第46話 ハイブマインド

 冒険者ギルドの前は黒山の人だかりだった。

 帝都ラビントンにはたくさんの冒険者ギルドがあるので、一カ所だけこんなに冒険者が集まることは無い。


 緊急召集のせいだろうな。おそらく帝都ラビントンの冒険者ギルド支部は、どこもかしこも混んでいるはずだ。


「ソータも来たのか」

「ああ。義務らしいからな」


 ミッシーも来ていた。彼女はSランク冒険者だからな。マイアは冒険者じゃないので、来ていない。辺りを見回していると、ファーギが近寄ってきた。


「三人で組むか?」


 その目は俺を見ている。ミッシーもだ。

 緊急召集で依頼を受けるのなら、俺の力が周囲にばれないようにするため、と二人の目は言っている。


「そうしよう。でも、どんな依頼なの?」

「さあな? まだ何も聞いてねぇ」

「大丈夫かよ、そんないい加減で」

「まっ、いつもこんな感じだ、緊急召集は」


 ファーギは装備無しの普段着で、のほほんと応える。ミッシーはフル装備で、この状況に慣れているようだ。俺の革鎧はミッシーに捨てられ、新しい革鎧をもらった。あまり稼げず貧乏な俺に、軽くて動きやすく値の張りそうな物を頂いたのだ。


「おーい! 注目しろ!」


 この声はオギルビー・ホルデン。冒険者ギルドの責任者マスターだ。

 ここで何度も依頼を受けたので、一応顔と名前くらいは把握している。彼は木箱に乗って、緊急召集の理由を伝えはじめた。


 砂漠の民が北部にある山地へ侵入し、帝都ラビントンへ向かっているそうだ。竜神オルズに会ったときに見た砂漠だ。


 ここから北の山地を抜けて砂漠までの距離って、だいぶん遠かった気がするけど。そんな情報どうやって?

 あ、空艇か……。

 格納庫から飛び立つ空艇が目に映った。


 冒険者や帝国軍も空艇を持っているから、空から地上の監視をしているのだろう。


 帝都ラビントンから、冒険者ギルドに依頼があったそうだ。


 依頼内容は砂漠の民を追い返すこと。帝都ラビントンに近づけるな、というものだった。


「……?」

「どうした」


 何だそれ、と思っていると、ミッシーが話しかけてきた。


「いや、フワッとした内容だなと思ってさ」

「砂漠の民は迷惑をかけるからな……あまり歓迎されないんだ」

「それで追い返せって事?」

「……そうだ」

「……そっか」


 迷惑なら、話し合えばいいんじゃないの? ドワーフって割と狭量なんだな。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 ファーギはスワロウテイルの中で装備を整えて離陸させた。この空艇の中に、武器も防具も一通り揃えているみたいだ。目指すは北の山地。

 他の冒険者の空艇も次々と離陸していく。巨大な飛行船型が一機と、小回りのききそうな小型空艇が四十機ほどいる。


「こう言うのって軍が対処するんじゃないの?」

「戦争の準備で、手が回らないんだろうな。砂漠の民から、意味不明の念話が来るから気を付けろ」


 窓から外を見ている俺の呟きをミッシーが拾う。


 獣人自治区をドワーフ、エルフ、修道騎士団クインテット、ゴブリンで攻める、とまでは聞いたけど、そこから先の情報は伝わってこない。

 軍事同盟を結んだ多国籍軍が、獣人自治区を攻撃するのだから、命令系統の統率や各軍の編成で忙しいのだろう。


 俺みたいな部外者が作戦内容を知っていたら、それも問題だしな。


 そういえば意味不明の念話ってなんだ? 竜神オルズの迷惑念話を思い出す。あんな感じなのかな?


 先頭を進むスワロウテイル。この窓からは見えないけど、後方から他の空艇が付いてきているはず。低空飛行を続けているのは、遠くから見付からないようにしているのだろう。


 空路とかどうなってんだろ? 夜の空をレーダー無しで飛べるのか? トランスポンダー航空交通管制用自動応答装置無しなの? 疑問が尽きない。聞いてみたいけど、ミッシー寝てるし。


 そうこうしているうちに、スワロウテイルが降下していく。しばらくすると尻から振動が伝わってきた。無事に着陸したようだ。


「着いたぞ。こいつを付けとけ」


 ファーギが俺とミッシーに渡してきたのは、プロペラ飛行機でつけるようなゴーグル航空眼鏡と、ヘッドホンみたいな形の防音イヤーマフ。微弱な魔力を感じるので、おそらく両方とも魔道具だ。


