第57話 地下都市の宴

 地下都市の明かりは、太陽の動きに同期しているみたいだ。さっきまで日の光に近い明るさだったのに、徐々にオレンジ色に変化してきた。

 ニーナに案内された木造二階建ての宿は、なかなかの居心地だ。初めてゴヤと会ったとき、その姿を見て文明レベルが低いと感じたけど、まるで違っていた。


 この地下都市や空間拡張技術、様々な魔法陣、街の造りは整然として清潔感がある。なんかこう、俺のイメージが色々と間違っていると再確認せざるを得ない。


 二階の窓から通りを眺めていると、修道騎士団クインテットの三人が宿を出て行くところが見えた。周りは背の小さなゴブリンばかりで、めちゃくちゃ目立っている。


 ミッシーは早めに寝ると言っていたけど、宴に呼ばれてんの忘れてるのかな?

 一応、使いのゴブリンが知らせに来るし、大丈夫かな。


「よし、今のうちに魔法陣の実験でもするか」



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「お二人に話があるのですが……、修道騎士団クインテットの三人で話せる場所はありますか?」


 宿屋に到着すると、グレイスからマイアとニーナに提案があった。それならと、この街を知っているニーナが道案内をする事となる。

 ゴブリンしかいない通りで、ヒト族の女性三人はとても目立っていた。


「こっち」


 ニーナの声で路地裏に入る三人。


 この地下都市は、居住区、食料庫、軍施設と大きく三つに分けられ、各所を地下水が流れている。ニーナが案内したのは、空いている食料庫の一つ。

 錠前を開けて、こっそり忍びこみ、三人は立ったまま話し始めた。


「さてと、マイア、ニーナ、わたくしがわざわざこのような場所に案内してもらった意味が分かりますか?」


 ニーナは何のことやら、といった表情だが、マイアは顔が強張った。


「ニーナはソータ様にお目にかかって間も無いので、まだ分かりませんよね。あの方の異常性が……。ところで、マイア? どうしましたか?」


「い、いやあ……あはははぁ」


 どうやら、ソータと一番付き合いの長いマイアを問いただすために、グレイスはこの場を設けたようだ。


「ソータ様は大規模な魔法を使っても、詠唱をしません。ウインドカッターくらいなら分かりますけど、この地下都市を障壁で囲む際も無詠唱でした。それに、他者に障壁張ってしまうなんて、聞いた事がありません。魔法ではなく仮にそんなスキルがあるのなら、周知されているはずです。彼が異世界人であっても、異常すぎだと思いませんか?」


 この世界には以前から、地球人が迷い込んできている。ほとんどは野垂れ死ぬのだが、稀に歴史に名を残す人物が現われる。その地球人たちは、この世界の技術革新を起こし、生活を豊かにする事で知られている。


 だが、ソータの場合、そういった著名人とはまるで違うのだ。ばく大な魔力で理不尽な魔法を使う。

 グレイスはソータから、この世界の敵では無い、と言質は取ったが不安でたまらないのだ。


「あの力が、わたくしたちに向いたらどうします? ソータ様はいつものほほんとしていらっしゃるので、権謀術数けんぼうじゅっすうに長けているとは思えませんが、万に一つでも地球の勢力に与されては困るんです」


