第55話 メタルハウンド

 シェルターに入る直前、グローエットはソータの胸ポケットからこっそり抜け出していた。ソータに見付からないよう精霊の力を使って。

 手のひらサイズのグローエットは、羽ばたきつつ森を目指す。


「この森、広くて気持ちいいな~」


 横回転、縦回転をするグローエット。随分とベナマオ大森林を気に入っているようだ。ふわりふわりと森の中へ入っていくと、グローエットの表情が一変した。


「この匂いは何……?」


 グローエットは初めて感じる匂いに疑問を持つ。


「クジラでも大豆でもワイルドボアでも無い……、何の油かな~? ん?」


 匂いを追って森の奥へ進むグローエットは何かを見つけ、空中で停止した。


「きゃっ!」


 グローエットの羽に突如穴が開く。羽からでた煙に一瞬だけ光跡が見えた。

 錐もみしながら落ちていくグローエットは咄嗟に障壁を張る。するともう一度何者かの攻撃があり、障壁がそれをはじいた。


『光の束が、何でそんなに熱いの? どうして攻撃してくるの?』


 訳が分からないグローエットは全方位に念話で問いかけるも、返事は返ってこない。しかし周囲でモーター音が聞こえ始め、薮の中や木の陰から犬型ゴーレムが姿を現した。


 無機質な犬型ゴーレムには、森に馴染む迷彩塗装が施され、頭部にはセンサーがたくさん装着されている。眼の部分にレンズあり、その奥には光量を調節する絞りが見えていた。


 グローエットは穴が開いた羽を治療魔法で治し、障壁を張ったまま飛び上がる。

 すると奥からヒト型のゴーレムが前に出てきて、グローエットには理解できない言語で話し始めた。フラフラしているのは何故なのか。


『何を言っているのか分からないよ?』


 グローエットが全方位の念話で話しかけると、ヒト型ゴーレムは膝を突き頭を抱えて苦しみ始めた。


『あれ? ゴーレムじゃない。話すゴーレムなんて珍しいと思ったんだけど……?』


 自身の念話が生き物にダメージを与える事を知っているグローエットは、ぱたぱた羽ばたきながら首を傾げる。


『もしかして、その中にニンゲンが入ってるの? ……へえ』


 スッと表情が無くなったグローエットは、ヒト型ゴーレムから距離を取る。


 ヒト型ゴーレムはぎこちない動きで立ち上がると、背中と足の裏から青い炎を吹き出し、空を飛んで森の奥へ消えていった。

 次の瞬間、周囲の犬型ゴーレムから、魔力を含んだ炎が吐き出される。障壁で身を守っているグローエットは、急な出来事で目を白黒させながら決心した。


『君たちは森を焼くつもりかな? そんなこと私たちが許す訳ないでしょ!!』


 グローエットは周囲の犬型ゴーレムを倒すため、念話攻撃を始めた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 眼下に広がる巨大空間に、明るく照らされる街があった。ゴヤが言った地下都市だ。すんごい技術だな……いや、驚いている暇は無い。ゴブリンたちの苦しむ声が、ここまで聞こえてくるからだ。


