第50話 魔石と魔法陣の組み合わせは地球の先端技術を凌駕する

 窓の外はすでに暗い。これまでのことを話し終わるまで、だいぶ時間がかかった。

 俺が地球から来たニンゲンであっても、この世界の人々に敵意を持っていないことや、汎用人工知能、リキッド 液状 ナノマシン生体分子の説明もした。その上で女神と言い張る精霊カリストのせいで、神威が使えるようになったと話した。


「サラ姫殿下の症状が治っていなければ、信じられない話じゃ……」

「ソータくん、つらかったんだね」


 サラ姫殿下が向かいのカウチからこっちに来て、俺の頭をよしよしする。

 頭を撫でられるなんていつ以来だろう? そして俺の横にしれっと座った。


「サラ姫殿下、その指輪を少し拝見できますか?」


「うん、いいよー」


 渡された指輪をじっと見ると、視認出来ないくらい小さな魔法陣がビッシリと刻み込まれていた。


『魔封陣を確認。限界性能までチューニングされていますので、これ以上の改良は不可。魔法陣を別のアプローチで組み替えます。……完了しました。絶対魔封陣が完成。使用しますか?』


『やると思ったけど、使用すんなよ?』


 この世界のニンゲンで、俺の力を知る者はこれで五人。あと、胸ポケットにいるスクー・グスロー。あの呪いから解放されて分かったのだけれど、彼女たち精神集合体ハイブマインドは、透き通ったきれいな念話を使う。

 だから聞かれてもいいと思って話した。


 とりあえず魔封陣の情報は、治療の対価として頂いておこう。


「サラ姫殿下、ボリスさんの隣へ行って下さい」


「えー、やだ!」


 指輪を返しつつそう言うと、即座に拒否された。だから、ボリスに向かって言った。


「そろそろ他の長老たちが入ってきますので」


「サラ姫殿下、こちらへ」


 ボリスの声で、サラ姫殿下が渋々移動する。


 他の長老たちが俺の横に座るサラ姫殿下を見て、どう思うのか考えたくも無い。あの中には、シエラとスノウを擁する長老がいるからな……。


 神威障壁を消すと、漂う神威が俺に吸収されていく。そして部屋を覆う障壁を解除した。


 途端に聞こえてくるドアを叩く音。かなり長時間この部屋に居たし、完全に外から隔離させてたし、こうなるのもしょうがないか。


 ドアを蹴破って入ってきたのはグレイス・バーンズ。金属鎧で身を包み、剣を構えたフル装備だ。

 後ろから入ってきたのは、革鎧を着込み抜き身のレイピアを持った長老四人。背後には屋敷の衛兵たちが詰めている。


「あー、サラ姫殿下は大丈夫だ! 武器を納められよ!!」


 立ち上がったボリスが大声で宣言した。

 治療はすぐ終わったけど、俺の話が長すぎたな……。割と大事になっていて、ちょっと驚いた。サラ姫殿下がエルフの国、ルンドストロム王国第二王女だと再認識だ。


 勘違いというか、俺が障壁を解除したことで、勢い余って入ってきたグレイスたちはすぐに矛を収め、全員膝をついた。

 ここにサラ姫殿下がいるからだ。たぶん。


 万が一サラ姫殿下が今の行為にへそを曲げて、長老の反乱、修道騎士団クインテットに命を狙われた、なんて解釈をしたら、色々終わってしまう。


 王族ってすげえな、と思っていると、サラ姫殿下が口を開いた。


「気にしないでいいよー。私はほらこの通り!」


 あ、彼女の性格だと、そうなるのか。指輪の無い両手を見せびらかしている。

 グレイスや長老たちが安堵するも、ボリスが追い打ちを掛けた。


「今の行動は、サラ・ルンドストロム・クレイトン第二王女への不敬罪となる。一同はご承知か?」


 グレイスたちはその言葉で平伏する。

 映画やテレビでは見たことのある光景だけど、リアルでこんな場面を見るとびっくりするな。しかし、王族の権威が凄いという事は分かった。


 俺も気を付けよう……。


「じい、あんまり虐めないで? 私は平気!!」


「いや、しかし……」


 と言いながら、ボリスが俺にウインクをした。ふむ……?

