第45話 ターニングポイント2

 ミゼルファート帝国の北西。砂漠を越えた先にマラフ共和国がある。弥山の手帳に書いてある地図のおかげで、空を飛んで小一時間で首都トレビに到着できた。


 ここは商人が集まってできた都市国家だそうだ。

 街並みは帝都ラビントンに似ている。ほとんどの建物が石造りで、道路も石畳で整備されていた。


 大きく違っているのは、顔立ちがアジア系のヒト族が非常に多い点。エルフやドワーフが凄く少ない。おまけに、気性が荒くニンゲンを襲うと言われている、獣人まで普通に歩いている。つまり、俺がこの街をうろついても、そうそう疑われない。


 石造三階建ての冒険者ギルドに入って見わたす。帝都ラビントンの冒険者ギルドとさして変わらない雰囲気で、とても活気がある。


 掲示板を見ると、魔物退治が少ない。多くを占めているのは、商隊の護衛、稀少な薬草採取など。その中に一つに目を引く依頼があった。


「巨大ゲートの捜索……か。依頼者の名前が違うけど、間違いないな」


 弥山のメモ帳に、じーちゃんがこの街に居るかもしれないと記されていたのだ。それでここまで来たんだけれど、どうやらアタリだったみたいだ。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 日をまたぐ時間ではないので、ギルド内の居酒屋は大賑わい。ヒト族と獣人の混合パーティーが凄く盛り上がっている。


「スザクじいちゃん、飲みすぎっ!」

「そろそろ帰らないと、明日の仕事盗みが失敗しちゃうよっ!?」

「やかましいわっ! ふ、ふがっ? へぇぇぇっぶしっ!!」

「うっわ、きったな!!」

「こんのクソジジイ!!」


 双子の女性が、虎獣人のご老体とそんな会話をしている。虎獣人なのにスザク朱雀とはこれいかに、とも思うけど、ここ異世界だし関連性はないだろう。


 ニンゲンを襲わない獣人もいるのかもしれない。獣人自治区の件を考えると違和感ありありだけどね。あと、盗みという不穏な単語が混じっていたけど、気にしないでおこう。


 居酒屋でエールを頼み、入り口と受付カウンターが見える位置に座る。ゲート捜索の進捗状況を、依頼人が毎日確認しにくると受付嬢が言っていたので、僅かな可能性にかけた。


 来た……。


「じいちゃ――」


 冒険者ギルドに入ってきたじーちゃんに声をかけようとして、背後からついてきた日本人たちを見つけて思い留まった。全員この世界の服装をしているけど一目瞭然、間違えようがない。


 気付かれないように、こっそり観察する。無くなった八個の試作クオンタムブレインと同じ人数だ。身のこなしに隙が無いので、訓練を受けている、あるいは実戦経験のあるヒトたちだろう。


 じーちゃんがギルドのカウンターで受付と話しているが、酔っ払いがうるさくて聞き取れない。


 どうしようかと考えていると、じーちゃんたちがカウンターから離れ、冒険者ギルドから出ていく。追おうとすると、俺のテーブルに水銀のようなリキッドナノマシンが落ちてきた。


「俺のじゃないよな……?」


『テーブル上にあるリキッドナノマシンから、板垣いたがき兵太ひょうたからのメッセージを確認しました。読み上げますか?』


『お、おう』


 そんな機能あったっけ? なんて思っていると、汎用人工知能がつらつらと読み始めた。


『颯太、来るのが遅い! 今は直接話せなくて済まない。見ての通り私は監視下にある。こいつらは政府の役人ではなく、魔術結社、実在する死神ソリッドリーパーのメンバーだ。もう少しそこで待っててくれ』


 汎用人工知能が喋り終わると、目の前のリキッドナノマシンが水に変化する。完全に機能停止して、分解されたのだ。


 大丈夫なの、じーちゃん……?

 というか、えらく中二病くさい名前の、実在する死神ソリッドリーパーって何?


