第56話 再生

 手のひらに残った砂を、水たまりに落としていく。ここにグローエットの墓標を作ろう。

 振り返ると、ミッシーとグレイスが近くまで来ていた。彼女たちと合流し、俺は臆測を交えずこの目で見た事実のみを語る。


「ソータ、ちょっと待て。そのメイドインジャパンというのは何だ?」

「俺の故郷、俺が生まれ育った国で作られた、犬型ゴーレムロボットってことだ……」

「どういうことですの? ――ソータ様が異世界人だとは知っていましたが」


 サラ姫殿下を治療した後、グレイスは俺の話をちゃっかり聞いていたみたいだな。あのときグローエットに聞かれて、俺は異世界人だと肯定したし。


「おそらくだが、この世界で地球人が軍事行動を開始している」


 ゴヤは数万の犬型ゴーレムが攻めてきたと言っていた。地球からそんなに大量の物資を送るなら、かなりの時間と手間がかかるはず。そうなると、俺がこの世界に来るだいぶ前から鉄の猟犬部隊メタルハウンドを運び入れていたんだろうな。


 難民として受け入れてもらうって話はどこ行った? 最初から戦争をするつもりだったのか?


 幸いにも鉄の猟犬部隊は壊滅している。しかし厄介だな……。ロボットなら気配も何もあったもんじゃない。ここに来たとき気配を察知できなかったことも、これで辻褄が合う。森の中に隠れていたのだろう。


「ソータ様はどうされるおつもりですか?」


 グレイスは多脚ゴーレムから降りて、剣に手を添える。その瞳は、俺の言葉次第で斬ると告げている。


「……俺は、地球人は自業自得だと思ってる。交渉せずに、この世界を軍事制圧しようとするなら、どうにかして阻止したい」


「自業自得?」


「俺たちの世界は、もう間もなく滅ぶ。だからこの世界と交渉して、地球の人々を受け入れてもらうって聞いてたんだけどな……。戦術兵器が送り込まれてきている時点で、その可能性は無くなったのかもしれない。詳しいことはわからないけど」


「……ソータ様は、阻止したいと言われましたね? ご自身の生まれ故郷を裏切るつもりですか?」


「どうだろう……。地球の人々からみれば、俺は裏切り者になるだろう」


「分かりました。ゆめゆめその言葉をお忘れなきよう」


 グレイスは剣から手を離し、多脚ゴーレムに乗る。そして真っ直ぐ俺を見据えた。


「忘れないよ。もともと俺は、かたき討ちに来ただけだ。ちょっと違ってたみたいだけどね」


「それは……。アスカたちの件ですか?」


「そうだ」


「……」


 グレイスは目を伏せて考え込んでしまった。弥山たちからある程度の事情は聞いているはずなので、その辺と事実関係を照らし合わせているのだろう。


「それではソータ様、今回の獣人自治区とのいくさはどうされますか?」


「乗り掛かった船だ。手伝うよ」


 じーちゃんは佐山たちに任せる。


「分かりました。――えっ!?」


 ようやく納得してくれたグレイスが、俺の背後に視線を動かす。釣られて俺も見ると、グローエットから生えていた蔓が見る見るうちに伸び始めていた。

 小さな池になっている水があっという間に吸い尽くされ、ぬかるみから新たな蔓が芽吹いていく。


 俺たち三人は少し後退して、蔓の成長を見守る。蔓は互いに絡み合い、どんどん太くなり天を目指す。しばらくすると枝葉が生えて成長が止まった。


 あっという間に大きな木になった。何だこれ?