 ふむー?

 長時間、他の部屋と隔離したことを有耶無耶にしようとしているのか? て事は王族の権威を使って、茶番をしているのか、この二人は。


 サラ姫殿下へ視線を向けると、ボリスと同じくウインクをして来た。

 こりゃ間違いないな……。


 子どもかと思っていたけど、サラ姫殿下もしたたかだな。

 その場でサラ姫殿下が宣言。グレイスや長老の四人は、とりあえずお咎め無しとなった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 あれから食事を摂り、風呂やら諸々済ませて部屋に戻った。

 やっと一人になれた、なんて思っていると、壁に掛けたシャツの胸ポケットから、スクー・グスローが顔を出す。


「ソー君、異世界人だったのね?」

「そうだ」

「大変みたいね?」

「そうだね……」

「私たち手伝ってあげるよ、ソー君のこと」

「急にどうした?」

「ほらっ、私たちを助けたのソー君じゃん? だから恩返ししたいなって思ってたの」


「ん~、とは言ってもな……」


 カウチに座ってちょっと考える。恩返しと言われても、俺の都合に巻き込みたくはないな。


「ソー君、そういえば念話使わなくてもいいの?」



 スクーグスローと会話していると、バーンとドアが開かれ、グレイスが入ってきた。後ろにはサラ姫殿下と、ボリスがいる。やっぱ障壁を張っていないと、会話が筒抜けのようだ。


「ソータ様!! 先ほどの件ですが――」

「どうぞ、お入りになって下さ……」


 言ってるそばから、三人はカウチに腰掛けた。どうやらこの三人で話が付いているみたいだ。


「ほら、ポケットに入ってろ」

「は~い」


 スクー・グスローはいそいそと俺の胸ポケットに入って、ひょっこり顔を出した。皇帝陛下が保護令を出しているので、彼女がここに居ても何も言われない。


 既に深夜なので、カウチにいる三人はラフな格好で来ている。


「ニーナ・ウィックローの件ですよね?」


 そう言うと、三人とも頷いた。

 グレイスに向かって話を促す。


 さっきの騒動のあと、グレイスは単身でサラ姫殿下に謁見したそうだ。もちろん俺と一緒に、ニーナ・ウィックローを探しに行くという話で。

 するとサラ姫殿下から提案があったそうだ。


 サラ姫殿下がルンドストロム王国の女王になれるようグレイスの実家である、バーンズ公爵家が根回しをする。それが約束できれば、俺を貸し出してもよい、というものだった。

 サラ姫殿下がしたたかだとはいえ、そんな打算的な提案が出来るのはボリス・リントン、あんただよな。


「……」


 そんな意思を込めてボリスを見ると、目を逸らしやがった。

 そもそもの話、俺はサラ姫殿下の騎士じゃない。しかしこの流れで俺がサラ姫殿下の騎士だと既成事実にするつもりだろうな。


 だけどなぁ。断るのも気が引けるというか、ゴブリンの族長ゴヤの事も気になるし。色々考えているとグレイスが口を開いた。


「ソータ様、更によくないお知らせがありまして……」

「どうぞお話し下さい」

「マイアが……マイアは一人で発ちました、ニーナ・ウィックローを探しに行くと言って」

「はあ? 何でまたそんな無茶を――」


 そう言うとグレイスが、マイアとニーナの関係を話してくれた。彼女たち二人はサンルカル王国のスラム出身で、孤児から修道騎士団クインテットへ成り上がったのだという。


 苦楽を共にした二人の絆は強く、物心ついたときから支え合って生きてきたそうだ。そんな相棒と連絡が付かなくなったという話しを聞いた途端、マイアは装備を整えて屋敷を出て行った。


