第53話 森の中の消えた街
あれから三日経った。広大なベナマオ大森林では、多脚ゴーレムの移動速度にも限界がある。馬型ゴーレムを逃がしたマイアは、グレイスの後部座席にまたがっていた。
遅々として進まないので空を飛んでいこうとすると、ミッシーとマイアに慌てて止められた。グレイスにまで知られるといけないと言って。
俺の力を他人に知られないように、と口酸っぱくして言われているけど、修道騎士団クインテットのニーナ・ウィックローと連絡が取れないことを考えると、そうも言ってられないと思うんだけど。
モヤモヤした気持ちでベナマオ大森林の魔物と戦いつつ、ようやくゴブリンの里に到着した。焦げ臭さを感じていたので想像はしていた。だけどこれは酷いな……。
丘の上から見下ろす里は、すでに焼け野原と化していた。
完全に鎮火しているので、結構な日数が経っているはず。幸いにも街と森の間には、かなり距離を取ってあるので、森の火事には到っていない。
マイアとグレイスは、その光景を見て放心状態になっている。ニーナ・ウィックローの安否が心配なのだろう。
「ミッシー、ゴブリンの里って、どれくらいの人口なんだ?」
「正確には分からないが、およそ十万」
「この広さだと、それくらい居てもおかしくないな……」
焼け残った家屋は質素な木造建築、踏み固められて出来た道路、ここは今まで見てきたどの街より自然を感じる。けれど、広大な面積を誇るゴブリンの里には、人っ子一人いない。
消火活動はしなかったのか。いや、できなかったのか……。何者かの攻撃によって。
そよ風が吹くと、灰が舞い上がっていく。
「何が起こったんだ? 誰もいないっておかしくないか?」
ゴブリンの骨一つ見当たらないので、デーモンの仕業ではないのか?
「分かりません……わたくしも初めて来たものですから」
「ソータさん、あたしも初めて来たんです」
グレイスとマイアがそう言うので、ゴブリンと小競り合いをしていたミッシーを見ると、首を横に振る。
「ここまで攻め込んだことはない。ああ見えてゴブリンは強いからな」
三人とも来たことが無い? 話を聞くと、どうやら多脚ゴーレムにはナビのような機能があるらしく、それを頼りに移動してきたみたいだ。
GPSか? とも思ったけど、魔法のある世界だし、ドワーフの謎技術だと思っておこう。グレイスが持っている魔導通信機なんて、中継電波塔無しでここまで届くくらいだし。
「とりあえず、ニーナ・ウィックローと、族長のゴヤを探そう」
俺の声で全員動き出す。デーモンが隠れている可能性もあるので、細心の注意を払って丘から降りた。
多脚ゴーレムを操縦しながら生存者を探していく。
まだ朝方で少しひんやりとした空気だ。そこに家屋の焼けた臭いが混じる。どうにも違和感があると思ったら、あれだ。エルフの軍が全滅していた場所の臭いとまったく違う。
血の臭いがしない。
と言うことは……。ここ数日のうちに、ゴブリンの里全員が逃げ出したとでも?
ゴヤと会ったときのゴブリンの動きを思い出す。素人目にも分かる、ものすごく訓練された軍だった。
彼らだけなら、ササッとこの場を離れることは可能だろう。だけども、何者かに襲撃され、兵士ではないゴブリン十万人がきれいさっぱり逃げることは不可能だ。
「となると、ゴブリンたちは何処に消えたんだ?」
多脚ゴーレムを停めて意識を集中する。周辺の動物や魔物、鳥や虫の気配を避けて、ニンゲンとゴブリン、そしてデーモンの気配を探っていく。
しかし何も感じない。もっと集中していく。平面ではなく、この辺りの空間全ての気配を感じるんだ。
――地下?
だいぶ深い位置に多数の気配を感じる。たぶんゴブリンだと思うけど、何かに遮られた感覚がしてはっきりと分からない。
あんなに大勢のゴブリンがどうやって地下へ移動した?
