第52話 ブライアン

 多数の虫型ゴーレムの気配と、もう一つの気配。デーモンの気配が混じっているけど、あれはトライアンフのブライアン・ハーヴェイだ。気配を断つ事がうまい狩猟豹チーターの獣人で、エリスの隠れ家にいた奴。


 どうしてこんなところに……というか、俺たちの先を移動している。誰かを追っているのか? ああ……そうか。


「――ミッシー、グレイス! おそらくこの先で、マイアが虫型デーモンと獣人に追われている! 急ぐぞ!!」


 ハッとするミッシー。彼女は獣人自治区のギルマスをやっていたので、デーモンと混じり合ったブライアンの気配に気付いたのだろう。


 デーモンを呼び出す魔法陣の使用は禁忌とされ、使える者も限られていると聞いた。獣人の中にそういった者がいるのは確実なんだろうけど、どうやって虫にデーモンを憑依させたんだろう?


 召喚者・・・とデーモンで契約内容を決め、契約者・・・にデーモンが憑依する。


 ならば、虫けらに憑依する事を承諾したデーモンが、ものすごくたくさんいることになる……のか? 虫がそれを承諾するだけの思考能力があるかどうか不明だし。

 デーモンを騙して……悪用したって事か?


 俺たちは今以上に速度を上げ、先の方に居る虫型デーモンへ近付いていく。六本脚の多脚ゴーレムは、森の中でタイヤは使わない。器用に脚を動かしながら、虫のように進んでいく。


「気配が止まりましたわ!」


 グレイスの声で俺たちは急停止した。止まった気配はブライアンだけで、虫型デーモンは反転して、こちらへ移動を始めた。


 動きが速い。たぶん空を飛ぶ虫型デーモンもいる。そう考えているうちに、俺たちはあっという間に取り囲まれてしまった。周囲の木々や低木、茂みの中から虫の大合唱が聞こえてくる。


「ソータ、さっきの念話は使わないでくれ」

「グローエット、そういう事だ」

「えー、私たちならすぐ終わるのに~」


 胸ポケットから抗議してくるグローエット。でもダメなもんはダメだ。パウダー状になった森のことを考えると、ここで念話攻撃を使われたら俺たちもただじゃ済まない。障壁を使う手もあるけど、ダメだった場合、取り返しがつかない。


 ミッシーから魔力が膨れ上がると、突然竜巻が起こった。


 ……すごいな。俺たちは台風の目にいるような状態となり、周囲の虫型デーモンが木々の葉っぱや小枝と共に巻き上げられていく。


 ミッシーはそこに魔弓の矢を打ち込みはじめた。


 夜の森に突如発生した竜巻は、爆発する矢で火炎の竜巻に変化する。巻き上げられた虫型デーモンは、黒い粘体ごと焼かれはじめた。


 しかし、虫型デーモンの数が多すぎる。倒しても倒しても周囲から集まってくるのだ。


 するとグレイスから魔力が膨れ上がり、周囲が真っ白な光に包まれた。俺の眼に入る明るさを、汎用人工知能が瞬時に落とす。

 ゴーグル越しに見る光景は、まるで光の渦。爆発する矢の炎と白い光が入り混じって、竜巻が天に昇っていく。


 虫型デーモンは、ミッシーの爆発する矢で焼かれ、グレイスの白い光で砕け散っていく。


『光属性魔法を確認。最適化します……。完了。回復系魔法の能力向上と、聖なる光で攻撃が可能です。使用しますか?』

『……いつでも使用できるよう、準備しといてくれ』

『了解』


 グレイスはたしか修道騎士団クインテットの序列三位。Sランク冒険者のミッシーと遜色ない膨大な魔力を持っているようだ。


 やったか、なんて思っていると、新たな虫が竜巻をものともせず森から這い出てきた。


 でかい。大きさは列車一両分ほど。白いイモムシだ。茶色い頭部には、複眼が数え切れないほどビッシリと付いている。集合体恐怖症であれば、卒倒してもおかしくない。目を背けたくなるような容貌だ。


 その虫型デーモンは俺たち三人に向け、細い糸を大量に吐き出した。俺はすかさず火魔法を火炎放射器のように放出して焼き払っていく。その上で念動力サイコキネシスを使い、竜巻の外にはじき飛ばした。


 押し潰そうかとも思ったけど、飛び散った体液が猛毒、という事もありうるからね。


 周囲の虫型デーモンの気配が消えた。ミッシーとグレイスで全て滅ぼしたのだろう。


「出る幕なかったな。でも俺たちでも対処できただろ」

「ぶうっ!」


 ふくれっ面をするグローエット。ションボリして胸ポケットから顔を出しているけれど、おとなしくしてくれてなにより。


「急ぐぞ!」


 ミッシーの声で再び俺たちは動き始めた。

 ブライアンの気配が離れていく。俺たち三人を相手にせず、奴はマイアを追い始めたのだ。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 さっきの光の柱のおかげで、背後から追ってくる気配を感じられなくなるほど引き離した。


