らしている。


「僕について来い。我が従者よ」


「じゅ、従者って…私たちは貴方を殺そうとしたのよ?」


「そうそう。こんなところに連れ込んで、罠に嵌めて殺そうとした相手を抱え込むなんてどうかしてる…」


「どうかしていようとしていまいと、僕には関係ない。僕は元々社会から逸脱して暮らしていたからね。君たち2人増えたところでどうってことない。むしろ、人手が増えてありがたいくらいさ」


 反論はない。どうやらこの女達は、負けたやつに従うくらいの道理なら弁えているようだな。


「ふむ、そういえばお前たちの名前はなんだ?瑕疵やら血汐と呼び合っていたが、それが本名と言うわけではないだろう?」


 女は互いに顔を見合わせて首を傾ける。


「私は『瑕疵の怪異』。肉体的な傷や物の損傷に対する不快感から生じた怪異よ。んで…」


「私は『血汐の怪異』。文字通り血液に対する恐怖から生まれたわ。私たち2人とも特別な名前はないの」


「そうか、なら僕がお前らに名前をつけてやろう。そうだな…傷の女、お前は今日から『ワラキア』と。血の女は『ツェペシュ』と名乗れ」


「ワラキアに…」


「ツェペシュ?なんだか呼びにくくない?」


「それで、あなたの事は何とお呼びすればいいのでしょうか?」


 僕の前の名前をこれから使うつもりは毛頭ない。もう知ってる人もいないだろうしね。そうでなきゃこいつらにこんな名前を付けたりはしない。




「ヴラドだ。僕のことはこれからヴラドと呼べ。我が従者よ」


 これらの名詞は、過去にルーマニアを治めたという君主の名前からそれぞれとった物だ。




 この世は弱肉強食だ。強い者が勝ち、弱い方が負ける。そして負けた方は死ぬ。それが絶対にして不変の真理。

 だが、僕は理不尽に敗北を押し付けられる人が哀れで仕方ない。この手でまだ掴み取れるものがあるならなんでも掴み取ってやろう。


 これが、僕の戴冠式。誰だって…王者には憧れるだろう?


 大丈夫、心配はない。僕はアイツらのように地に堕ちたりはしないからね。

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ロスト・ノスタルジー 〜思い出の墓守〜 浅葱 @Natyou_Meizinn

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