「ソータ、そこでスクー・グスローが死んでいたんだな?」

「ああ、そうだ」

「ふむ……」


 ミッシーはあごに手を充て、何かを思い出す素振りを見せる。何か知っているのかな? そうこうしていると、木の枝葉に花が咲いた。


『やっほー』


 突然の念話で俺たち三人は耳を塞ぐ。意味は無いけど。


「あ、ごめんごめん! ソー君たち、どしたの?」


 蔓の枝からひょこっと顔を出したグローエット。俺たちがいることに少し驚いている。


「グローエット……死んだかと思ったぞ?」


「へっへーん、私たちは集合精神体ハイブマインドだから、個体が種になっても同じ意識を持ってるからねっ」


「種になった?」


「そだよー。なんか変なゴーレムが来て、森を焼きそうになったから――」


 念話攻撃で鉄の猟犬部隊メタルハウンドを、全て破壊したそうだ。ヒト型ゴーレムも居たらしいけど、それだけ逃したと言って悔しがっている。

 その後、この森を再生して守るために、種になって木になったそうだ。スクー・グスローを増やすために。


 グローエットは他の枝からも顔を出している。この木だけでも数百体はいる。すると枝から抜けるように飛び出し、グローエットたちは四方八方へ飛んで行き始めた。


「何をするつもりなんだ?」


 俺の方に飛んできたグローエットに話しかける。


「決まってんじゃん、森を再生するの。犬のゴーレムもデーモンも、私たちが滅ぼすから安心してね~」


「……そっか。念話でゴブリンたちに迷惑かけるなよ?」


「だいじょぶだいじょぶ!!」


 ほんとかな~? そんな軽い会話とは裏腹に、方々のぬかるみから蔓が生え、木になっていく。あっという間に花が咲いて、そこからグローエットたちが飛び出す。茶色のぬかるみから水を吸い取り、辺りはよく見る茶色い土へ変っていった。


 とんでもない速さで森が出来ていく。全部スクー・グスローの木だけど。

 そう言えばゴヤが言ってたな。スクー・グスローは森の破壊と再生をするって。


「お前はどうするんだ?」


 いそいそと俺の胸ポケットに入るグローエット。俺の言葉には応えず、すやすやと眠ってしまった。集合精神体ハイブマインドとはいえ、個体の疲れ方までは共有しないのだろう。頑張ったみたいだし、このまま寝かせておこう。


「どうする?」

「戻ろうか」


 ミッシーにそう応え、俺たち三人はゴブリンのシェルターへ向かった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 俺たちはさっきの部屋に通されて、全員着席した。ゴヤに付き従う参謀っぽいゴブリンたちが五人。ゴヤと背丈が変らないのは何でだ。他のゴブリンは小学生くらいなのに。

 それと、修道騎士団クインテットの三人、俺とミッシーで部屋が手狭に感じる。


 ゴブリンのお姉さんがお茶を置いて出ていくと、俺から何があったのかを伝えた。


「スクー・グスローが呪われて、砂漠の民と呼ばれていたのか……」


「それと、俺としては不本意なお知らせになるんだけど、犬型ゴーレムロボットは、俺の祖国が作った物だった」


「……どういう事だ、ソータ」


 俺を見るゴヤの目が据わる。


「俺は異世界人だ。じいちゃんのかたき討ちでこの世界に来たんだけど――」


 これまでの経緯を簡潔に話す。グレイスがいるので、俺の能力は伏せたままで。それを聞いたゴブリンの参謀たちが、ゴヤに向かってひそひそ話を始めた。全部聞こえるけどね。


 内容は、俺をこの場に呼んだゴヤの責任を追及するものだ。参謀たちはどうやら、俺をスパイか何かと勘違いしている。うーん、疑われるのも当然か。しかし困ったな。俺が違うと言っても、証明する手立てが無い。


 族長のゴヤに異論を唱える事が出来るんだな。軍だと上官への異論は認めない、的なイメージだけど、ここはそうではないのだろう。


「お前たち……ソータが間者スパイなら、自分が不利になるような話はしないと思うが?」


 ゴヤの声で参謀たちは黙った。この際だ、ちょっと言っておこう。


「俺はこの世界と敵対する気は無い。むしろ逆だ。平和的な交渉をしてこなければ、俺は地球と敵対するつもりだ」


 ざわめくゴブリン。そりゃそうだろうな。自分が生まれた世界を、裏切ると言ったのだから。だけど、正直なところ分からないんだよな。日本がそんな暴走をするのかと考えると、あり得ないんだよな。日本国民が、異世界の武力制圧に賛同している訳でも無いだろうし。