 グレイスにまたなんやかんや言われるだろうけど、関係ない。俺はこの空間全てを三重の障壁で覆った。すると途端にグローエットの念話が聞こえなくなった。


「ソータ……今のはお前がやったのか?」


 あ、グレイスじゃなくて、ゴヤの方がビックリしている。


「うん、まあ色々ややこしくなるから、秘密にしといてくれると助かる」

「恩人に弓を引くことは無い」

「ありがとな……」


 そう言いながらグレイスを見る。ゴヤとのやり取りを見て、言葉が解らずとも何となく察したのだろう。何か言いたそうな顔のまま、口をつぐんでしまった。


「ソータ、この障壁はどれくらい保つ」

「俺の魔力が尽きるまで?」

「魔道具ではなく、ソータの魔力でやっているのか?」

「そう」


 もう一度ビックリするゴヤ。魔力がゴリゴリ減っているのは分かるけど、まだ全然平気だ。万が一魔力が無くなりそうになれば、神威障壁を張るし。


「そうか……。この異常現象は、何が原因か分かるか?」

「スクー・グスローが地上で暴れてるんだと思う……」

「なにっ!? それは本当か?」


 ゴヤの話によると、大昔のベナマオ大森林に、森の破壊と再生を司る精霊スクー・グスローが住んでいたそうだ。なんで知ってるのか尋ねると、ゴブリンの古文書にその記載があり、以前よりスクー・グスローを探していたという。


 砂漠に居たスクー・グスローたちは呪われていた。誰がやったのか知らないけれど、集合精神体ハイブマインドの彼女たちは、もしかすると元々ベナマオ大森林に住んでいたのかもしれない。記憶がはっきり戻ってなかったようにも見えるし。


「本当だ。俺はちょっと様子を見に行こうと思う。ゴヤは街の被害状況とか見といた方がよくない?」

「そうだな、任せていいか?」

「ああ、任せろ」


 ゴヤは自分の民が気になっていたのだろう。俺との話が済むと、部下を引き連れ街の中へ猛ダッシュで駆けていった。


「どうする? 俺は一旦地上へ戻る。察しの通り、これはスクー・グスローの念話攻撃だ」


 ミッシー、グレイス、マイア、ニーナに向き直って問いかけた。


「あたいは怪我人の手当てに向かいます」

「あ、あたしも!!」


 ニーナとマイアはここで救護活動をするようだ。念話攻撃きっついからなぁ。ここに居る、お年寄りのゴブリンとか耐えられないかもだし。

 グレイス、お前も修道騎士団クインテットなんだから一緒に行け、という視線を向けたけど何処吹く風だ。


「わたくしはソータ様と一緒に地上へ向かいますわ」


 俺を追及するための材料集めをするのだろう。


「私も地上へ行こう」


 グレイスとミッシー、俺たち三人で地上へ向かう事になった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 移動する途中、念話攻撃が止まった。何に攻撃していたのか知らないけど、ようやく一段落したようだ。


「ソータ様……ふう……いったいどんな体力を……ふううぅ、してらっしゃるんですか?」


 シェルターの出入り口まで飛んでもよかったけど、またやいのやいの言われるので階段を駆け上がってきた。俺とミッシーは平気だけど、グレイスは息も絶え絶えの状態となっている。


 公爵令嬢さま、運動不足では?


 なんて死んでも口に出さない。そもそも、俺も汎用人工知能とリキッドナノマシンのおかげで、こうなっているのだから。本来なら研究室にこもりっきりの、ヒョロガリなのだ。


 多脚ゴーレムに乗って、封印の魔法陣と隠蔽魔法を解除して外に出る。


「これは……」

「何が起こったのかしら?」


 ミッシーとグレイスが驚いている。もちろん俺もだ。


 魔法陣で守られた石の砦以外、周囲は全てパウダー状になっていた。


 遠くに見えている山々は、俺たちが来た方角。森はなくなり地平線が見えている。


 この惑星ほしが地球と同じ大きさだと仮定、多脚ゴーレムに乗っている俺の目の高さが二メートルくらいだとすると……半径約五キロメートル、全てパウダー状になっている事になる。


 呆れていると、雲がかかって辺りが暗くなった。すると突然大雨が降り出した。だけどそんな事はどうでもいい。グローエットがどこに居るのか探さないと。


「ソータ、三方向に分かれて探すぞ」

「二人とも障壁を張れるよね? 念話攻撃来たらすぐに障壁を張って耐えてくれ」


 グレイスを見て言うと頷いている。ちょっと悔しそうなのは、俺が何をするのか見られないからだろう。


 多脚ゴーレムを操り、俺たちは散開した。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 大雨のせいで地面がぬかるむ。多脚ゴーレムはタイヤではなく、六本脚を器用に動かして移動していた。雨にけぶる景色は寒々としている。