 グレイスは随分と追い込まれているように見える。マイアとニーナは、少し困った表情になった。

 ニーナはまだ会ったばかりで分からないのは当然だが、マイアは違う。冥界で死んだのに、ソータのおかげで蘇った。


 無意識で首を触るマイア。


「グレイス、ソータさんは大丈夫。どうしてそんなに心配するの?」


「……マイア。ここに来るまで、わたくしたちはソータ様とずっと一緒にいましたよね?」


「えっと……? 帝都ラビントンからってことよね?」


「そう。ソータ様に聞かれると困るので言えませんでしたが……実は今現在、王都パラメダが地球の勢力と思われる軍と交戦中なのです」


「げっ!? それほんと? ニーナ知ってた?」


「うん知ってた。というか何でマイア知らないの?」


「えっ? え~っと……、あはははぁ。魔導通信機、グレイスの屋敷に忘れてきちゃった――」


 ションボリするマイア。彼女はニーナと連絡が取れなくなった事で、慌てて出発してきている。通信機にまで気が回らなかったのだろう。


「――えっ!? ちょっと待って! ほんとに王都が攻撃されてるの?」


「ええ。幸いにも序列一位のテッド様がご帰還なさったのと、ヒロキ佐山トシヒコ鳥垣スズメ伊差川の三名も参戦しているので大丈夫だと思います」


「ええ……、さすがに戻ったほうがいいんじゃない?」


「いえ、地球の勢力には、サンルカル王国の正規軍も対応していますので、テッド様から、必ず獣人とデーモンを滅ぼせ、と指令が出ています。それと、修道騎士団クインテットから、援軍の五千が帝都ラビントンに向かっているそうです」


「合流するの? えらく余裕があるんじゃない?」


ヒロキ佐山たちが、疾風怒濤しっぷうどとうの働きを見せているようです」


「へぇ……なかなかやるわね、ヒロキたちも」


「マイア……その上でもう一度聞きます。ソータ様はこの世界に牙を剥きませんか? あの方はヒロキたちと違う、異質の力を感じますので」


 首をさすりながらマイアは応える。


「そうね……異質よね。だけどさ、グレイスが感じたのは、デーモンと真逆の力じゃなかった? もっと言えば、聖なる力だと思わなかった?」


「……確かに、邪悪な気配は微塵もありませんでしたね」


「でしょ? 心配しすぎ! だってあたしは一度――っ!?」


 思わず口を滑らせそうになり、慌てて口を噤むマイア。まだ生きていられるのはソータのおかげだと肝に銘じ、この前の三人以外誰にも話さないと誓ったではないか。

 マイアはそう思い直した。


「一度どうされたんです?」


「あーっと、……そうそう、冥界でソータさんに助けられの。エルフのサラ姫殿下が助かったのも、ソータさんのおかげ」


「その話はもう聞いています。……しかし、マイアがそこまで言うのなら、今回は信じてみましょうか」


「そそ、そうしよっ!」


「ただし!」


「ぴゃっ!?」


「ソータ様に妙な動きがあれば斬ります」


 そんな言葉を残し、グレイスは倉庫を出て行った。残されたマイアは涙目になっている。そこにニーナが声をかけた。


「マイア、あたいたちスラム出身の成り上がりは、どう足掻いても公爵令嬢様には勝てないよ。序列もグレイスの方が上だし……」


 マイアの頭を抱きかかえて慰めるニーナ。修道騎士団クインテットのトップは五人。サンルカル王国第二王子を序列一位とする、トップダウンの武装組織だ。

 グレイスは序列三位、マイアは四位、ニーナは五位となっている。


「うん……」


 ソータにあれだけバラしちゃダメだと言ってきたのに、マイアは思わず口を滑らせそうになった自分を恥じていた。


 そんなマイアを尻目に、ここにも一人、ソータの存在に疑問を持つ者――ニーナ・ウィックローがいた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 宴会場は、体育館二つ分くらいの広さがあった。地下都市にある建物とは思えない絢爛けんらんさだ。他は木造なのに、ここは石で建てられている。白い壁には絵画が飾られており、床は赤い絨毯。テーブルはガラス製で、天井からはシャンデリアが吊されていた。


