第43話 弥山

 殴りかかってくるドリー・ディクソンの動きは、あまりにも変則的だ。ジグザグに動いているのは分かるけど、その動きが速すぎて瞬間移動しているように見える。

 おかげで久し振りに時間が引き延ばされる感覚になったけど、それでも動きを追いきれない。


 ――ドンッ


 避けなければ、と思ったが遅かった。

 障壁にヒビが入る打撃を受け、後ろに吹っ飛ばされる。


 何だあの構えは……?

 中国拳法のような拳のつき出し方。

 スキルと武術を組み合わせたような動き。


 次の瞬間ドリーが眼前にいた。

 考えている場合じゃないな。

 俺は障壁を張り直し、ついでにドリーにも障壁を張って閉じ込める。


 だけど、……簡単に破りやがった。

 ドリーの打撃で、障壁がシャボン玉みたいに弾けたのだ。


「そっちは違うだろうがっ!!」


 ドリーは横にあるドアを破壊し、中に居るシスターに殴りかかった。

 シスターの障壁が割られたけど、すぐに張り直したので無事だ。


 拙いな……、このままここで戦えば、シスターたちを守れないかもしれない。


「ソータ殿!?」


「悪いな、付き合ってらんねぇんだ」


 弥山を含む全員の障壁を浮遊魔法で浮かばせ、一気に天井を破って上空へ逃がした。


「待って下さい!? 行かないで!!」


「あんだけ攻撃してきたのに、今さら何言ってんだ? 交渉するなら、もっとマシな手を使えクソゴリラ」


 俺も宙に浮かび、天井を突き破って脱出した。


 月の明かりの下、上空八千メートル辺りまで上昇する。ここならもう、獣人たちから攻撃されないだろう。


 弥山とシスターたち、亡くなった二名のシスターも、個別に張った障壁の中で浮かんでいる。結構な負荷がかかるな。三十人ほどの人数を宙に浮かせているのだから。


「一旦ここから離れる。シスターさんたち、俺と一緒に来る? 行きたい場所があるならそこで降ろすけど」


「一緒に行きます!!」


 シスター全員に凄い勢いで応えられた。一旦全員ミゼルファート帝国に連れて行こう。

 弥山は嫌といっても連れて行く。こいつが殺人を犯したという自覚が無さそうなことも含めて、色々聞かなきゃいけない。

 どっちにしてもボコるけどな。


 球形の障壁を流線形に変える。


「んじゃ行くぞー」


 俺はミゼルファート帝国と逆方向に向けて飛行を始めた。目立つように全員で音速を超えると、連続して衝撃波が発生。地上には爆音が届き、俺たちが向かう方向が分かるはずだ。


