第51話 虫型

 帝都ラビントンの南門を抜けると、一面に広がる麦畑が視界いっぱいに飛び込んできた。地上から眺めるのは初めてだ。山々に囲まれたこの窪地が、想像以上に広大であると実感する。


 カルデラだろうか? だとしたら、帝都ラビントンの心臓部、皇帝陛下の居城あたりに火山があることになるが、さすがにそれはあり得ないだろう。


 グレイスとミッシー、そして俺の三人だけという少人数編成は、機動力を重視するためだ。多脚ゴーレムには二人乗りの座席があり、バイクのように跨って搭乗する。


 あぜ道は月明かりで明るいものの、念のため魔石ランプを点灯させた。凹凸もなんのその、タイヤ付きの六本の脚が衝撃をほぼ完全に吸収してくれる。アクセルとブレーキで速度を調整し、ハンドルで方向転換。操縦は思いのほか簡単だった。


 しかし、俺の視線は自動運転・・・・のボタンに釘付けになる。これを押すと、多脚ゴーレムは搭乗者の安全を確保するための行動を開始するらしい。

 しかも、それは多脚ゴーレムから降りた後でも有効で、音声による指示にも反応すると聞いた。


 ただし、個人認証のために一滴の血液が必要となった。


 拙いな。ハンドルに親指を押しつけるだけだが、液状リキッド生体分子ナノマシンを採取させるわけにはいかない。


『こちらでリキッドナノマシン成分を操作し、ニンゲンの血液として誤認させておきます』

『お、さんきゅー』


 汎用人工知能の優秀さに舌を巻きつつ考え込む。空艇に自律型の多脚ゴーレムか。ドワーフの技術力は、地球のそれを凌駕しているかもしれない。


「間もなくトンネルに入ります」


 グレイスの声に顔を上げると、目の前には切り立った崖がそびえ立っていた。どうやって登るのかと思っていたが、トンネルがあるとは。しかし、そのトンネルが見えない。


『隠蔽魔法陣を確認。透過処理を行います』


 汎用人工知能の声と共に、崖が消失し、巨大な砦が出現した。


 ミッシーは自力で察知したようで、驚愕の表情を浮かべている。エルフの里へと続くゲートを隠していた魔法陣と同じだが、規模が桁違いだ。


 グレイスが城壁の上に立つドワーフ兵に合図を送ると、閉ざされていた城門――とし格子こうしがゆっくりと上昇していく。


 そこをくぐると同時に、強烈な向かい風が吹きつけてきた。内部に入ると、俺たちの視界を確保するため、天井に設置された魔石ランプが次々と点灯していく。


 中は長いトンネルになっており、両脇には矢狭間やさま――矢を放つための隙間――が多数存在していた。向かい風に混じる油の匂いは、天井の蓋からだ。何の油なのか不明だが、少し漏れている。


 ああ、なるほど。ここから流れ出た油に火がつけば……。つまりここは、侵入者を殲滅するための罠でもあるということか。


 向かっている方向はベナマオ大森林。ドワーフたちは、ベナマオ大森林から来る魔物などを警戒していたことになる。まあそりゃそうだ。出入り自由なら、帝都が魔物に襲われてしまう。


 しかし凄い技術だな。……奴隷の町エステパや獣人自治区パトリアとはまるで違う。シールドトンネル工法のように円形で、一直線に伸びる筒状のトンネル。

 いや、わずかに下っている。

 帝都ラビントンは山間部にある盆地だから、それなりの標高があるのだろう。


「ソータ様、ドワーフ軍とは交渉済みですので、ご安心ください」


 キョロキョロと辺りを見回す俺が不安そうに見えたのだろう。グレイスからフォローが入る。


 だがしかし、このトンネルは山を貫通させて作られているように見える。何かアクシデントがあれば逃げ場なしという心理的圧迫感は拭えない。

 延々と続くトンネルを走り続けていると、向かい風の中に森の香りが混じり始めた。出口が近い。


「二人とも止まって!」


 ざわめく気配を感じ取り、ミッシーとグレイスに声をかけた。その気配は進行方向、つまりベナマオ大森林から。


 トンネルの出口付近に、数十名のニンゲンの気配。おそらくドワーフ兵たちだ。その気配が次々に消えていく。


 三機の多脚ゴーレムが急停止する。ミッシーとグレイスも異変に気付いたようだ。


「な、何なのこの気配は……」


 ミッシーが珍しく狼狽うろたえている。グレイスはその気配に圧倒されたのか、声も出せず、恐怖に顔を強張らせてた。


「グレイスさん」

「……」

「グレイス!!」

「はっ、はい!」

「ドワーフ軍に、このトンネルを封鎖するか、全力で侵入者を撃退するように伝えてくれ! 出口付近のドワーフ兵は全滅した!!」

「……えっ!? どうして魔導通信機のことを?」


 俺に見せないようにしているが、グレイスは通信機を所持している。トンネルに入る前の言動から、それは容易に推測できた。


「いいからさっさと連絡しろ!! 虫だよ虫! トンネルの出口付近に、デーモン化した虫が大量発生してるんだよ!! みーんな食べられちまったよ、ドワーフの兵士さんたちは!」

「ええぇ……」

「私が連絡する」


 動揺するグレイスの多脚ゴーレムから、ミッシーが通信機を取り出した。スマホのような形状だ……。トンネル内で電波が届くのか? と思っていると、どうやら繋がったようだ。