 みなで止めるのを振り切って。

 廊下の窓ガラスはその時に割れたらしい。

 ふぅ……。それってファーギの工房に行っていたときの話だ。


「ゴブリンの里は何処にあるか分かりますか?」

「ええ、もちろん!」


 マイアは仲間だ。少なくとも俺にとっては。……水臭いな。一人で行かずに、少し待って俺に声をかければいいのに。


 しかしまた徹夜か……。

 でもそんな事も言ってられないな。ニーナ・ウィックローと連絡が取れないという事は、それなりの理由があるはず。ゴブリンの里で何かが起こったと考えるのが妥当だろう。


「おい、留守番してろよ?」

「……」


 返事が無いので、胸ポケットに居るスクー・グスローを覗き込むと眠っていた。

 長話が続いて飽きたのだろう。指でつまんで引っ張りだし、とりあえず俺のベッドに寝かせておく。


「ソータ様、準備は出来ています。急ぎましょう」


 そこからは早かった。

 俺はいつもの革鎧を着込みファーギにもらった魔導剣を持って屋敷から出ると、気合の入った準備がされていた。

 グレイス・バーンズが準備していたのだろう。森の中を移動するための多脚ロボットが三機、色々な物資を積み込んでいる。俺とグレイス用って事か。


「三機?」


 一機多いなと思っていると、荷物を抱えたミッシーが姿を現した。


「グレイスから話を聞いてな。私もマイアを助けに行くぞ」


 月の明かりを跳ね返す緑髪。透き通るグリーンアイ。ミッシーは幻想的なほどきれいだった。


 だけどミッシー、かっこいいこと言ってるけど、マイアだけじゃなく、連絡が取れなくなっているニーナ・ウィックローの救出と、ゴブリンの里がどうなっているのかも確かめに行くんだぞ?

 まあいいや。そんな事より、気になってることを言っておかねば。


「グレイスさん」

「グレイスでいいですよ?」

「え、そうですか」


 公爵令嬢だからと思って敬語にしたけど、ちょっと違っているのかな?


「どうされました?」

「あーっと……、いや、そこの多脚ロボットなんですけど、そっくりなやつを見たことがあるんですよね」

「ろぼっと? これはゴーレムですよ? もしかして演習場へ行かれたんですか?」


 多脚ゴーレム? まあロボットとあまり変わりはないか。


「いや、獣人自治区で見たんです。ただ一点、大きな違いがあります。こいつからは何の気配も感じません」

「気配……?」


 演習場で使われているのなら、この多脚ゴーレムは軍事用って事か。

 というか俺の言葉で、グレイスや荷物を運んでいる屋敷のヒトたちの動きが止まった。

 虫っぽい六本脚の先に、ゴム製のタイヤ付き。背中にある長方形の継目は、ビーム砲のようなものが格納されているはず。金属製の機体からモーター音もするけど、あの殺戮衝動を感じない。


「ソータ様が一人・・、独断でアスカ弥山を救出に行かれたときですね?」

「……いや、みんなで行ったんですよ?」


 危ねぇ、……引っ掛るところだった。グレイスのやつ、まだ俺が一人で獣人自治区へ行ったと思ってるみたいだ。


「そうですよねっ! とりあえずソータ様、詳しい話を教えて下さい」


 有無を言わせず詰め寄ってきたグレイスに、獣人自治区で見た多脚ゴーレムの特徴を話す。グレイスは一字一句漏らさずにメモを取り、使用人に渡した。

 大至急、エグバート・バン・スミス皇帝陛下にこのメモを届けるように、と言って。


 殺戮衝動を感じたという部分で、すんごい詳しく聞かれたけど、正直あれが何か分からない。


「時間は余りありません。出発しましょう」


 グレイスの言葉で俺たちは夜の帝都ラビントンを出て、ゴブリンの里へ向かった。

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