第54話 光魔法
黒い煙のようになって襲いかかるゴキブリデーモン。俺はそれを全て障壁の中に閉じ込めた。その中で、俺たち個別で障壁を張る。
ミッシーとマイアを見ると、今にでも逃げ出しそうだ。障壁張ってるから出られないけどね! グレイスは俺が言った通り、光魔法を使うための詠唱をしている。
この前見たときは、そんな詠唱してなかったのに?
……いや、この前より強力な魔法を使うつもりだ。グレイスに尋常ではない魔力が集まっている。
魔法が発動するタイミングで、グレイスの障壁を解かないと拙い。障壁に群がるゴキブリデーモンが多すぎて、視界が悪くなってきた。
急げ、グレイス。マジで怖い!
詠唱は続き、俺たちの障壁はゴキブリデーモンに覆い尽くされてしまった。口から吐いてくる小さな火球が、地味に気色悪い。障壁に当たると、何かの液体が飛び散っているのだ。
「む……」
詠唱が終ったタイミングで、グレイスの魔力が膨れ上がった。それと同時にグレイスの障壁を解除する。
途端に薄暗い縦穴に光の粒が渦巻いた。その渦は障壁の中でゴキブリデーモンを貫いて滅ぼしていく。
「いやあああっ!!」
数万のゴキブリデーモンが一瞬で滅んだ訳ではなく、少しずつ砂のようになっていく。グレイスが悲鳴をあげたのは、滅んでいないゴキブリデーモンがほっぺに引っ付いたからだ。なむなむ。
もう一度グレイスに障壁を張り、ゴキブリデーモンが全て滅んだのを確認する。
よし! ゴキブリデーモンの気配が全て消え去った。
これで一安心、なんて思いつつ、グレイスに声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「ソータ様っ!! あんなに大きな障壁をっ! しかも他者に障壁を張るなんて聞いたことがありません!! すぐに説明してください、何をなさったのか!!」
詰め寄ってきたグレイスの障壁と、俺の障壁がぶつかって、硬い音を立てる。
おい、ミッシーとマイア。お前たち、そんなに離れた場所で静観するのは止めろ! 誰のせいでこうなってると思ってんだ! む、睨んだら二人とも目を逸らしやがった。
「いやあ……、障壁は得意なんですよー」
「いいえ! 何かのスキルですか? 障壁は魔法ですけど、自分自身以外に使うことは出来ないんですよ? スキルを使ったとしか思えません!!」
「スキルを聞くのはマナー違反ですよ?」
「ぐっ!?」
礼儀正しいバーンズ公爵家の長女様は、言葉に詰まってしまった。俺は魔力の使用効率が百パーセントだ。魔法を使うとだいたい驚かれるので、これから先なにか言われたらスキルって事にしようかな……。
「そんな事より、ほら。近くに行って確認しましょ」
鉄のドアにある小窓から、誰かがこちらを覗いている。
魔法陣のおかげではっきりと見えないけど、たぶん中にいるゴブリンだろう。
近くに行って、とりあえず話してみるか。
「おーい、族長のゴヤと話したい。中に入れてくれない?」
ゴヤにもらった角笛をポケットから出して見せると、小窓から覗くゴブリンは目ん玉を引ん剥いた。
「その角笛はっ!! お前が噂に聞いた、ゴブリンの言葉が解るヒト族か?」
「そうそう。前に会って、これ貰ったんだ。ゴヤに会わせてくれない?」
「ちょ、ちょっと待ってろ」
ゴブリンは小窓を閉め、誰かに知らせに行ってしまった。今の感じだと、ゴヤは健在だな。
「ソータ様? ちゃんと説明してくださいね?」
振り向くと、腕を組んで仁王立ちのグレイスがいた。その後ろで、ミッシーとマイアが頭を抱えている。
ゴブリンの言葉で喋ったからだろうけど、しょうがないだろ……意思の疎通が出来なければ、交渉なんて出来やしないんだから。今回は特に、ニーナ・ウィックローの安否を確認しなければいけないし。
「うん……あ、ほら開いた開いた」
しばらくすると、大きな鉄製のドアが開きはじめた。
一人通れるくらい開いたところで、中からゴブリンの声が聞こえてきた。
「入ってこい。武器は預かる」
グレイスは俺に疑いの眼差しを向けたまま黙った。
中は割と広い部屋で殺風景。岩盤をくりぬいてあるようになっていて、上下左右むき出しの岩肌だ。通路には木で作ったドアが隙間なくはまっている。ゴブリンって割と技術力あるんだな。
辺りを見回していると、フル装備のゴブリンたちに囲まれ、再度武装解除をしろと言われる。武装と言っても、俺はファーギに貰った魔導剣しか持ってない。
だけど女性三人は違っていた。弓、剣、杖、それくらいだと思っていたけど、短剣、針、ワイヤー、毒薬の入った瓶、手榴弾みたいなのまで持ってるぞこいつら……。
ゴブリンの兵士も呆れている。いったい何処に隠し持っていたんだろう?