 ミッシーは現在の状況を伝え始めた。


「ソー君?」

「うおっ!?」


 胸ポケットからスクー・グスローが顔を覗かせている。ベッドに寝かせてきたはずなのに……。というか、気配すら感じなかった。


「森の邪悪な気配は許さない、私たちの森でなくても」


 そう言い放ったスクー・グスローは俺の胸から飛び出し、羽ばたきながら空中で静止した。


『少しだけうるさいけど我慢してねっ!』


 スクー・グスローが俺たち三人に念話で語りかけると、耳をつんざくような高音が鳴り響き始めた。

 汎用人工知能が高音の念話を即座にカットしたが、ミッシーとグレイスはそれどころではない。

 両手で耳を塞ぎ、苦悶の表情を浮かべている。二人とも美人なのに、なんとも残念な顔だ。


「ソ、ソータ貴様」

「……ソータ様」


 平然としている俺を睨みつける二人。ミッシーから貴様呼ばわりされたのは久しぶりだ……。だがしかし、俺には念話攻撃など効かないのだ! ふははは!


「いてっ!」


 ミッシーに脛を蹴られた。


「スクー・グスローの念話を止めさせろ。飼い主はお前だろ」


 いや、ペットじゃないし。彼女たちは高度な知能を持つ精神集合体ハイブマインドだぞ? 個々に活動しているが、意識は一つ。みな兄弟のようなものだ。


「そうは言っても、スクー・グスローは、トンネルの外にいる虫型デーモンを攻撃してるみたいだ。もうすぐ終わるから我慢しろ」

「くっ……覚えてろよ」


 肩で息をするミッシーはとてもつらそう。しかし、トンネルの外にいる虫型デーモンの数は着実に減少している。


 しばらくすると、虫型デーモンの気配が消え去った。駆除完了か? 


 スクー・グスローの高出力な念話の射程は、半径五百メートル程度のはず。その先に生き残りがいる可能性もあるが、あとはこっちでなんとかしよう。


「ミッシー、今の虫型デーモンの件を、もう一度ドワーフ軍に連絡しておいてくれ」

「分かった……しかしソータ、次からは念話が聞こえないようにしてくれ」

「そ、それは、わたくしからもお願いできますか?」


 息も絶え絶えになった二人から懇願された。そういえばあれだ、障壁なら念話を遮断することもできるかもしれない。


「善処するよ。とりあえず先へ進もう」

『ソー君、褒めて褒めてー!』


 俺の目の前でホバリングするスクー・グスローの頭をちょいちょいと撫でる。目を細めて気持ちよさそうにしているのを見ると猫っぽく感じる。


「ありがと、助かったよ」


 スクー・グスローが、どうやって付いてきたのか分からないが、仕方がない。このまま連れて行こう。

 トンネルを抜けると、そこは荒野だった。月に照らされる大地は、茶色に染まっていた。


「な、なんだこれは……」

「何が起こったのですか?」


 ミッシーとグレイスが目を丸くして驚いている。トンネルの出口から先、半径約五百メートルの範囲で、本来ならあるはずの木々が消失しているのだ。切られたり焼かれたりしたのではなく、全て粉末状になって風に舞っている。


 もちろんその範囲内にデーモンの気配は無く、ドワーフ兵の気配も無い。


 しかし、念話でここまで破壊行為が行えるとは……。スクー・グスローは、ある程度指向性を持たせた念話を使用したのだろう。でなければ、トンネルの中でミッシーとグレイスは、ここと同じく粉々になっていたはずだ。


「スクー・グスロー、ありがとなー」

「ソー君、お礼はいいんだけどさ、そろそろ、その呼び方変えてくれないかな?」

「スクー?」

「種族の名前だし」

「スー?」

「短くしただけだし」

「グローエット」

「むむ、なんかしっくりきたよ! それにしよう! 私たちはこれからグローエット! ありがとねソー君!!」


 会話が一段落するとミッシーから話しかけられた。


「ソータ、ドワーフ軍がこちらに向かっているそうだ。ここは彼らに任せて、先を急ごう。ドワーフ軍は、ゴブリンたちがどうなっているのか、至急調べて欲しいと言っている」

「ああ、行こうか」


 ミッシーはジト目になっている。俺は慌てて多脚ゴーレムを起動させた。

 全てのものが粉砕されているため、様々な匂いが鼻をつく。息をすると細かな粉塵を吸い込んでしまうので、口元を覆うように布を巻き付け、ファーギから借りたゴーグルを装着する。

 粉っぽい広場を抜けて森の中に入ると、俺たちは一気に速度を上げた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 ドワーフ製の馬型ゴーレムは、森の中を難なく駆け抜けていた。木の根を飛び越え、川を渡り、休むことなく走り続けている。


 騎乗しているのはマイア・カムストック。様々な魔法陣で強化された修道服の中に帯剣し、背中に長杖ながつえを背負っていた。


 暗い森を灯り無しで移動している彼女から焦りが滲み出ている。


 マイアは帝都ラビントンを出発し、山を越えてベナマオ大森林に到着。ゴブリンの里へ向かおうとしたところ、デーモン化した獣人の気配と、地面を這ってくる様々な虫型デーモンを発見して逃走している最中なのだ。


「どうしよう……」


 独り言を漏らすマイアの背後から、獣人と多数の虫型デーモンが追跡してくる。


 その獣人はデーモンを憑依させた虫を使役し、ドワーフのトンネルを攻撃した張本人だ。


 マイアはその虫型デーモンに追い付かれつつある。しかし突然、追ってくる気配が途絶えた。

 

「……何が起こったの?」


 当然マイアは気づいていないが、スクー・グスローの念話攻撃で、虫型デーモンが滅んだタイミングだった。


「でも好都合ね。今のうちにゴブリンの里を目指そう」


 マイアは馬型ゴーレムの速度を上げた。

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