『データベースに記録があります』

『お? 地球の?』

『そうです』

『なになに、教えて』

『私が学習した資料の中に、実在する死神ソリッドリーパーの記載があるので、そちらでよろしいですか?』

『うん、頼む』


 汎用人工知能に学習させるとき、何でもいいから全ての情報を取得して理解するように設定した。そのせいで汎用人工知能は、ハッキング、クラッキングを繰り返し、世界中の情報を仕入れている。


 実在する死神ソリッドリーパーは、ヨーロッパを中心に活動する魔術師の集団だそうだ。歴史の影に隠れ、地球の裏社会を牛耳っている組織らしい。その影響は日本にもあるそうだ。

 まゆつば物と思いきや、地球でゲートが開いた後、裏の世界から表に出てきて、魔術を披露。トリックでも特撮でもないと分かり、本物の魔術師だと言われている。


 そんな報道、一切無かったけどなあ……。俺がこっちに来たあとの話だろうか。

 いまは、じーちゃんを待つしか無いか……。


 冒険者ギルドは終日営業で休みはないが、夜中になればヒトは少なくなる。居酒屋の飲んだくれも帰ってしまい、客は俺だけになってしまった。


「いてっ」


 ジョッキを持つ手に何か当たった。同時に硬い音を立ててテーブルに転がる小石。

 ……何だあれ?

 冒険者ギルドの入り口に立つ黒い影。デーモンのような邪悪な気配はなく、風のような薄い存在。小石を飛ばしてきたのはあいつだ。

 ……ついて来いって事か?

 そんな気がして、俺は会計を済ませて外に出た。


 俺の目だから見えているみたいだ。まだ人通りがあるのに、滑るように移動する黒い影に誰も気付いていない。俺はその影についていく。


 しばらくすると、森のある大きな公園に到着。その奥に進んでいくと、小さな湖があった。街灯などは無く、月明かりだけの薄暗い場所だ。

 小舟が繋いである桟橋まで行くと、黒い影が実体化した。


颯太そうた、久し振りだ」

「じーちゃん、……だと思ってたけどさ」

「この世界まで追ってくると思ってた。巻き込んで済まないと思ってるが、色々複雑でな。あまり時間が無いから、できるだけ簡単に説明する」


 じーちゃんの行動は、弥山の予想どおりで、俺たちをこの世界に呼び寄せるものだった。国防大臣の指示で、巨大ゲートを探していることも事実らしい。

 だけど、この世界に来たのは、実在する死神ソリッドリーパーに拉致されたからだそうだ。


 実在する死神ソリッドリーパーを名乗る集団は、この世界で古代人・・・と呼ばれている。

 彼らはこの世界から・・・・・・地球へ追放された・・・・・・・・者たちの子孫で構成され、何世紀にも渡り血脈を守っていたという。

 この世界ではカヴンと呼ばれ、地球では魔女と呼ばれている存在だ。


 目的は、この世界への復讐。巨大ゲート使って、この世界へ戻ろうとしているらしい。しかも相当な数で。


 ひと月前なら、鼻で笑っていただろう。

 だけど、じーちゃんの話、竜神オルズの話、女神アスクレピウスの話、この三つが符合する。この世界の古代人が何をして追放されたのか知らないけど、復讐と言うからには、良くないことを考えているはずだ。かつての俺がそうだったように……。


「どーすんのじーちゃん……」


「いまは奴らの監視下で動けない。影魔法を使って、お前と話すので精一杯だ」


「んじゃ助けに行くからさ、居場所教えて?」


「ダメだ!!」


 突然の剣幕で驚いた。この言い方は絶対にダメなときのやつだ。


「颯太も、血液とリキッドナノマシンを入れ替えているだろ?」


「ああ……」


「私の周りに居る奴らもそうだ。元から魔術・・やスキルを使っていた、吸血鬼や、牛頭人ミノタウロス半馬人ケンタウロスが、試作品のクオンタムブレインで私たちと同じ処置をしている。つまり、能力が計り知れないほど上がっているということだ。そんな奴が七人、戦ってどうにかできる相手ではない」