「貴様はダメだ。出ていけ」
「あ?」
ゴブリンの兵士が、ミッシーを門の外に出そうとしている。ここ最近まで争い合っていた者同士だ。気持は解らないけど、想像は出来る。互いに大切な人を失った事もあるのだろう。
ゴブリンの言葉が解らないミッシーは、何事かと逆らっている。
――ぷすぅぅぅ。
角笛を吹いて失敗した。音が出ないし……。
だけど効果はあった。
ゴブリンの兵士が俺に向き直って、直立不動となったのだ。
「あれ? ゴヤから聞いたのは、この角笛を吹けば争わなくて済むって話しだったけど、……どうしたの?」
「それは族長の角笛だ。吹けば我らは従う」
「や、そんな事しなくていい。だけどそこのエルフを追い出すのは、止めてくんね?」
「はっ!!」
「いやいや……、マジで申し訳なるから、その態度は止めて?」
「了解しましたっ!!」
「ふぅ……堅苦しいなあ」
この部屋にいるゴブリン十名。とりあえずミッシーが追い出される事は無さそうなので一安心。
「ミッシー、とりあえず言っといたから」
「……助かる」
そのあと一通りの身体検査が終わると、奥にある通路に案内された。
枝分かれした通路を右へ左へ進み、細くなったり太くなったり、簡単に進めなくなっている。ここがシェルターとして機能しているのなら、外敵が入ってきた場合の備えなのだろう。
『誘導魔法陣を確認しました。解析します……解析完了。改良します……』
『誘導魔法陣?』
『ゴブリン兵は、誘導魔法陣に逆らって移動しています』
『つまり、逆らわずに進んだら、何かのトラップがある。そういう事か……。ゴブリン兵がそれに逆らって動けるというのは、単純に道筋を知っているから?』
『推測の域を出ませんが、可能性は高いです』
汎用人工知能が通路の岩肌にある魔法陣を点滅させる。俺の視覚をイジって、これだと教えているのだろう。ゴブリンの用意周到さが窺える。
『改良完了しました。絶対誘導魔法陣を使用しますか?』
『せんでええわ! というかどんな効果?』
『道を知っていても、無意識に絶対誘導魔法陣に引っかかります』
『……悪質ないたずらに使えそうだな』
汎用人工知能と喋りながら進んでいると、体育館くらい大きな空間に出た。ここも岩盤をくりぬいてある。天井には魔石ランプがあり、隅々まで照らされていた。
部屋の中央では、ゴブリンの兵士たちが訓練をしている。今やっているのは対人戦のようだ。
「こちらです」
ゴブリンの兵士は、部屋の隅へ移動していく。ああ、いたいた。あの目立つ
「久しいな、ソータ。息災だったか?」
「ああ、色々あったけど、元気だよ」
軽く挨拶をしていると、目の前にいるゴヤの姿が消え、その気配は、俺の背後に突然現われた。振り向くと、ゴヤがミッシーの首に剣を当てていた。斬っちゃいないけど、動けば殺す、という気迫がこもっている。
「ゴヤ……俺たちは争いに来たんじゃない。そこのエルフを含め、ゴブリンとドワーフで獣人自治区を叩くんじゃないのか? そんなに戦争がしたきゃ止めないけど、デーモンの件は放置すんの?」
