第48話 神威結晶

 昨晩の騒動はまるで無かったかのように、清々しい朝が訪れた。

 グレイス・バーンズの屋敷を出て、帝都ラビントンを練り歩く。俺は乗合馬車に乗っていた。

 日本にある大型バスほどの大きさの馬車を、たった二頭の馬ゴーレムが牽引している。サスペンション付きで、前に乗った馬車よりも乗り心地が良い。御者の居ない自動運転は、どうしてもトロッコ問題が頭をよぎる。


 窓から顔を出して、高い青空を仰ぎ見る。

 冒険者ギルドの責任者マスターオギルビー・ホルデンの計らいにより、砂漠の民は一旦保護された。その報はすぐにミゼルファート帝国の皇帝エグバート・バン・スミスの耳に届くこととなる。


 皇帝エグバート・バン・スミスはその場で即断し、砂漠の民――スクー・グスローたちに、帝都の一画を自由に使用することを許可した。

 もちろん、あの迷惑な念話を使わないという約束を条件に。


 手のひらサイズの妖精が数千体。数は多いが、広い敷地は必要とせず、大きな屋敷にスクー・グスローたちはひと塊になって住まうそうだ。そこは帝都の防壁に面しており、飛び越えた先は森となっている。


 どうやらスクー・グスローは森にゆかりのある妖精らしく、立地的に大変喜んでいたらしい。


「でさ、君は何でついてくるのかな?」


 スクー・グスローの一体が俺の胸ポケットに入っている。昨晩グレイス・バーンズの屋敷でひょっこり姿を現したこの子は、屋敷の人たちに、俺と一緒にいると宣言したのだ。何故そうなったのか、理由はまだ分からない。


 光沢を放つ青くタイトなドレスはミニスカートで、彼女が飛ぶとパンツ丸見えになる。手のひらサイズのお人形さんみたいなので、色気もへったくれも無いのだが、少しくらい羞恥心を持って欲しい。


 その辺りもスクー・グスローの文化なのかもしれないと考えると、俺の価値観を押しつけることに躊躇ちゅうちょしてしまい、まだ何も言えずにいる。


「ソー君こそ、どこ行くの?」


 俺の質問に答える気は無さそうだ。


 スクー・グスローは、金髪のくせっ毛で短髪、ちいさな青い瞳で俺を見上げている。とんがり耳と整った顔立ちは、まるで羽の生えた小さなエルフのようだ。

 乗合馬車の客たちが、俺の周囲を飛ぶスクー・グスローを見て驚いている。


「ドワーフの工房に行くんだよ」


 ドワーフの技術は一部、地球の技術を凌駕している。化石燃料、電力、どちらでもない魔力を使った技術は一見の価値があると思ったのだ。

 それと、こっちの方がメインだけど、今回は魔道具の作成をお願いするつもりだ。


『ねね、みんな見てるけど平気なの?』

『ああ、皇帝陛下がスクー・グスローの保護命令を出したらしいから、たぶん大丈夫』


 空気を読んで、念話に切り替えて話しかけてくるスクー・グスロー。集合精神体ハイブマインドである彼女たちは、理解力に長けた種族のようだ。

 色々と思考に耽っていると、いつの間にか目的地に到着していた。


 急いで馬車を降りると、辺りは鉄床かなとこを叩く音で溢れていた。この区画は居住区画と石造の内壁できっちり分けられている。おそらく防音対策だろう。

 人通りは街中と変わらないが、歩いているドワーフたちはみな年季の入った作業着を身に着けている。


 ファーギにもらった地図を頼りに目的の工房を探すと、すぐに見つかった。


「……しょぼっ。なんだこの汚ったねぇあばら屋は」


「失礼なやつだな、おいこら!」


 俺を驚かそうとして、背後からこっそり近付くファーギに聞こえるように言うと、尻を蹴られた。


「ちっちゃい工房だね」

「冒険者業で忙しくてな、魔道具はワシの分しか作ってないんだ。まあ入れ」


 謙遜だ。ミッシーや他の冒険者たちに、この街一番の魔道具師は誰かと聞くと、名前が挙がるのはだいたいファーギ・ヘッシュである。

 黒い空挺スワロウテイルもファーギの自作だし、魔導銃、魔導剣と見てきたが、どれもこれもメイドインジャパンに引けを取らない。


 要は、オーバークオリ超高品質ティーなのだ。


 中に入ると、応接間のような洒落たものは無く、ただそこに工房があるだけだった。見たこともない工具や、魔石のエネルギーを利用した炉があり、隅っこにはガラクタの山があった。

