第44話 ターニングポイント1

「え、やだ。なんで殴るの?」


 ふむ……。弥山ややまの声音や表情は俺のじーちゃんを殺した反応ではない。

 彼女は三次元映像ホログラムを解除しているので、だいたいの機微はわかる。俺の態度を見て、修道服の弥山は少し後ずさりをして怯えたのだ。


「とりあえず座ろうか。話を聞きたい」


 広場のドワーフたちは、時間的に酔っ払いが多い。高らかな歌声と陽気な笑い声が飛び交う空間はとても心地がいい。


「……分かった」


 広場の屋台で、ワイルドボアの串焼きと謎フルーツジュースを買う。それを弥山に渡し、二人でベンチに座った。


「なあ弥山……俺のじーちゃん――板垣教授がどうなったのか知ってるよな?」


「……ええ」


「なら、どうしてそんな態度なんだ!! 悪いと思ってないのか!!」


 悪びれもせず、気後れもせず、恥じ入ることもなく応えた弥山に、思わず怒鳴ってしまった。自分にはまだ感情が残っているのだな、と思案しつつ、一旦落ち着いて続ける。


「お前ら四人の誰が教授を殺した? リキッド 液状 ナノマシン生体分子とクオンタムブ量子脳レインのデータは何処だ?」


「えっ!?」


 クッソ、またか! こいつ意図的に知らない振りをしているのなら、マジでボコボコにしてやる!

 だけど、こんなにまで知らんぷり出来るものなのか? ヒトを殺して、こんな態度をとれるのか?


「もう一度聞く。……誰が俺のじーちゃんを殺した?」


「え……? 殺してないし、たぶん・・・死んでないよ?」


 こいつ記憶喪失にでもなってんのか? 俺はじーちゃんの葬式に出て、火葬場で遺骨を骨壺に詰めたんだぞ?

 いや、落ち着こう。話を聞いてから判断しなければ。


たぶん・・・ってどういう事だ。説明してくれ」


「えっと――」


 ある日、弥山を含めた四人の自宅に手紙が届いたそうだ。

 送り主は板垣いたがき兵太ひょうた。俺のじーちゃんだ。


 その内容は、異世界で人間が居住可能なのか調査しに行く、というものだった。

 急いで研究室に集まった四人は、リキッド 液状 ナノマシン生体分子とクオンタムブ量子脳レインのデータ紛失に気付き、体液をリキッドナノマシンと入れ替えた手術の跡を発見。

 四人はその場で決意し、板垣教授を追った。


 何故なら、温暖化で気候が劇変する地球で、人類が生き残る唯一の可能性を見いだせたのは、クオンタムブ量子脳レインを移植し、リキッドナノマシンを制御することだったからだ。

 過酷な環境に耐えうるニンゲンになろうとした。それが俺たちの研究だった。


 じーちゃんはそれをデータごと持ち去ったと?


 医療用メディカル液状リキッド生体分子ナノマシンを改良し、異常増殖グレイグーを抑えるために、クオンタムブ量子脳レインを開発した。制御するための汎用人工知能を組んだのは俺だ。


 それを実現するために、国からばく大な予算が出ていたので、論考、実験、検証、試作は順調に進んでいた。


 俺は自分の手のひらを見つめる。

 何ら変哲のない手だ。

 しかしその中には血液ではなく、銀色の液状リキッド生体分子ナノマシンが流れている。


 なるほど……。弥山が言ったことは筋が通る。

 だけど、二つ不明な点がある。

 じーちゃんの遺体があったこと。それと、あのふざけた置き手紙だ。


「ソータ君、本当に慌てていたのね……」


 二つの疑問をぶつけると、弥山は悲しげな顔で話し始めた。

 じーちゃんの遺体だと思っていたのは、iPS細胞で造り出された偽物。

 置き手紙は、板垣いたがき兵太ひょうたが書いたもの。目的はおそらく、俺も弥山たちと同じく、教授を追わせるため。


「その話が本当だったとして、何で俺に連絡しないでこの世界に来たんだ?」


「あんたスマホ持ってないじゃん。一刻も早くクオンタムブレインのデータを取り戻さなきゃ、でしょ?」


 確かにそうだ。ぐうの音も出ない。

 だけど納得できたかも。火葬場で見たじいちゃんの骨、肋骨の数が少なかったり喉仏がなかったり、おかしな点があったのだ。

 それに、よくよく思い出してみると、あの置き手紙の筆跡はじーちゃんのものだ。幼いときから、じーちゃんの手書き論文を読んでいたので間違いない。


 やはり俺は怒りで心が曇り、衝動的に動いて判断を誤っていた。


「ごめんな……めちゃくちゃ疑ってた」


「そこはお互い様よ。騙されたのはソータ君だけじゃない!! あたしたち五人は、板垣いたがき兵太ひょうた教授の思惑で動かされただけ」


「思惑? じーちゃんはこの世界の調査に来たんじゃ――」


 いや……温暖化が止まらない地球では、異世界へのゲートを開くための競争が始まっていた。早い者勝ちで異世界へ移住して国土を増やす、そんな論調だ。


 日本国内でもそうだ。


 俺たちの研究費を出していたのは政府……。もしこの研究が温暖化に耐えうるヒトになるという実験ではなく、異世界の環境に対応する為のものだとしたら?