「何これ?」

「暗くても見えるゴーグルと、何の役にも立たない念話対策だ」

「……さんきゅ」


 夜目は利くからいいとして、役に立たない念話対策? 俺たちはその二つを装備して、スワロウテイルから降りた。


 飛行船型を含め、他の空艇が続々と着陸してくる。航空機が無音で垂直着陸する光景は異様だな……。

 というか、あの飛行船型に乗ってる冒険者多いな。二百人以上はいる。小型空艇も一人乗りではなく、複数名が降りてきた。


 ざっと見て、五百人くらいの冒険者が集まった。


 雲のかかる夜は暗く、山々の影が圧倒してくる。この広場は森林限界を超えて無さそうだけど、広い草原に吹く風が冷たい。


 周囲の冒険者は一様にゴーグルをつけ、防音イヤーマフを首にかけている。オギルビー・ホルデンが、今回の指揮を執るみたいだ。


「よーし、全員聞けーっ!!」


 ここに着く前、高高度から監視している軍の空艇から連絡が入ったという。

 通信技術まであるのか……。航空機があるなら、それくらいあるよな。てことは、やっぱレーダーもあるな。


 砂漠の民は、ここから見える山道と谷間の街道、二手に分かれてこちらに向かっているそうだ。彼らはかなりの数で、冒険者が大勢居ても押し止めるのが難しそうだという。


 そこで、砂漠の民が嫌がるで追い返すという。その方法は、水の魔法を上空に打ち上げて、彼らに水を浴びせる単純な作戦だった。それで彼らは引き返すだろう、と言う話だ。


「砂漠の民なら、水は大歓迎じゃないの?」

「ソータお前、砂漠の民を見たこと無いだろ?」

「小突くな髭ジジイ」

「なんだとっ!?」

「いや、見たこと無いけど、なに?」

「やっぱそっか。しばらくすりゃ分かる、砂漠の民がどんな姿なのか」


 何だよその含みのある言い方は。

 ファーギに小突き返していると、オギルビーが声を張った。


「水の魔法が得意なやつら及び、魔道具で水の魔法が射出できるやつら、全員前に出ろ!! 射程に入り次第発射する!!」


 すると俺たち三人以外、全員が前に出た。ミッシーとファーギは、あくまで俺の能力を隠す方向みたいだ。

 この世界の全てのニンゲンが魔法を使えるわけではない。むしろ魔法を使える者は少ないと聞いている。


「しかし全員か……水の魔法くらい使えるよな、冒険者なら」

「それもあるが、ドワーフの冒険者はほとんど魔道具使いだぞ?」

「ああ、そっか。ファーギも反則みたいた銃を使ってたな」

「反則じゃねえし、魔導銃だ。お前にやった魔導剣は、色々属性が変えられて便利だぞ?」

「そっかそっか、さんきゅーな」

「なんだその、さんきゅーってのは。お前たまに意味不明の言葉使うよな」

「やかましいわ。ありがとうって意味だ」


 ファーギと軽口を叩き合っていると、遠くの方から多数の気配を感じた。山道と街道の二カ所から。


 うおっ!?

 何だあれ? 木? 蔓? うねうねしてる植物のようなものが、俺の目に映った。


「ええぇ……動く植物?」

「初めて見た奴はやっぱ驚くよな。あいつら植物だが、ワシらと同じ知能がある。一方的に念話で話しかけられるから迷惑なんだよな。念話が届く距離は約五百メートル。水の魔法が届くギリギリだ」


 植物の知的生命体? 脳は? 筋肉は? なんであんなに動けるんだ?

 ……異世界恐るべし。

 というか、ほんとに数が多いな。


「そういえば、植物なのに、なんで水を嫌がるんだ?」

「さあな? あいつらジワジワ砂漠を広げるから、いつかどこかと戦争になるとは思ってるんだが……。帝国はあいつらの念話に対して、絵を使って領土に入らないようにしてるんだ。砂漠の民はそれを守っていたんだが、今回はどうしてなんだろうなぁ?」


 水を嫌がる理由は不明。砂漠を広げる性質がある、知的生命体。念話を使う、動く植物。つまり、地球の常識で測ることが出来ない、未知の知的生命体って事だ。

 偏見を持たないでいこう。


「念話の射程に入る! 今だ!! 全員ウオーターボールを撃てえぇ!!」


 ギルマス、オギルビーの号令で、一斉に魔法が放たれた。太い筒のような魔道具で、水球を連射している冒険者もいる。とんでもない数の水球が夜空に打ち上げられ、砂漠の民の上空で破裂した。


 水の魔法は大粒の雨となり、砂漠の民に降りそそぐ。


 次の瞬間、意識が途切れそうになるくらい大音量の念話が響いた。


 かろうじて聞き取れたのは、助けて、という言葉。


 周囲の冒険者は、頭を抱えて膝をつき、大勢が意識を失った。ミッシーとファーギは、さすがSランク冒険者。膝をついてはいるけど、意識までは失っていない。

 なるほど、こりゃとんだ迷惑だ……。というか、ギルマス、念話の射程を見誤ったのか?