周囲を見渡しても、入り口のようなものは見えない。
あの巨石……等間隔でこの街を囲むように配置してある。大きさが五階建てのビルくらいあるので、砦だと思っていたけど……、少し違和感があるな。
多脚ゴーレムを操縦し、巨石に近付くと少しだけゴブリンの気配が強まる。
巨石の周りを調べていくと、目立たないように彫られた魔法陣を見つけた。
隠蔽魔法陣か。
これのおかげで襲撃者から見つからなかったってことだ。おまけに隠蔽魔法も使われているので、そう簡単には見つからない。
『魔法陣の重ね合わせを確認しました。解析します……完了。多重魔法陣を使用及び解除できます』
『封印の魔法陣が複数使われて、見えにくくなっているって事だよね』
『はい。場所を知らなければ、おそらくこの世界のニンゲンが発見することは不可能です。デーモンであっても』
隠蔽魔法陣と隠蔽魔法を解除すれば、この先に何があるのか分かるって事だ。この二つの用途は、魔法陣か魔法ってだけで、効果は同じ。それを重ねて使うなんて、厳重すぎるくらいだ。
「ソー君?」
「ん?」
「私たちこの森気に入った! お散歩に行ってもいい?」
「ダメだ」
「え~っ!?」
「ここに来るまで、何度魔物に襲われたと思ってるんだ?」
「そうだよね~。うん分かった!!」
聞き分けがよくてホッとした。
胸ポケットから顔を出したグローエットの頭をなでる。彼女は戦闘に出たがるタイプで、すぐに飛び出しそうになるからね。効果範囲内で、あの念話攻撃を使われたらと思うとなあ。
「おーい、みんなこっち来てー!」
焼け落ちた街を捜索中の三人に声をかけて集ってもらった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「まだ推測だけど、この街の周りにある巨石は地下シェルターの入口だと思う。とりあえず中に入ってみようと思うんだけど、いいかな?」
「ソータ様? 再度お伺いしますが、Aランク冒険者なのに、どうしてそこまで卓越した探知能力と、不可解なほどの戦闘能力を持ってらっしゃるのでしょうか?」
まただ。この三日間グレイスは、俺に疑いの眼を向けてくる。バラしちゃっても大丈夫だと思うんだけど、ミッシーとマイアが反対してるしなあ。
マイアなんて、同じ修道騎士団クインテットのメンツじゃないか。仲間じゃないのか?
俺の思いを他所に、ミッシーとマイアがグレイスの背後から圧をかけてくる。バラすなと。
「色々あったんですよ……」
だから苦しい言い訳をせざるを得ない。
「……そうですか」
ほら、グレイス全然納得してない。
「さっさと中を確認しよう」
気持を切り替えよう。隠蔽魔法陣と隠蔽魔法を解除すると、大きなドアが現われた。多脚ゴーレムごと中に入ると、隅っこに大きな下り階段が見えていた。
幅が広く緩やかならせん状で、足元をほんのりした灯りで照らされていた。
「多脚ゴーレムは念の為ここに置いていきます。万が一デーモンが入ってきた場合、少しでも時間稼ぎが出来るように……」
グレイスはそう言って
俺たちも降りて、自動運転に切り替えた。
等間隔で並んでいる巨石全てがシェルターの入口なんだろう。ゴブリンたちが混乱せずに粛々と移動すれば、そんなに時間をかけずに全員収容できるだろうけど……自然豊かな街とは思えないゴツい技術だな。
階段に近付くと多数の気配を感じる。間違いない、地下に居るのはゴブリンたちだ。
一旦戻って隠蔽魔法陣と隠蔽魔法を使い、出来るだけ元の状態に近づけて、入口を閉じた。
らせん階段は、まん中が空洞になっている。浮遊魔法で降りた方が早くない? ミッシーとマイアはゆっくり降りることは出来るし。
下を覗き込んでミッシーを見ると、黙って首を横に振られた。
面倒いけど、歩いて行くしかないか……。
「さ、行こうか」
「ソータ様、今度じっくりと、お話をお聞かせ下さいね?」
「ああ、分かった……」
下から感じる気配は、何かに阻まれたような感覚がする。ゴブリンが多数いることは確定だけど、雑音のような気配が混じっている。気を付けていこう。
切り石で組まれた壁面には、大小無数の魔法陣が刻まれていた。
たぶんこれのせいだろう。
『気配遮断、視覚遮断、音波遮断、魔力隠蔽、四つの魔法陣を確認。……解析完了しました。使用しますか?』
『うん、今はいい。というか、魔法陣って物に書いたり彫ったりするんじゃないの? 簡単に使用しますかって言ってるけどさ』
『はい、属性魔法で再現できます』
『……どういう事?』
『例えば水属性であれば、水球ではなく、魔法陣の形にして飛ばすだけです。相手に命中すれば、その効果が現われます。実験を推奨します』
『分かった、さんきゅ』
これまで汎用人工知能が解析した魔法陣はたくさんある。
封印の魔法陣、防御魔法陣、無限空間魔法陣、時間停止魔法陣、重力無効魔法陣、召喚魔法陣、絶対魔封陣、多重魔法陣、気配遮断魔法陣、視覚遮断魔法陣、音波遮断魔法陣、魔力隠蔽魔法陣。
実験で使えそうな魔法陣は……、気配遮断魔法陣でいいかな?
