第49話 言っといた方がいい

 長老の一人が挨拶をして部屋に入ってきた。この部屋が広いとはいえ、グレイス、サラ、長老を合わせて八人もいると狭く感じられる。

 俺はベッドに腰掛けているので、他は全員立ったまま俺に注目した。


「圧迫面接かよ……」


 取り囲む八人の圧力で、思わず立ち上がってしまった。スクー・グスローはいそいそと俺の胸ポケットに入っていく。


「あっぱくめんせつ?」


 オウム返しをしたのはサラ姫殿下。でもよかったなグレイス。わざわざ謁見の許可を取らずに済んだじゃないか。


「姫殿下! 折り入ってお願いがございます!」


 グレイスは片ひざを付いて、サラ姫殿下にこうべれた。


「グレイス様、話はこっそり聞かせていただいてました。その胸中、察するに余りありますが、私の騎士をお貸しする訳にはいきません」

「そんな……」

「しかしながら、ソータくんは私の騎士でありながら、全然言うことを聞いてくれません!!」


 ほっぺをぷくっと膨らませて、俺を見るサラ姫殿下。なんか雲行きが怪しいぞ……。ボリスを含む五人の長老が、俺を軽く睨んでいる。

 なんつーか、俺はいつの間にか、サラ姫殿下の騎士だと既成事実化されている気がする。


「ソータくんは、私たちエルフを助けてくれた恩人です。だから私たちエルフから、お礼をする予定なのですが、いっつも外をほっつき歩いてます。訓練だー、依頼だー、なんてどうでもいいんです!! 私と一緒に遊んでよ!! ソータくん!!」


 あー、感情が爆発して、最後の方で本音が出てしまってる。

 ハイエルフの王女で、年齢は二十五歳。俺の一つ下なのに、小学校低学年くらいの背丈と幼い精神。悠久を生きるハイエルフは、心身共に成長が遅いと聞いた。


 呆気に取られているのは俺だけではなく、グレイスもだ。口元の引き攣り具合から何となく察する。突然のご乱心とでも思ったのだろう。


 涙を流して、プルプルしているサラ姫殿下。このまま放ってはおけないか……。


「サラ姫殿下、これから一緒に遊びましょう。といっても、どういったものがいいのか分かりません。よかったら、何をすればいいのか教えていただければ」


 とりあえずグレイスは後回し。サラ姫殿下が落ち着いたらもう一度話をしよう。


「ひゃっ!? えーと、んーと、そーねー、そうだっ! 浮遊魔法教えてちょうだい!!」


「危険ですサラ姫殿下! お止め下さい!」


「うるさいボリス! 私が何日ここに居ると思ってるの? この屋敷から一歩も出れないのよ?」


 この屋敷に滞在して十二日。俺は毎日出歩いているから気配りができていなかった。ミッシー以外のエルフは安全のため、屋敷から出ることを禁じられていると。

 俺の外出は咎められない。その代わりに、進行中の軍事作戦の話は一切伝わってこない。手伝えとは言われたけど、弥山はもう助けちゃったしな。


「サラ姫殿下……その指輪のことをお忘れですか? 浮遊魔法は繊細な魔力操作が必要ですので……」


 ボリスがサラ姫殿下をたしなめる。

 指輪って、あれだよな。サラ姫殿下の右手の指にある銀色の指輪。


 うむむ……。サラ姫殿下は、ほとんど魔力の動きを感じることが出来ない。周囲に居るエルフたちと比べると明らかに違うのだ。脳裏をよぎるのは、冥界で見た巨大竜巻。あれは純粋な魔力で出来た竜巻だった。


 あの時の状況を鑑みると、サラ姫殿下は魔力の制御ができず、あの指輪で抑えているはずだ。


「えっと、すいません。サラ姫殿下と二人にしてもらえますか?」


 俺の言葉で、部屋の温度が下がった。

 や、それもそうか。婚姻前の王女様と部屋に二人きりになる。その相手が男ともなると、彼女にどんな噂が立つのか。


「あー、やっぱ無しで。いまのは失言です。申し訳ありません」

「まってソータくん、どうするつもりだったの?」

「え、いや、出来るかどうか分からないけど、姫殿下の魔力の流れを治そうかなと思って」


「ソータ、どこでその話を聞いたんじゃ!!」


 珍しくボリスが大声を出した。


「いや、どこからも聞いてないし。ただ、ヒントがあり過ぎて、何となくそんな結論を出しただけです。ボリスさんのその反応は、当たりって事ですね?」

「ぐっ!? ……まあいい。しかし、そんな事が出来るのか?」

「やってみなきゃ分からないです」

「……失敗しても、サラ姫殿下に害は無いか?」


 うーん、そう言われるとなぁ……。


『大丈夫ですよ~』

『マジで?』

『王女の症状は、アレルギーです』

『は? 花粉症とかの?』


『そうです。結論から申し上げると。免疫の過剰反応を抑えれば大丈夫です。花粉症は一型アレルギーで、今回の症状とはまた違った型になります。地球では一から四のアレルギーに分類されていますが、王女のアレルギーは何処にも属していません。私の見立てでは、幼い頃から自分自身の強い魔力に晒されたことで、身体の免疫が過剰に反応している可能性があります。その結果、王女の身体は魔力をただ放出するように変ってしまったと』


『うん、要はアレルギーだから、免疫の過剰反応を抑えればいいんだな?』

『そうです。細かな作業はこちらでやりますので』

『ああ、助かる』


 俺をじっと見つめるエルフの皆さん。グレイスは、止めろと、言わんばかりに首を横に振っている。バーンズ公爵家で預かっている国賓だもんな。何かあったら彼女の責任になりかねない。