「どこかの迎賓館みたいだな……。てかもう始まってるし」


 立食形式の宴は、軍と民間から幅広く招待されているようだ。俺とミッシー、修道騎士団クインテットの面々は、各々で食べ物を取りに行く。


「皆の衆、今回の危機は去った!!」


 ゴヤの声が響き渡った。一番奥にいるのにはっきり聞こえるのは、魔法もしくは魔道具を使っているからだろう。

 続いてゴヤが俺たちの名前を挙げて賞賛すると、拍手が起こった。


 周囲はゴブリンばっかりなので、俺たち五人が目立つのは当然だ。近くのゴブリンたちが握手を求めてくる。


 その中にはゴヤと同じく背の高いゴブリンや、初めて見るマッチョなゴブリンもいた。ほとんどのゴブリンは小学生くらいの背丈なので、彼らも目立っている。


 一通りの賛辞を受け取ると、改めて宴が始まった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 宴もたけなわ。久し振りの酒は、五臓六腑にしみわたる。少しクセのあるスモーキーな蒸留酒は、ベナマオ大森林の木の実が原料になっているらしい。ちょっとリンゴっぽくて好きな味だ。


 だけど、なかなか酔わない。ソーダ割りだと酒精が足りないのか。

 そう思ってロックに変更すると、汎用人工知能から忠告が入った。


『神経毒が検知されました』

『げっ!? マジで?』

『マジです』

『毒殺されそうになってたって事か』

『そうですね。しかしすでに毒素は分解しました』

『ああ、助かる』


 素知らぬふりをしてロックグラスを置き、ずっとダル絡みしてくるゴヤへ視線を飛ばす。うーむ……真っ赤っかのベロンベロン、こいつただの酔っ払いだ。ここに来て半日だけど、ゴヤの実直な性格は何となく分かっている。


 酔う前に俺の暗殺を部下に指示したという可能性もあるけど、それは無さそうだ。

 あー、こういう事されると、誰彼疑わなきゃいけなくなるから気分悪いわ!


『アルコールも分解してたよね?』

『……ふっ』


 んごー! やっぱり!! なかなか酔わなかったのは、こやつのせいだ!!


 まあいいや。とりあえず神経毒入りの酒をあおる。


『わっ! ちょっと!? 急いで分解します!!』


 飲んだ瞬間、呼吸が止まる。

 意識までは奪われていない。

 汎用人工知能が瞬時に対応したからだ。

 すぐに呼吸も出来るようになり、俺はシラフに戻った。


 顔を動かさずに探ってみると、ゴブリンの給仕人が出入りする通路で慌てている気配が一つ。何で俺が死なないのか、毒を混入した犯人が驚いたのだ。

 まあいいや。せっかくゴヤが開いてくれた宴だ。俺がここで騒ぐと、お祝いムードが台無しになる。


「おいソータ、飲んでないな? ほれ、ほれほれ、飲め飲め」


 たった今一気飲みしたのに、給仕人が持つボトルを奪って酒を注ぐゴヤ。


「ありがとな」


 なみなみと注がれたグラスをもう一度あおる。


「がっはっはっはっ!! なかなか強いな、ソータ!! お前みたいな心強い友が出来て嬉しいよ!! ……っ!?」


 くるんと白目を剥いてぶっ倒れるゴヤ。毒で死んだのでは無い。飲みすぎだ、ただの。


 慌てて周囲の衛兵が担架を持ってくる。凄く手際がいいのは、毎回こうなるからなのか。周りのゴブリンたちが驚いていないのも、見慣れているからだろうな。



 宴という名に相応しい大宴会が終わり、宿に戻って横になった。

 硬すぎず柔らかすぎないベッドは、強制的に俺を眠りにいざなった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 ソータが眠って数時間後、物音を立てず気配を消して部屋に入ってくる人物がいた。その手には短剣が握られている。


『デストロイモードへ――』

『やめろ』


 汎用人工知能の声で起きたソータは、物騒な機能への変更を止める。

 しかし、理由もなく汎用人工知能がデストロイモードへ変更する訳が無いと考え直し、ソータは部屋の中の気配を探る。


 ベッドに仰向けのまま、寝たふりをするソータ。

 部屋に忍びこんだ人物はソータの脇に立ち、心臓を目がけて短剣を振り下ろした。

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2024年9月20日 19:00
2024年9月21日 19:00
2024年9月22日 19:00

量子脳で覚醒、銀の血脈、異世界のデーモン狩り尽くす 藍沢 理 @AizawaRe

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