風の魔法を使い、俺に目がけて気配遮断魔法陣を使ってみる。
「むっ!?」
「あれっ?」
「はぁ……」
ミッシーとマイアは目の前にいる俺を見失ったようだ。グレイスのため息は、俺がまた何かやった、とでも思っているのだろう。何かやってるけどね!!
少しずつ魔力を消費しているのが分かる。
なので、魔力の供給を止める。するとミッシーたちは、突然俺の姿を認識したようだ。ビックリした顔で分かるし。
グレイスが何をしたんだと言って、俺に詰め寄ってきた。ミッシーとマイアは、俺をジト目で見ている。いいじゃんか、ちょっとくらい。でも何となく掴めた。魔力の供給があって初めて魔法陣は効力を発揮すると。
だから空艇も多脚ゴーレムも魔石が必要なんだ。
しかしそうなると、この円柱状の壁に彫られた魔法陣は、どこから魔力の供給を受けているんだ?
そこら中に魔力隠蔽魔法陣が彫られてるからなあ……。全て解除しちゃ、ゴブリンに迷惑がかかる。さわるのはやめておこう。
「着いたみたいだ」
ミッシーの声で気付く。螺旋階段の終わりに、金属製の大きなドアがある。厳重に閉じられているみたいだ。
そして俺たち四人は立ち止まった。
壁と床を覆い尽くす、ぬらぬらと光る何か。生理的に受け付けない嫌悪感。
地上から百メートルほどの深度。筒のような縦穴の底には、ゴキブリに憑依したデーモンが待ち構えていた。つまり、ブライアンがこの件に関わっている可能性が高い。他にも虫型デーモンを使役する者が居る可能性も捨てきれないけど。
「おいコラちょっと待て」
ススッと後ずさりしながら逃げようとした三人を呼び止める。
俺も逃げようと思ったけど。
でもこのゴキブリデーモンを放置する訳にはいかない。俺たち四人、ゴキブリデーモン、ドアの中のゴブリンたち、三つのグループで互いの存在に気付いていなかったのは、壁にビッシリと彫られた魔法陣のせいだ。
気配遮断、視覚遮断、音波遮断、魔力隠蔽、この四つを組み合わせた魔法陣は諸刃の剣。
ゴキブリデーモンは、もうこちらに気付いている。
ここまで近付いているのに、ようやく見えるってどうなの?
「グレイス手伝ってくれ!」
「はっ、はいっ?」
「あの光属性魔法だよ。ミッシーとマイアは手を出すな」
爆発する矢と、収束魔導剣を使われたら、壁が崩れて生き埋めになるかもしれないし。
グレイスが小さな杖を構え呪文を唱え始めると、ゴキブリデーモンが一斉に飛んでくる。攻撃されると理解し、打って出たのだ。
一匹だけでも怖いのに、この数はちょっとなぁ……。
さて、どうやって駆除するかな。
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