 俺はたぶん、ダメージを受けないよう、汎用人工知能が瞬時に念話の音量を調節したのだろう。


『……』

『……ありがとね』

『どういたしまして~』


 なんかお礼を促された気がした。まあいいけど。


 しかしヤバいな。ミッシーとファーギ、Sランク冒険者がダメージを受けて膝をつくくらいだ。念話って耳を塞いでも届くから、防御のしようが無いんだよな……たぶん。

 防音イヤーマフが何の役にも立ってないし……。


『聞こえるか砂漠の民? 念話の音量を落として、俺とだけ話してくれ。見ての通り、仲間はみんな倒れている』


 全方位に広がる強烈な念話は、ある意味脳を破壊するほどの攻撃となっていた。


『やったーっ! 念話ができるヒト見つけたー!!』


 この感じ……複数の個体が一つの意識を共有するハイブマインド 集合精神 みたいだな。砂漠の民から飛んでくる複数の念話は、全て同じ内容で同時に聞き取れる。


 砂漠の民は、水を浴びて動けなくなっている。ここから見える彼らとの距離は、約五百メートル。俺の周囲は死屍累々。死んでないけど。

 彼らとの交渉が出来るのは俺だけっぽいので、このまま話を進めよう。


『音量下げてくれてありがとう。んでさ、ミゼルファート帝国の領土に入るなって話は伝わっていたと思うんだけど、今回は何でそれを破って越境したんだ?』


『デーモンが攻めてきたから仕方なく……』


『攻めてきた?』


『そう。攻めてきた。だけど私たちに憑依出来ないと分かると、攻撃を始めた。みんな水攻めにあって、私たちは死んでしまった』


 私たちって言い方は、ハイブマインドならではなのだろう。


 デーモンは召喚して契約するという手順を踏まなければ、憑依出来ない。砂漠の民をじっと見つめても、憑依させたニンゲンの特徴である、小さなデーモンの気配は無い。


 ――竜神オルズが、こちらの世界で暗躍するデーモンが居るって言ってたな。


 あの強大なドラゴンを拘束してデーモンを憑依させようとした、リアットって奴の仕業なのか?


『私たちの個体のいくつかがデーモンに捕まって、魔法陣で憑依させようとして失敗してたの。それより、水を何とかしてくれない? このままじゃ私たち死んじゃう』


『あ、そだな……だけど、あの強烈な念話は止めてくれよ? 今倒れてる人間はお前たちの念話でやられたんだからな』


『うん、分かった。君、名前なんて言うの?』


『ソータって呼んで』


『分かった! 私たちには名前が無いの。みんな同じ意識で繋がって、同じ考えをするから必要なくてね』


『んじゃ砂漠の民でいいのか?』


『えーやーだー、かわいくない』


 うねうねぐにぐにのたうつ蔓が異を唱える。


『……ツタ?』


『……かわいい名前付けて?』


『ん~? 植物だし森の精霊・・っぽいな?』


『私たちは精霊・・じゃ無い!! うっ!? ……そうだ! 私たちは妖精・・……ううっ!!』


 俺の言葉を否定し、砂漠の民が苦しみはじめた。またしても強烈な念話が飛び始める。


『おいおい、大丈夫?』


 しばらくすると急に収まった。


『思い出したよっ! 私たちは森の妖精・・スクー・グスロー! ……でも、それ以外思い出せないや。あはははは!』


 森の精霊・・・・って呼ばれたのが嫌すぎて、記憶を呼び覚ます引き金トリガーになったのか? 目の前にいた、たくさんの蔦や木が全て、羽の生えた小さな妖精・・の姿に変った。いや、元の姿に戻ったと言うべきか。


 念話は相変わらずハイブマインドだけど。


『そっちが元の姿?』

『そーそー。だいぶん前に呪われたの忘れてた! あれれ? 何で覚えて無いんだろ?』


 何千という妖精スクー・グスローが同じ仕草で考え込む。この距離で虫のような透明な羽まで見えているのは、ファーギに借りたゴーグルのおかげだ。


 手のひらサイズの妖精たちは、個々で淡い光を放っている。それが数千単位で居るのだから、山道と谷間の街道、二カ所に光の塊が出来たように見える。


「なん、だ、あれは?」

「砂漠、の民、は?」


 ようやく喋れるまで回復したミッシーとファーギが聞いてくる。


「砂漠の民だよ、あれが」


「何だと?」

「ありゃ妖精じゃねぇのか?」


「そうだな。念話で聞いたけど、呪いであんな姿になってたそうだ――」


 ミッシーとファーギと話していると、谷間の方に居るスクー・グスローの光の塊が突然消えた。


 そしてそこには、デーモンの気配が突然現われたのだ。

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