第47話 レブラン十二柱

 スクー・グスローは『デーモンから逃げている』と言った。その理由は、デーモンがスクー・グスローに憑依できず逆ギレしたから。それ以降しつこく追われているという。

 だから、デーモンが追ってくるとは思っていたけれど、とんでもないのが来たな。


 倒れていた冒険者たちは、デーモンの邪悪な気配で飛び起きている。


 あれは冥界で会った、メフィストクラスの気配だ。影のように不定型に見えるのも似ている。スクー・グスローの光がなかったら、気配だけで姿を確認出来なかっただろう。


 しかし、このゴーグルのおかげなのか、いままで見えなかった部分がはっきりと確認できた。あの影の境目にある歪みだ……。まるでゲートの先にあるものを見ているように感じる。

 この視覚情報が正しければ、あのデーモンの影はフェイク 偽物 で、実体は冥界にいるのだろう。


 俺は神威をまとわせたリキッドナノマシンを指先から放出させ、上空へ移動させた。


『ソータの念動力サイコキネシスを感知。解析します』

『えっ? 今の力って念動力なの?』

『そうです。解析と改良が完了、いつでもいけます』

『いかんでよろしい』


 冒険者たちは、まだはっきりと状況が分かっていない。デーモンの強烈な気配で目が覚めただけなので、今のうちにさっさと片を付けよう。

 神威はビー玉くらいの大きさだ。それをデーモンの頭上へ移動させ、急降下。


 当たる直前で神威の塊を炸裂させ、リキッドナノマシンを原子単位に分解する。

 黒い影と銀の神威が入り混じりると、灰色の影となったデーモンが途端に苦しみ出す。


 影と神威のせめぎ合いは、すぐに決着が付いた。

 灰色の影が銀色の影に変化しそうになる直前、酷く焦るデーモンの気配が暗い夜空へ飛び去ったのだ。


『やったー! ソー君ありがとー!!』


 脳に響くスクー・グスローの念話。


『俺のこと? ソー君って』

『そーそー! 私たちが元の姿に戻れたのもソー君のおかげー』


 生き残った光の塊――スクー・グスローたちが、俺たちに向かって一斉に飛んでくる。周囲の冒険者たちは、まだ何が何だかの状態だ。


「ソータ、お前がやったのか?」

「助かったぜ。だけど程々にな……」


 ミッシーとファーギが俺の近くで囁いた。他の冒険者に聞こえないように。幸いにもスクー・グスローの念話は、俺にしか聞こえていないので、さっきのやり取りは他にバレて無さそうだ。


『ちょっといいか?』


 スクー・グスローが、わーい、って感じで飛んできている途中、念話を送って俺がやったことを秘密にするようにお願いをする。集合精神ハイブマインドの彼らは飲み込みが早く、すぐに俺の立場を理解してくれた。


 さて、スクー・グスローが、悪意の無い精霊だと分かったし、念話の問題が解決すれば、ドワーフとの共存も可能じゃ?


 その辺をスクー・グスローに伝えると、頭を振りながら立ちあがったオギルビー・ホルデンと交渉をはじめた。


 よし、ここはもう彼らに任せよう。


「ミッシー、ファーギ、俺ちょっと離脱するわ」


「さっきのデーモンか?」

「気配を追えてるのか?」


「ああ。あれは放置出来ない……」


「私も……いや、無事に帰って来い」


 ミッシーが手を掴んで、ぐっと顔を寄せてきた。艶やかなグリーンアイは少し潤んで、ものすごい葛藤が見て取れる。たぶん一緒に行きたいのだ。しかし、連れていく訳には行かない。


「魔導銃貸そうか?」


 ムスッとして魔導銃を渡そうとするファーギ。彼も心配そうな顔だ。


「無事に帰ってくるし、魔導銃もいらん。んじゃ行ってくる」


 さっきのデーモンはメフィストみたいに、気配が拡散するような消え方ではなく、砂漠の方へ飛んでいった。


 俺は風の魔法で姿を消して気配も消す。

 ミッシーとファーギが少し驚いている。急に俺が居なくなったように感じたのだろう。


 俺はその場から離れ、砂漠を目指して浮遊魔法で空を飛んだ。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 浮遊島ソウェイル。竜神オルズがこの世界のドラゴンを管理するため創りたもうもの。現世では、空に浮かぶ竜神の浮島として認知されている。