 そう考えたマイアは胸をなで下ろしつつ、更に速度を上げていく。このまま一気にゴブリンの里を目指すつもりだ。


 しかしそれは脆くも崩れ去る。


 マイアは気付いた、背後からとてつもない速さで迫り来る気配あることに。


 生い茂る木々をへし折る音まで聞こえてくる。


 虫型デーモンの気配が消えていることを不審に思いつつ、このままでは逃げ切れないと覚悟を決め、マイアは追ってくる獣人と戦うことを決意した。


「ああ、ブライアンだったのね……」


 マイアは獣人自治区にシスターとして潜入していたので、ブライアンと面識があり、その気配も覚えていた。


 馬型ゴーレムの尻を叩いて逃がしたあと、修道服の中から剣を抜きブライアンが来るのを待ち構える。


 正面から迫りくる気配と音に集中していると、奇妙なことが起こった。


 木を折る音が消えたのだ。


 だが迫りくる気配はそのまま。


 少しだけ動揺したマイアは気を取り直し、前方の気配へ集中する。


「がはっ!?」


 背後から突然脇腹を蹴られたマイアが吹き飛び、木に打ち付けられた。


 痛みで顔を歪めつつ、瞬時に回復魔法と治療魔法を使って降り立つマイア。


 今の強烈な衝撃で折れた骨や切れた腱が繋がっていく。


 ふう、と一息つき、奇跡的に手放さなかった剣を構え直す。


 しかし、誰に蹴られたのか不明な上、その姿すら確認できない。


 マイアは目を閉じて気配を探る。


 森の中にある様々な気配を選り分け、その中にある一つの気配を見つけた。


 その気配に向けて、マイアは突きを放つ。


 目の前に迫っていたからだ。


「ぐっ!?」


 だが、突ききる前にマイアの身体は、全身が固まってしまったように動かなくなる。ピタリと停止したマイアは隙だらけ。


「久し振りだなマイア。その修道服と長杖ながつえすげぇな……俺の気配を見つけたのはそいつのおかげか?」


 マイアの耳もとで囁く声はブライアン。今まで姿が見えなかったのは、ブライアンが完全に気配を消した事で、マイアが認識できなかったからだ。


 声すら出せないマイアは、ブライアンのスキル〝足留あしどめ〟で動けなくなっていた。


「まあ喋れないのは承知……。ソータが追いかけてきてるけど、俺のスキル〝気配残像ファントム〟で見当違いの方向に誘導したからな。はは、あいつは厄介だからタイマンやりたくねえ。俺はあんたを始末して、獣人の本隊と合流するさ」


 ブライアンはマイアにとどめを刺す為に、爪を一本伸ばしていく。これも何かのスキルなのか、伸びた爪は薄くて鋭いカミソリのような刃に変化した。


 ブライアンが手を振り上げ、マイアの首を落とそうとしたその時、ソータの声がした。


「おらぁ! 間に合ったぞクソボケが!!」


 文字通り飛んできたソータの右膝が、ブライアンの頬を捕らえた。


 ブライアンはマイアの首を斬り落とすことなく吹っ飛び、木に打ち付けられた。


「マイア! 大丈夫か?」

「えっ!? ソータさん!! はい、あたしは平気です!!」

「よし! 後ろからミッシーとグレイスが来てるから合流してくれ」


 それだけ言ってソータがブライアンを見ると、そこには誰も居なくなっていた。

 気配も消えた。

 すると走り出したマイアの身体が硬直し、転倒する。ソータがそちらに気を取られていると、突如背後にブライアンが現われた。


 ソータが振り向くと、カミソリのような爪を振りかぶっているブライアン。彼は咄嗟に念動力サイコキネシスを使って、ブライアンを吹き飛ばした。


「あっぶねぇ! ブライアンてめぇ、あの動けなくなるスキルとは別に、まだ何か隠してんな?」

「スキルを聞くのはマナー違反だ」

「やかましいわ!」


 ブライアンは、まったくダメージを受けていない。


 するとブライアンの姿がまた消えた。


 次の瞬間、マイアの背後に立つブライアン。


 それを見て、ソータは再度念動力サイコキネシスで、ブライアンを吹き飛ばした。


 ブライアンはソータの背後に現われ、斬りかかってきた。


 しかしそれもソータは念動力サイコキネシスで吹き飛ばす。


「ブライアン、無駄だ」

「はっ! みてぇだな……」


 さすがにダメージが蓄積したのか、もしくはスキルを使いすぎたのか、ブライアンの息が乱れている。


「ちょっと聞きたいんだけどさ」


 ソータがブライアンに話しかける


「なんだ」

「エリスはどうなった?」

「ああ、ソータてめぇ、エリスと仲良しだったな。元気してるぜ? 今や獣人たちの希望の星だ」

「どういう意味だ?」

「さて、お前とのタイマンは遠慮しとくぜ……」

「待てよ、おいっ!!」


 ブライアンはあっさり引き下がった。


 ソータは姿の見えなくなったブライアンを探すため、集中して気配を探す。

 目を閉じてじっと動かずに。


「なんだ、あの動きは?」


 ブライアンの気配が、点と点を繋ぐように瞬間移動している。ここから離れていくみたいだが、油断させてまた襲ってくるかもしれない。そう感じたソータは警戒心を引き上げつつ、マイアの方を見た。

 そこにはミッシーとグレイス、そしてマイアが抱き合う姿があった。


「逃げたのか、ブライアンは……」


 ソータたちはそこでしばし休息を取り、改めてゴブリンの里を目指して出発した。

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