「今のは……?」


 多脚ゴーレムが何かを踏んで、泥水がはねた。念話攻撃で全てパウダー状になっているはずだが、それを免れた物があるのかも。そう思って多脚ゴーレムから降りて確認をする。


「何だこれ?」


 金属のパネルに、見た事のある迷彩塗装が施されている。裏側を見ると――メイドインジャパンの文字が刻印されていた。


「……」


 脳裏をよぎったのは、この世界へ来る前の世界情勢。滅びゆく地球で異世界移住計画が持ち上がったのは記憶に新しい。日本は西側諸国と協力し、異世界の調査を率先的に行うと表明したのだ。


 シェルターに入る前の光景を思い出す。

 ゴヤが言った犬型のゴーレム数万が、人口十二万の都市を焼き払ったのだ。もしそれが日本製の犬型ゴーレムロボットだとしたら……。


 いやいや、日本政府がそんな事する訳が無いか。

 ゴヤは戦わずに、逃げて自分の民を守った。それなのに家屋を焼き払うなんて、ヒトの所業だとは思えない。


 森でこの破片を見つけたゴブリンが持ち込んでいた。そういう事だろう。


 得体の知れない感情が込み上げてくる。他に無いかと辺りを探すと、予想に反して同じような金属板がたくさん見つかった。そしてその破片が、同じ方向から飛んできている事に気付く。

 今居る場所が、緩やかな傾斜になっている事も分かった。ぬかるんだ地面にある水が、一つの方向へ流れているのだ。


 俺は多脚ゴーレムに乗って、その方向へ進む。


 しばらく進むと傾斜が急になっていき、大きなすり鉢状になっている事が分かった。


 中心部には水がたまり、小さな池のようになっている。周囲のぬかるみは雨に流され、地面に突き刺さった金属片が多数見えていた。


 中心の水たまりに浮かんでいるのは、――――グローエット。


 うつ伏せになって、息をしていない。まったく気配を感じなかったのは、もう死んでいるからだ。


 多脚ゴーレムを降りて、グローエットの元へ向かう。水たまりに入って、俺はグローエットを両手ですくい上げた。雨に打たれるその顔は、何かをやり切ったような、満足げな表情で目を閉じている。


 雨が小降りになり雲の裂け目から日が差し込んでくると、天使の梯子エンジェルズラダーが現われた。グローエットを天に迎え入れようとしているのか。


 どうしてこうなった。グローエット、お前は何と闘ったんだ? 疑問は尽きない。いや……本当は理解している。


 俺はただ、俺の祖国がゴブリンの街を焼いた事から、目を背けているだけなのだ。


 犬型ゴーレムロボットは、日米共同開発の戦術ロボット。投入された個体が全てデータリンクし、偵察から攻撃まで行えるという、局地制圧型ロボットなのだ。


 ――通称、鉄の猟犬部隊メタルハウンド


 ネットでは政府が中二病を拗らせた、なんて揶揄されていたけど、冗談じゃない。


 実戦投入してくるなんて、思ってもみなかった。


「すまない、グローエット……お前は森を守りたかったんだよな」


 精霊に魔法が効くのかどうか分からないけど、何とかやってみよう。俺はシスターやマイアを生き返らせた事があるんだぞ。


「ん?」


 グローエットの足から何か生えている。細い蔓のような……? 何だこれ?

 それは水の中から伸びていて、引っぱってもびくともしない。


 ここで魔法かけようかな?

 そう考えていると、グローエットの身体が砂のように崩れ去った。


 残ったのは、水中から伸びている蔓だけになってしまった。精霊は甦らせる事が出来ないのか……。


 仰ぎ見ると天使の梯子エンジェルズラダーは消え、青空が広がっていた。

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