 その島には竜神オルズが許可しない限り、何人なんぴとたりとも入ることが出来ないはずなのに、つい先日二名の侵入者を許してしまった。


 それは冥界にいるはずの、レブラン十二じゅうにはしらの、リアット。

 もう一名は異世界、地球からやって来たソータ。


 ――リアットに不覚を取った。そして、あのソータというニンゲンに助けられた……。神としてのプライドはどうでもいい。ただ、あのニンゲンがなぜ神威をまとえるのか知りたい。


 空間拡張された広大な広間で考え込む竜神オルズ。彼は巨大なドラゴンの姿で寝そべっていた。


「む……」


 遠方で神威が使われたことを感じ取った竜神オルズは人化し、ラフな服装で神殿の外に立つ。

 その顔は少しニヤつきながら、砂漠の先にある山地を見ていた。


「おー、ソータの野郎、なかなかやるな。そのデーモンは、冥界屈指の実力者だぞ?」


 絶対に見えない距離なのに、竜神オルズの瞳だと見えているようだ。ソータが黒い影に、リキッドナノマシンで攻撃する場面を見ているのだ。


「リアットは逃げ足速いからな……」


 山地から逃げ出したリアットの気配を追いつつ、竜神オルズは力を使った。

 砂漠の上を超高速で飛行中だったリアットは、神威で創られた透明な壁にぶつかってひしゃげてしまった。


 ニンゲンには見えない神威の壁。そこに誰か居たら、突然空中に黒い花が咲いたように見えたであろう。

 次の瞬間、竜神オルズは、弾丸がベニヤ板を突き破るような光景を目にする。


「――――何やってんの!? お前の気配も姿も見えなかったぞ!!」


 神威の壁を突き破ったのはソータ。リアットを追ってきたのだ。


「む……」


 ソータはダメージを受けていないどころか、空中で急旋回をして戻ってくる。目標は、神威の壁にへばり付いているリアットだ。

 リアット――デーモンの気配は未だ消えていないので、とどめを刺しに戻ったのだろう。


 リアットは瞬時に影のような身体へ変化し、ソータへ向けて魔法を使い始めた。それは巨大な火球。ソータが何度も見たデーモンの攻撃だ。

 ソータはそれを水球で次々と打ち落とし、リアットの目の前に立つ。

 互いに数メートルも離れていない距離で、火球と水球の激しい打ち合いが始まった。


「……おいおい、何が起こってんだ」


 ソータの周囲に神威が集まっていく。対してオルズの周囲にある神威が、どんどん薄くなっているのだ。

 竜神オルズは何が起こるのか興味津々だが、その顔が引きつっていることに気付いていないようだ。


 浮遊島ソウェイルの神殿から身体を乗り出し、ソータとリアットの戦いを観戦する。しかし竜神オルズはそれでも足りなかったのか、空を舞いソータの方へ向かいはじめた。


 近くで見たい。そう思って急ぐオルズ。しかし次の瞬間、ソータの前にいるリアットが、まん丸い球体に閉じ込められて砂の上に転がった。

 まるで琥珀に閉じ込められた虫のようになったリアットは、死んでいないだけでぴくりとも動けなくなっている。デーモンが苦手とする、神威で覆われてしまったからだ。


 空中で停止し、今何が起こったのか考察するオルズ。


 ――あの球体、……神威の結晶化なんて、どうやったら出来るんだ? ドワーフ製のゴーグルをつけたソータは、何が見えている。


『高みの見物か?』


 突然ソータから念話が届き、竜神オルズは姿勢を崩して墜落しそうになった。ソータから見つからないようにしていたはずなのに、という疑問を持ちつつ返事をする。


『そいつはどうやったんだ?』


『これか……。このリアットってやつ、なかなか滅びないからさ、本体ごと神威の中に閉じ込めて動けなくした。夜が明けたら、結晶ごと爆破しようと考えてる。これって、それくらいしないと滅びないでしょ?』


 リアットは冥界にいて、現世で影を動かすデーモン。つまりこの現世で捕らえることは不可能なはずなのに、ソータが作った神威の結晶には、リアットの本体が閉じ込められている。