 ここはコンビニくらいの広さしかない。スワロウテイルは格納庫にある、船渠ドックで組み立てたんだろう。


「んで、ワシに何を作らせようとしてるんだ、ソータ」

「よくわかったね――」


 昨晩ファーギに借りたゴーグル、あれは俺に見えない空間の歪みが見えていた。おかげでリアットが冥界に存在したまま、現世に姿を現していると分かったのだ。


 なかなか滅ぼせない訳だ。


 そして、竜神オルズが住まう島から天に伸びる一本の線。あれはおそらく、ゲートだったと思う。

 一度行ったときに見えなかったのは、隠蔽魔法でゲートを隠していたからだろう。


 二つともファーギのゴーグルのおかげで見えた。



 俺のじーちゃんは国防大臣の指令書で、この世界にある大きなゲートを探している。それならば、俺が先に見つけてそこで張り込んでおけばいい。じーちゃんが、本当は何をやっているのか聞かなければ。


 そのためには、ファーギのゴーグルが必要なのだ。それも、昨日のものより性能がいいやつが。その辺を説明すると、ファーギは考え込んでしまった。

 どうやら昨晩のゴーグルでも、最大限の性能を発揮できるように作っているらしい。


「何か特別なものでも必要になるの?」


「特別っちゃ特別だが、入手できないぞ? 魔石の代わりに神威結晶を使うんだからな。ワシがまだ若いときに見たことがある。鼻クソみたいに小さいやつだったがな」


「神威結晶?」


「そうだ……神の力を凝縮したようなものでな。その小さな神威結晶一つで作られた魔道具は、ミゼルファート帝国の国宝になっている――むっ!?」


「これか?」


「……」


 リキッドナノマシンに神威をまとわせ、念動力サイコキネシスで押し固める。すると俺の手のひらに、ビー玉ほどの結晶化した神威が残った。


「神威結晶か、これは。……こんなにでかい物をどうやって」


 リアットを閉じ込めた神威結晶は、直径三メートルくらいの球体だったけ。なんか言われそうだし、黙っておこう。


「大きいのか小さいのかは分からん。けれどこれで、さっき言った高性能ゴーグルは作れる?」


「ああ作れるとも! 世界の裏側まで見通せるものを作ってやる!!」


「またまたー、そんな大げさに言わなくていいから」


「いやいや、大げさじゃ無いぞ? ……いや待てよ?」


 俺の手から琥珀色の神威結晶を指でつまみ取り、じっくり観察するファーギ。窓から差し込む日の光にすかしたり、口に入れて噛んだりしている。飴玉じゃ無いぞそれは。


「ソータ……、お前が言うゴーグルを作るには、この結晶だと大きすぎる。もっとこう、小さいのは無いか? それと、何でこれは安定したままなんだ? 国宝の魔道具は神聖な神の気配が漂い、それを見ただけで圧倒されてしまうのだが……」


「小さいのも出来る。安定してるのは神威障壁で覆ってるからだ」


 神威を結晶化させるだけだと、ドライアイスの煙みたいに神威が流れ出す。煙なんて見えないけど。そうなるのは、神威とその反粒子で対消滅が起こるからだ。だからそのままの状態だと、時間と共に昇華して神威結晶は消えていく。


 ただ、ファーギの言う国宝は、そうでは無さそうだ。たぶん作成者が、そうならないように対消滅の対策をしているんだろう。神威が漏れてそうだけど。


「なるほど。……納得できるかぁ、そんな話で! 簡単に言うな! ……まあいい。ソータの異様な力は、マジで隠しておけよ? それじゃあ、ゴーグルを作る対価の話をしよう――」


 おいくらかかるのかと思っていると、話は明後日の方向へ飛んだ。


 ドワーフは物作りがとても好きな種族で、色々な魔道具を開発してきたそうだ。魔法陣と魔石の組み合わせで生活を楽にし、錬金術と魔石の組み合わせで病気を治す薬品の開発も行ってきた。