「大丈夫です……たぶん」

「た・ぶ・ん? そんないい加減な――」

「じい! ソータくんに任せて! 私の騎士様の言うことだから平気平気!!」


 俺とボリスのやり取りに、サラ姫殿下がニッコリ笑顔で割って入った。その笑顔はじい――ボリスに向いて、圧をかけている。


「はっ! 失礼いたしました。しかし、私は残るのじゃ。サラ姫殿下と二人きりにはできぬ!」


 サラ姫殿下に一礼したボリスは、俺に向き直ってそう言った。

 俺が疾しいことをするつもりが無くても、周囲の部外者はどう思うのかなんて分からないからな。ここにボリスが残るのは妥当だろう。


 ついでだし、この二人にも色々口止めしておくかな。


「はい、分かりました」

「よし、決まりじゃ。他の者はしばし席を外してもらいたい」


 その言葉で、長老たちとグレイスが部屋を出ていった。


「さてソータ、サラ姫殿下の魔力制御をどうやって治すのじゃ?」

「サラ姫殿下の体質改善をします」

「……何じゃそれは?」

「詳しくは後ほど。サラ姫殿下、よろしいですか?」


 俺はサラ姫殿下前に跪き、両手を握った。


「う、うん……」


 ほっぺを赤くして俯く姫殿下。年齢が近くても、まだ子どもとして接した方がいいな。


 俺はこの部屋を三枚の障壁で囲む。

 その上で、俺とサラ姫殿下を神威障壁で囲んだ。


 神威に満ちた障壁の中で、サラ姫殿下は目を白黒させている。この神聖な感じに当てられたのだろう。


 これで監視している者たちは、この部屋のことが何も分からなくなったはずだ。


 俺の両手を握るサラ姫殿下の手は小さい。俺はその手を通して神威を流し込む。細かいところは汎用人工知能に任せ、神威で治療魔法を使う。

 するとサラ姫殿下の身体が白く輝き、すぐに収まった。


「サラ姫殿下、指輪を外してもらっていいですか?」

「え……もう終わったの?」

「はい。ただ、しっかり治っているのか確認しておかないと。あ、ここで万が一魔力が放出されても大丈夫です。神威の障壁で囲んでおりますので」

「神威……この厳かな空気はそれだったのね。……ソータくん、あなたいったい何者なの?」

「その辺りもあとで説明いたします」

「わ、分かったわ」


 そう言ってサラ姫殿下は、恐る恐る指輪を外した。


「あ、……あれ?」


 今までなら、サラ姫殿下の魔力が濁流のように吹き出し、周囲を破壊していただろう。けれども、指輪を外しても何も起こらなかった。

 サラ姫殿下とボリスを見比べても、魔力の流れは変わりない。違うのは内包する魔力の量だ。


 サラ姫殿下の魔力量は、おそらく俺よりも多い。だから今の状態は一時的なもの。アレルギーが再発するのは時間の問題だろう。


『リキッドナノマシンの調整を頼む』

『準備出来ています』


 俺の心を読んでいる汎用人工知能に、細かい説明は不要だ。


「サラ姫殿下」

「え、ソータくん、私治ったの?」

「もう少しです。ちょっとチクッとしますので、そしたら治療は終わりです」


 俺はサラ姫殿下の両肩を掴んで、リキッドナノマシンの針を刺した。それと同時に、サラ姫殿下の体内で針を解除する。指令を受けたリキッド 液状 ナノマシン生体分子は、サラ姫殿下の強力な魔力に過剰反応しなくなるはずだ。


 神威をまとわせたリキッドナノマシンだからな。


「チクッとしないよ?」

「えっ、あ、ああ、もう終わりました。しばらく様子を見ますので、少しお話でもしましょうか」


 針が細すぎて、痛点に当たらなかったって事か。やるな汎用人工知能。


『どういたしまして~』

『あんがとな』


「ソータ、終わったのか?」


 ボリスが不安と期待の入り混じる顔で聞いてくるので、神威障壁の中に入れる。


「なっ!? これはっ!?」


 さすが千年以上生きているジジイ、神威の気配くらい知っているみたいだ。見てくれはジジイではなく、イケメンだけど。


「ボリスさん、小さな薬箱とかありますか?」

「む? どういう事じゃ?」

「念の為の薬です。サラ姫殿下の症状が再発したときに、これを飲んでいただきたいのです」


 神威で囲った小さな丸薬をつまんで見せる。中身はプログラミングされたリキッドナノマシン入りだ。情報漏洩を避けるため、サラ姫殿下が服用しなければ、効果は無いようにしている。誰かが神威障壁を壊して中身を取り出しても、すぐ自壊するように設定した。


 念には念を入れておかないとな。


「それなら、これに入れておいて欲しいのじゃ」


 その言葉と同時に、宙に浮かぶ黒い空間が現れた。そこにボリスが手を突っ込んで、中から小さな薬箱を掴み出した。


『空間魔法の応用を確認。収納空間魔法の使用が可能です』

『ああ、ありがと』


 ボリスから受け取った薬箱に、十錠の丸薬を入れて返す。


「再発した場合、一錠飲めば十分ですので、よろしくお願いします」

「分かったのじゃ……。何から何まで本当に助かる。ソータ、エルフの国に来るのじゃ。きっと叙勲されるのじゃ」

「やったっ!! 正式にソータくんが私の騎士になるのね!!」

「お断りします」

「えーっ!?」


 そんな面倒に付き合ってられるか。とは言わないでおく。


「そんな事より、これからお二人に話すことは他言無用でお願いします」


 部屋にあるカウチに座ってもらい、俺はこれまでの経緯を話し始めた。

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