 ソータは冗談を言っている訳ではなさそうだ、と感じたオルズは眉間にしわを寄せる。

 神威結晶なんてそうそう見られるものでは無い。


 ――どうすればこんな事が。こいつは、……こいつは本当にニンゲンなのか? 誰が、どうして、何のために、……こんな化け物をこの世界に連れ込んだのだ。


 何の感情もなく淡々と語るソータを見て、竜神オルズは戦慄した。その渦巻く神威の量は、一旦事を起こせばこの惑星ほしをも簡単に滅ぼしてしまうだろう。


『そうだな……それがいいと思う。だけど、朝まで待つのもダリいだろ? 俺が始末しとくよ』


『おおっ! 助かる!! さすが竜神オルズ様!! んじゃ、俺も込み入ってるから、任せてもいい?』


 ソータは竜神オルズではなく、浮遊島ソウェイルへ視線を飛ばしている。芥子粒のように小さく見えるあの浮遊島に、何が見えるというのか。

 竜神オルズは、見つかってはいけないものを見られた気がして、さらに焦りつつソータに応えた。


『あ、ああ。任せろ』


『さんきゅー!』


 そう言ったソータは、笑顔で飛び去った。


『戦闘中の気配と、今の気配……あいつは人格が二つあるのか? あと……さすがに天界へのゲートは見つかってねえよな……?』


 オルズは砂上に降り立ち、琥珀色に結晶化した神威に手を添える。すると、そこには何も無かったように、結晶化した神威が消え去った。


 ソータが飛び去った方をしばらく見つめる竜神オルズ。


「お前はこの世界に忍びこんでいる地球人とは違うよな?」


 その言葉を残し、オルズは姿を消した。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 空気が澱む世界。真の闇に近しい空間に、朧げに浮かぶ城の姿。

 ここは冥界の深部。剣山のような鋭い頂が連なる山脈の頂上に見えるは、レブラン城。

 山頂から下を見ると、底が見えないまっ暗な闇。誰がどうやってこの城に来られるのだろう。


 その城にある広い会議室で、デーモンたちが言い争いをしていた。


「全軍率いて地上に侵攻するべきだ!!」


「キーノ、落ち着きなさい。私たちクラスのデーモンが地上に出たら、神々が黙ってないわ。滅ぼされに行くようなものよ?」


 妖艶な美女、キーノをたしなめるのは、お姉言葉で厚化粧のルミリオ。筋肉質の男性である。


 ここにはレブラン十二柱のうち、十一柱が集っていた。本来なら序列で上下関係が決まっているのだが、リアットが行方不明になったことで会議が紛糾しているのだ。


 リアットは、強大な力と何者にも気付かれずに動ける特技を買われ、今回の作戦に投じられた。それ即ち竜神オルズのデーモン化。

 同時に、デーモンの現世進出を阻む、スクー・グスローの殲滅。


 どちらも失敗に終わったどころか、リアットの行方すら分からなくなっていた。


 黒いテーブルの上座に座る序列一位のラコーダは、目を閉じて何かを思案している。

 部下の十柱がどんなに騒ごうとも微動だにしない。その姿はデーモンとは思えないほど洗練され、清らかな気配を放っている。

 姿が異形で無ければ、ドワーフの街を歩いても不審がられることは無いだろう。


 黒のローブで身体を隠し、首から上だけが確認できる。細身の顔に頭髪はなく、とがった耳と黒い角が一対ずつ。目がくぼんで奥で赤く輝くのは死の光りか。


「地球人の連絡員は何処だ?」


 重い地鳴りのような声でラコーダが問いかける。


「はっ! まだ連絡が取れません!」


 そばで控える序列二位のバルバリが応えた。


「早急に接触し、リアットの行方を捜させるのだ。何か分かるまでは絶対に動くな」


 その赤い目が怒りに打ち震えているのは明らか、喧騒がピタリと止む。


「ここで一つ朗報を知らせておこう。悪魔を支配するもの デーモンルーラー が覚醒した」


 ラコーダの言葉で、十柱の動きが止まる。数秒ののち、会議室に歓喜の声が渦巻いた。

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