「ふっ……、そうだなソータ。ミッシー・デシルバ・エリオット、貴様もなかなかの胆力だ」
首に剣を添えられて、びくともしないミッシーに、ゴヤが賛辞を送る。そもそも、ミッシーがそう簡単にやられはしないと思うけどね。
「ソータ、通訳してくれ」
「お、おう」
ミッシーの表情からは何も読み取れない。試すような真似をしたゴヤに、一言申すのかもしれない。
だが、全然違っていた。
ミッシーはゴブリンとの戦争は間違いだったと詫び、俺がそれをゴヤに伝えるタイミングで頭を下げた。これまでどんな経緯があったのか知らないけど、戦争をやっていたくらいだ、互いに思うところはあるだろう。
周囲は息を飲む。ミッシーがここまでの事をするとは思っていなかったのだ。
今度はゴヤからミッシーへの通訳を頼まれた。
頭を上げないミッシーに、ゴヤの言葉を伝える。
もう戦争は終わった。互いに前を向いていこうと。
ミッシーからもう一度、ゴヤに通訳してくれと言われる。
面倒くさいぞ。
停戦して戦争が中断している今、長年の諍いに終止符を打ちたい。ゴヤの言葉しかと受け止め、ベナマオ大森林で平和に暮らしていこう。
ゴヤにそう伝えた。
ゴヤとミッシーは握手をし、エレノアからの書簡を手渡した。ミッシーが、これはエルフからゴブリンへの提案で、終戦協定の草案だと言っている。
文字は分かるのかな? と思っていると、ゴヤがその書簡をニーナに渡した。言語魔法が使える彼女が翻訳するのだろう。
今回の旅で、ミッシーが来る必要は無かった。それでも率先して参加したのは、このためだったのだろう。
剣を収めたゴヤは、小さな会議室に俺たちを招き入れた。
「ゴヤ、とりあえずどうなってるのか聞かせてくれない?」
「ニーナ・ウィックローは現在見回り中だ。じきに戻る。それと、ワシの民は全てシェルターに避難させている。今回は非常時だ。そのため部外者である修道騎士団クインテット、我が友ソータ、それに宿敵であるミッシーを招き入れた」
角笛吹かなかったら、追い出されていた気がする。まあいいけど。ゴヤの言葉を三人に伝えると、ニーナが無事だと分かってホッとしている。
「なあ、ゴヤ」
「なんだ」
「地上の状況は分かってると思うけど、何があった? 獣人の一人が、虫型デーモンを使役しているのは確認した。獣人自治区のレギオンが攻撃してきたのか?」
「……違うな。ワシらが見たのはゴーレムだ。四本脚で、見た事がない奴らだった」
「ゴーレム? ドワーフの多脚ゴーレム?」
「それも違う……ワシらはドワーフと交易があるからな。ワシらが見たのは大きさも形も犬に似ていて、見えない熱線で攻撃し、魔力の炎で焼き払う。そいつらが数万体も来たんだ」
「数万体……。その犬型ゴーレムに気配を感じたか? 何というか、殺戮衝動のような気配を」
「……いや、まったく気配は感じなかった」
獣人自治区で遭遇したゴーレムではない。ドワーフ製でもない。となると、誰が作ったゴーレムだ? 第三者がいる?