 だがそれは全て、魔石あっての話だという。


 魔石は魔物の体内から取れるが、需要に対して供給量は非常に少なく高価だという。

 帝都ラビントンを囲む山々には、魔石を採掘する鉱山があるそうだが、長年の採掘で年々その量は減少している。


 魔物から得ることも出来る魔石ではあるが、その労力は途方もないという。それもあって冒険者に丸投げらしく、安定供給にはほど遠いそうだ。


 魔素と反魔素が対消滅しない状態で存在する魔石。クリーンエネルギーは、無限にあるわけではないということか。


 そして、ミゼルファート帝国は現在、国を挙げて次世代エネルギーの開発を行っているという。それは神威の結晶化だ。

 実現はしてないそうだが、国宝の魔道具に神威結晶があるので、存在することは確定している。


 ファーギの話しは熱を帯びていく。


 神威結晶をどれだけ作れるんだと。


「え、俺が作るの?」


「なんだ、出来ないのか?」


「面倒くさい」


「……ふざけてるのか?」


 うお、ファーギがマジ顔で怒るの初めて見た。茶化すような言い方が悪かった。素直に謝って話しを聞く。いやでも、マジで面倒くさいな。神威結晶を作るって、割と疲れるし。


「ソータ、すまない。俺も言いすぎた。お前を長時間拘束してしまうところだった……」


「ん~、俺が大きな神威結晶を作って、それを動力源にして小さな神威結晶を作れない? 神威障壁で覆えば安定するからさ」


「――それだ!!」


 ファーギはガラクタを掻き分けて、下に埋まっていた机に紙を敷き、とんでもない速さで図面を引き始めた。

 しかし、待てど暮らせどファーギの作業は終わらず、お昼になってしまった。

 話しかけても無視、というか聞こえてない。とてつもない集中力で図引きをするファーギは、冒険者ではなくエンジニアの顔になっていた。


「おーい、ファーギ、俺は一旦帰るからなー? 神威結晶の大きめのやつ、ここに置いていくぞー」


 ダメだ。聞こえてない。明日にでもまた来よう。

 念の為、俺とファーギ以外がさわった場合、神威結晶が砂になるようにする。俺はプログラムしたリキッドナノマシンを混ぜ込み、ボーリング球くらいの神威結晶を作った。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 帝都ラビントンの街中で買い物をし、グレイス・バーンズの屋敷へ戻った。俺は大きな個室を使わせてもらっている。壁や柱、天井に床、全てが凝った造りで、さすがサンルカル王国公爵家のお屋敷だ。ベッドなんて俺が住んでたワンルームより広いし。


 入り口からこの部屋に来るまで、まあまあ遠いという難点もあるけど。ただ、長い廊下を歩いているとき、窓ガラスが何カ所か割れていたのが気になる。


『ねーねーソー君ってさー、神様なの?』

『え、違うよ?』

『だってさー、神様の力使ってんじゃん?』

『あー、神威か。いろいろあってだな……』


 地球から来たことから話すと長くなるので、とりあえず濁しておく。


「というか念話で無くてもよくね?」

『しっ! 誰か知らないけど、話しを聞かれてるの』


 え、マジか……? まったく気付かなかった。ん~、やっぱ俺、警戒されてるのかな? そんなに警戒されるようなことはしてない……はずが無いか。色々やらかしてるな……。

 ミッシーとマイアは信用できるとして、盗聴するなんて屋敷の主人であるグレイス・バーンズくらいしか思い付かない。


 これから戦争をおっぱじめようって段階だから、それもしょうがないか。


 そのグレイスの気配が凄い速さで近付いてきて、勢いよくドアが開けられた。


「ソータ様!? 念話が使えるんですね? そこのスクー・グスローと会話してましたよね、念話で?」


 一言漏らしただけなのに、グレイスはそれを聞いていたことを隠さず、直球で詰め寄ってきた。呼吸と鼓動の早さからすると、かなり慌てて来たことが察せられる。あと様って何だよ。


 ミッシー、マイア、ファーギ、抜かったぜ……すまん。


「ああ、そうだ。出来ればこの事は内密にお願いしたいんだけど……」

「ええ、それは約束します。それと、別の話になるのですが……」

「なに?」


 言葉に詰まるグレイス。細身で高身長の貴族令嬢は、威厳もなく小さく見えた。


「ニーナと連絡が取れなくなったのです……」

「だれ? ニーナって」


 いきなり何を言い出すのやら。


「あ、すみません、わたくしとしたことが」


 正気に戻ったグレイスは背筋を伸ばして一礼をする。


「ゴブリンと交渉を成立させたニーナとの連絡が途切れてしまい、少し慌てておりました――」


 あ、思い出した。マイアが言ってたな。言語魔法と念話が使えるニーナ・ウィックローが、ゴブリンとの交渉に赴いたと。


 ベナマオ大森林で会ったゴブリンの族長ゴヤ。彼の姿が、冥界で焼かれるエルフの里と重なった。嫌な予感しかしない……。


「ソータ様のお噂は少し聞いております」

「え? 噂?」

「サラ姫殿下の騎士であらせられると」

「ぶっ!?」


 ちょっとまてぇい! あのチンチクリンは何を吹聴しているんだ? だから様をつけてるのか!


「エルフの里で、大いに活躍されたとも……」


 ぐはぁ、あいつに口止めするの忘れてた!!


「そこでお願いがあるのですが、ソータ様とわたくし二人で、サラ姫殿下に謁見していただけませんでしょうか?」


 すると開けっぱなしのドアから声が聞こえてきた。


「ソータくん、話が丸聞こえですよ?」


 そこに居たのは、長老たちを引き連れたサラ・ルンドストロム・クレイトン姫殿下だった。

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