「つまり、俺が行っても、じーちゃんを助け出せないと?」


「そうだ。カヴンの集団は、この国でホムンクルスを造り、自分たちの手駒にしようとしている。この国ではすでに、大勢のホムンクルスがニンゲンに混じって活動している。多勢に無勢になるぞ?」


「……」


「私は今のところ従う振りをしているから大丈夫だ。巨大ゲートは、なんやかんや言って見つけないから安心しろ。……それより、颯太にやってもらいたいことがある」


「なに?」


「古代人はデーモンを使って、何かを企んでいる。颯太にはそれを防いで欲しい」


「デーモンねえ……。いま巻き込まれてる最中なんだ。じーちゃんは関わらないで、地球に帰ればいいんじゃ?」


「……ダメだ」


「何だよ今度は」


「リキッドナノマシンがあったとしても、人類は温暖化に耐えることができない」


「いや、その為の研究――」


「食料問題がどうしてもクリア出来ないんだ……」


「つまり、……この世界に移住するってのは、既定路線だったんだ」


「そうだ」


「マジか……」


「たのむ颯太! デーモンや古代人がこの世界を荒らすことは、人類の死を意味する!! 他の古代人もこの世界に来ているから、早いとこ何とかしてくれ!!」


「…………わかった。何とかやってみる」


「よし! それでこそ私の孫!! 頼むぞ!!」


「――ちょっ!?」


 じーちゃんは影となり、風に揺られて消えてしまった。


『影魔法を確認。解析します……、解析と改良が完了。影魔法を使用しますか?』


『大きな進歩だ。今まで我慢して言わなかったんだろ?』


『うへへ。そうです』


『その調子で頼む』


 月光を弾く湖面はとてもきれいだ。日本の湖は植物プランクトンの異常発生で、緑色の湖面になってるってのに。


「目先はデーモンを叩かないとダメっぽいな」



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 帝都ラビントンに戻り、ベンチでぼんやりしていると、隣にファーギが座った。


「何ださっきの嬢ちゃんは? ソータと顔立ちが似ていたが……?」


「ああ、俺と同郷の奴だよ」


 弥山と俺の顔は似ても似つかないけれど、黒眼黒髪のアジア人顔は、この街でほとんど見ない。広場にいるニンゲンは、ほとんどドワーフで、たまにヒト族。そのヒト族は、ほぼヨーロッパ系の顔立ちなのだ。


「同郷か……ありゃヤバいな。だいぶん殺してる気配だったぞ」


「そうだな……」


「何だお前? やる気無さそうだな……。さっきの痴話喧嘩のせいでも無さそうだし」


「この前話しただろ? 俺のじーちゃんを殺した奴らを追ってるって」


「ああ」


「俺の勘違いだったんだよ……」


「ぶっ!? …………ぶほっ!?」


 笑うかそこで……。いや、周りから見れば笑い話になるのか。

 それもそうか。切り替えていこう。


 俺はまず、獣人とデーモンの件を片付ける。その後じーちゃんを助けに行く。


 それとアスクレピウスに言われた件。この世界を武力で制圧しようとする地球人を何とかしろって話は、古代人も関わっているはずだ。こっちはどうするかな……。


 俺が地球の政治家と交渉? 無理だな。

 世界と世界の交渉ごとになるはずだし、俺の出番はない。


 せめて、古代人を何とかできるように動いてみよう。


 落ち込んでる場合じゃ無い。やることは山ほどある。


「あいたたたたた!! おいこらソータ止めろっ!! ぐああっ!!」


 とりあえずファーギのあご髭をちぎる。

 さて、俺も屋敷に戻って寝よう。


「痛ってーな、ソータ!!」


「おーい!! ファーギ、冒険者ギルドの緊急召集だってよっ!」


 俺に抗議しようとしたファーギに声がかかった。こっちに駆けてくるのは、ドワーフの冒険者だ。さすがSランク冒険者、ファーギの切替えが早い。すぐに冒険者ギルドに向かって走り始めた。


「おいこらソータ!! お前も冒険者だろうが!!」


 冒険者ギルドの緊急召集は、強制力を持つ。


「眠たいのにな……」


 ファーギを追って走り始めた。

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