 ――――あり得るな。


「その顔……自力で結論が出たみたいね? ほら、これ見て?」


 弥山の指先から半透明なパネルが出てきた。彼女が得意な三次元映像ホログラムだ。そこには一枚のコピー用紙が映されている。内容は国防大臣からじーちゃん宛ての指示書だった。


「日本と異世界を繋ぐ大規模なゲートの発見、及び移住候補地の選定。……マジかこれ」


「そっ、磁性粒子加速器でゲートを開いても、すぐ閉じちゃうでしょ? セルンの大きなゲートは、あれ以来成功してないし。だからこっちの世界で、日本と繋げる大きなゲートを探してるみたい。日本の人口は一億六千万。ちょっとやそっとじゃ、全員移住できないからね」


「じーちゃん一人で来てんのか?」


「まさか~。板垣教授のお供が何人か居るみたい。どれくらい居るか掴めてないけど、クオンタムブレインでリキッドナノマシンを制御している人物が、板垣教授を含めて最低でも八人いるはずよ?」


「八人……? っ!?」


「そそ、治験するために検品待ちだったクオンタムブレインは五個。でもさ、試作品の八個がなくなってたでしょ? そっちを教授が使ったみたい」


 弥山ややま明日香あすか佐山さやま弘樹ひろき鳥垣とりがき紀彦としひこ伊差川いさかわすずめ。この四人と俺、合わせて五人が完成品のクオンタムブレインを使っている。

 そのバージョンアップ版で、まだ調整中だった八個がじーちゃんの手に渡ったのか……。


「弥山……済まない。俺の身内が……」


「謝る必要は無いよ? あたしを助けに来てくれたじゃん? ね? そうでしょ? ね? ね? ね?」


「ああ、いや、それはだな……」


「ん~? 何かな、ソータ君」


「いや……ボコろうと思ってさ」


「んー? 聞こえないな~」


「お前を助けた後に、ボコボコにする予定だったんだよ!!」


「おー、すごいすごい! できるもんならやってみろ、こんの野郎!!」


 胸ぐらを掴まれて持ち上げられた。こいつもクオンタムブレインを移植し、リキッドナノマシンを制御しているんだよな……。この怪力も頷ける。

 わめきながら俺をブンブン振り回す弥山は、ため込んで爆発するタイプだ。


 ん? でも待てよ?


「おい、ちょっと待て弥山。お前何で獣人自治区に監禁されてたんだ? 自力で脱出できるだろ?」


「え、あんたの噂ばかり耳に入って、なかなか合流できないからじゃない!!」


 うおおおお!? 火に油を注いでしまった!!

 めちゃくちゃ振り回されて、見物人が集まってきてる!!


「すげえなー黒髪の嬢ちゃん、殺っちまって構わねぇぞー」「痴話喧嘩かー?」「あたし、ちょん切るの手伝ってあげようかー?」「おーい、ファーギ!! おもしれえ事やってんぞー!!」


 弥山が応援されている。男女二人が居て、女性が激怒。こんな状況で、男性が悪役になるのは世の常。


「おー! ソータやられてんなー、ぎゃははははは!!」


 ファーギのクソジジイまで来やがった。後でぶん殴る!!


「ふう……このへんにしといてやるわ」


 スッと真顔になった弥山が、俺を地面に立たせる。どこら辺で着火したのかよく分からないけれど、消火してよかった。


 とりあえずファーギの髭をちぎろう。……いない。逃げたな。まあいいか。


「ソータ君」


「なんだ」


「板垣教授は、おつきがいるから大丈夫。それより獣人が召喚してるデーモンを何とかすなきゃ。あれがいると、この世界がぐちゃぐちゃになっちゃう。移住できなくなったら困るし、だから――」


「分かってる。こっちも乗り掛かった船だ」


「ふう……、あんたのことだから、教授を追うって言いかねないと思ってたんだけど、聞き分けがよくてホッとしたわ」


 弥山はしばらくラビントンに滞在するといい、宿を探すため人波に消えていった。あいつらは修道騎士団クインテットと協力関係があるので、今回の作戦の行方を知りたいという。元々俺と合流する予定もあって、一石二鳥だと言っていた。


 佐山たち三人は、じーちゃんを捜すために、サンルカル王国の王都パラメダを目指しているそうだ。


 立ち去る前に、弥山は俺にこれからどうするのか聞いてきた。獣人の件が片付いた後、弥山たちと一緒に板垣教授を追うのか、それとも日本へ帰る方法を探すのかと。

 だけど、俺はそれに即答することができなかった……。


 第一の目標だった、殺人犯であろう弥山たち四人をボコって捕まえるとうものが、俺の勘違いだと分かった。おまけにじーちゃんの行動が謎だ。わざわざあの四人に手紙を送って、俺に置き手紙をして……この世界へ来るように誘っている。


 何やってんだよじーちゃん……。俺の唯一の肉親じゃねぇかよ……。


「さてと……」


 何でこんな事しなきゃいけないんだと思いつつ、弥山の言葉を裏付けるために必要な行為だと正当化する。

 さっき振り回される前、俺は弥山の内ポケットからメモ帳をスリ取ったのだ。


 メモを取るのは、あいつの癖だ。隅々まで読み込んでいくと、弥山が言ったことはおおよそ間違ってはいないと分かった。

 一つだけウソがあった。弥山たちは既にじーちゃんと接触しているという事だ。


 居場所も分かった。


「行くか……」


 俺は路地裏へ移動し、空を舞った。

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