「ちょっと質問だけどさ、ゴヤが見たゴーレムを作れるのは、ドワーフ以外にいる?」
「知りうる限りではいない。しかし、ドワーフ製ではないのも確かだ」
「ってことは、ゴヤですら知らない誰かが、ゴブリンの街にゴーレムで攻撃をしてきた。そういう事?」
「そうだ。……気配は無いと言ったが、犬型ゴーレムは騒音並みの音を響かせていた。数が多いという事もあるが。おかげで早めに気付く事が出来て、ワシらは避難出来たんだからな」
「そっか……情報ありがとな。土産を持ってくる暇も無かったけど、ゴヤが無事でよかったよ」
「それはこっちのセリフだ。しかし、あの時見たソータとは随分違うな。いい面構えになった」
ゴヤと会ったのは二十日くらい前だ。そんなに変わるものかな。話が一息ついたタイミングで、ゴブリンの女性がお茶を持ってきた。何の葉っぱか知らないけど、とてもいい香りがする。
「……おい」
ゴブリンの言葉が解らない三人を代表して、ミッシーが説明しろとせっついてくる。とりあえず、ゴブリンのお姉さんにお茶のお礼を言って、ゴヤに向き直った。
「ゴヤ、今の話しを彼女たちと共有してもいいか?」
「ああ、元よりそのつもりだ」
「助かる」
ミッシーたちに今の話しを掻い摘んで説明すると、俺と同じ疑問を持ったようだ。すなわち、そのゴーレムは誰が作ったのだと。
「ベナマオ大森林の周辺に、数万体の犬型ゴーレムを作れる施設は無い」
ミッシーにそう言い切られてしまった。
「そろそろ戻ってくるぞ」
「ん? 誰が?」
ゴヤの言葉に返事をしていると、凄い音を立ててドアが開かれた。
そこに立つのは赤毛の女性で修道服姿だった。
「マイア!!」
「ニーナ!!」
ガシッと抱き合う二人。なるほど……。彼女たち二人は、王都パラメダのスラムで育った仲間だ。やっと会えて感極まったのだろう、大声で泣き出してしまった。
『ソー君!!』
『なに?』
胸ポケットのグローエットが
『どこに居るんだ?』
『えへへー、しくじっちゃった……。でも任せて!!』
『どういう事――――っ!?』
グローエットの念話が聞こえなくなると同時に、全てをパウダー状にする念話攻撃が聞こえてきた。
ただ、何かに遮られているような感じがする。
『どこに居るんだ、グローエット!!』
『ごめん……なさい。さっき抜け出して、森を散歩してたの。この森は…………この森は私たちが守るの!!』
クソッ!! 念話が完全に聞こえなくなった。
地上だ。グローエットは地上で誰かと戦っている。
一段と強くなる念話攻撃は、魔法陣で守られたこの空間まで届いているが、被害は出ていない。たぶん。いや、確認しなければ。
「ゴヤ!! ここには何人のゴブリンが避難してるんだ?」
「十二万だ」
「どこにそんなに居るんだよ!」
「奥に行くと空間拡張した地下都市がある」
マジか……。
だんだん強くなる念話は、耳を塞いでも無駄だ。この部屋にも魔法陣がそこら中に彫られているのに、この威力……。
「下手すると、地下都市の岩盤が崩落するぞ! 今すぐ全体が見える場所に連れて行ってくれ!!」
「ぐっ、この念話は。ソータ……何をするつもりだ」
「みんな死なないようにする」
「ぐうっ……わ、わかった」
念話攻撃はミッシーたち三人は経験済みだけど、他は初めてだ。ゴヤもニーナもゴブリンの兵士も頭を抱えて苦しんでいる。
「治療魔法で対処!!」
そう言うと、修道騎士団クインテットの面々がハッとして魔法を使い始めた。
俺はゴヤに治療魔法を使う。
「急いでくれ!」
俺の声でみんな部屋を飛び出した。
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