 しかし、アスクレピウスにも言われているし、侵略してくるようなら、俺は俺のやり方で何とかしよう。


 とりあえず地上で何が起こったのか、説明が終わった。


「お話、終わった?」


 胸ポケットからひょっこり顔を出すグローエット。

 それを見たゴブリンの皆さんが動きを止めた。


「ス、スクー・グスロー!?」


「そだよー! でもこの個体はグローエットって呼んでね?」


 驚きの声を上げたゴヤに、グローエットが応える。一目見て分かったのは、ゴブリンの古文書にスクー・グスローの姿形が描かれていたのだろう。


「少し聞いてもいいか?」

「なになにー?」

「太古の昔、ベナマオ大森林の守り神だったと、ワシらの古文書に記録が残っている。グローエットは、その事を覚えているか?」

「んー、まったく覚えて無いよ? でもね、とっても気持ちいい森だから、住み着いちゃった」

「え?」


 あ、スクー・グスローの森が出来てるって話してなかった。

 ゴヤが目を見開いて驚く。


「私たちが、この森を守るって事。ソー君から、ゴブリンの皆さんに迷惑かけないように言われてるから大丈夫!!」

「……」


 グローエットから視線を移し、俺を見るゴヤ。その瞳には、ほんとに大丈夫? という意思が見える。


「……」


 だから俺は黙って首を横に振った。

 俺がここに発つ前、眠っているグローエットをベッドに置いてきたけど、いつの間にか付いてきていた。

 このシェルターに入る前、遊びに行きたがっていたグローエットにおとなしくしろと言っていたのに、こっそり抜け出していた。


 その行いは、天真爛漫。言い換えると、はた迷惑。

 スクー・グスローと仲良く出来ても、誰かに従う事は無いはずだ。


 大きくため息をつくゴヤ。ははっ、怒らせないように頑張ってね。


 とりあえずグローエットの頭を撫でる振りをして、胸ポケットに押し込む。


「ゴヤ……獣人自治区の件、参加を見送るか?」


「まさか。ソータには前も言ったはずだ。獣人に気を付けろと。前々からデーモンを召喚しているという噂は耳にしていたからな――」


 ゴブリン、エルフが手を結び、修道騎士団クインテットと、ドワーフが参戦するこのいくさに参加できなければ、ベナマオ大森林の一大勢力として名がすたるという。


 名誉のための戦い? 俺には理解できないけど、そこはゴヤの考えだ。異を唱えるつもりは無い。ただこれは言っておかねば。


「地上にあった家屋は焼き尽くされていたけど、今は森になってるぞ? 再建するなら開墾から始めなきゃだ、スクー・グスローたちに許可を取って」


「はぁ……。地下都市の生活が長引きそうだな」


 ゴヤの顔が急に老け込んだように見えた。族長って立場だから、心労は絶えないのだろうけど、一件追加してしまった。


 これまで黙って聞いていたミッシーたちに、どんな話をしたのか伝えていく。その最中、グレイスがチラチラ見ているのはニーナ・ウィックロー。彼女は確か、言語魔法が使えるのでゴブリンとの交渉に来ていたはず。それで俺が本当の事を話しているのか確認しているのだろう。


 抜け目がないなグレイス。


「ソータ、何にせよ助かった。今宵は宴を開く。使いを寄越すから、お前たち全員参加しろ」

「ああ、わかった」


 ゴヤたちゴブリンは部屋を出ていった。俺たちが気兼ねなく話せるよう、気を使ってくれたのかな?


「ソータさん、挨拶がまだでしたね」


 ニーナが俺に近寄り握手を求めてきた。赤毛の彼女はニッコリ笑っている。だけど眼の奥に負の感情が見えた。まるでこの世界全て恨んでいるような激情。


「ああ、よろしくね」

「四人ともゴブリンの里に受け入れられたようなので、宿に案内します」


 ニーナの言葉で、俺たちは部屋を出る。


『あの女、気を付けてください』

『……ああ』


 汎用人工知能が忠告してくるなんて初めてだ……。

 ため息を堪えつつ、俺は女性一同の後ろを付いていった。

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