 しばらく飛び続けて急下降し、亜音速まで落とす。

 そして谷間にある、開けた場所に俺たちは着陸した。


 シスターたちは、亡くなった二人に祈りを捧げている。

 弥山も思い出したように祈り始めた。こいつ、やっぱ帰依してないな……。


「ちょっといいか?」


 草の上に並べて寝かされているシスターに近付いて跪く。二人とも毒を噴霧されて亡くなったので、とても苦しそうな表情のままだ。俺は彼女たちの額に手を乗せ魔法を使った。

 マイアに教えてもらった回復魔法、治療魔法、解毒魔法、再生魔法を同時に使う。魔力ではなく神威を使って。


 彼女たちを何とか甦らせたい。

 俺が神の末席に加えられたのなら……出来るはず。

 冥界の神、ディース・パテルなんて知ったこっちゃない。


 アスクレピウスに呼び出された前にいた場所を思い浮かべる。

 戻ってこい。

 あのゲートをくぐる前に。


 俺の手が白く光り、シスター二人の全身が輝きはじめた。


『ハハラマ、ヤハス、ミコイレリアン…………レヴィア』


 汎用人工知能が知らない言語……呪文のようなものを唱えると、シスター二人の呼吸が戻った。

 唾液だえき誤嚥ごえんで途端に咳き込みはじめたので、仰向けから横向きにする。


 しばらくすると呼吸が安定し、二人とも寝息に変った。

 状態が安定するまでどれくらいかかるのか分からないが、低空飛行でそっと運ぼう。


『助かったよ』

『どういたしまして~』


 今の呪文がなければ、生き返らせることが出来なかった気がする。それを見越して汎用人工知能がアシストしたのだろう。凄い成長して嬉しいよ俺は。


「さて、ミゼルファート帝国へ出発だ」

「ちょ、ちょっと待って下さい!! 何が? 何をなさったのですか?」


 シスターの一人が俺の胸ぐらを掴んで問い詰めてくる。ものすごい形相だ。


「お待ちなさい。この方は獣人のエリスを甦らせた方ですよ? 控えなさい……」


 止めに入ったシスターの一人。見たことあるなこの人、……あ、エリスを心肺蘇生したときに居たシスターだ。

 その声を聞いたシスターたちが、全員両膝を付いて両手を組む。その視線の先に居るのは俺だ。そして、涙を流しながら目を閉じて祈りはじめた。


 イーデン教のシスターの前で、死んだニンゲンを甦らせたらこうなることくらい分かるはずだ。焦っていたのか俺は。何とかしなきゃ、という一心でやったのに。


 あと弥山、お前も修道服を着ているのなら俺に祈れ。信仰が無いと思われるぞ?


「えっと、みなさん……、この事は他言無用でお願いします。噂になればいらぬ騒動が起こると思うので」


「はいっ!! 身命を賭して御身のお言葉を順守いたします!!」


 弥山以外そう応えてくれたけど、人の口に戸は立てられぬって言葉もあるしな。何かあったときは……逃げるか。


「弥山、お前もこの事は他言無用だぞ?」

「う、うん」


 マイアの姿をしている弥山には、日本語で話す。何だ、歯切れが悪いな。まあ色々聞くのは後だ。さっさとミゼルファート帝国へ戻ろう。


 かなり遠回りをして、ミゼルファート帝国の首都ラビントンに到着した。

 もちろん追っ手の目をくらませるためだ。亜音速で飛ぶ俺たちを、獣人たちが追えるとは思えないけど、一応念の為だ。


 おかげで到着したのは昼過ぎ。

 そして俺は、また槍を突きつけられていた。


「どっかで見た顔だな、密入国者!!」


 この前見たドワーフの衛兵たちがめっちゃ怒っている。周囲の野次馬も、またか、といった雰囲気だ。


 イーデン教のシスターたちも同じく、衛兵たちに槍を突きつけられている。

 蘇った二人はまだ寝ているので、さっさと病院に連れて行きたいんだけど……。


「衛兵の皆さんご苦労様。再三ご迷惑をおかけして申し訳ありません」


 人垣を分けてきたのは前回と同じく、グレイス・バーンズだ。透き通る青い眼でちょっと睨まれたのは、俺が勝手な行動を取ったからだろう。


「ソータ様、シスターの皆様、こちらへどうぞ」


 眠っているシスターの二人は、ドワーフの衛兵が担架で運んでいる。他は普通に歩いているけど、俺だけロープで拘束され、グレイスの案内で屋敷へ向かった。


 ミッシー、マイア、ファーギの三人と口裏を合わせているので、上手くやってくれることを祈ろう。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 グレイスの屋敷にある会議室。そこでは、ミッシーとマイア、エルフの長老とサラ第二王女、それに加え救出されたシスターたちが座っていた。


 この場に居ないソータは、屋敷の地下に閉じ込められていた。


「今回の軍事行動に影響が出かねない行動を取ったソータ様、彼の行動について理由を知っている者はいますか?」


 壇上のグレイス・バーンズの声に、誰も反応しない。窓が開け放たれ爽やかな風が舞い込む会議室だが、彼女の言葉で重苦しい空気へ変化した。


「ソータ様は地下の小部屋で拘束しています。万が一裏切り行為があったのなら、処分しなければなりません。些細な情報でもいいので、何か教えていただけませんか?」


「はい!」


「何か知ってるのか、マイア」


 手を挙げたマイアは、ソータの弁護をはじめる。ソータはイーデン教のシスターと、現在進行形で協力関係にあるアスカ弥山を救出に行ったのだと。

 同じ修道騎士団クインテットの一員であるグレイスも、地球人の協力者である弥山のことは知っている。


 そしてその事が極秘になっていることも。


 マイアと同じ顔の弥山はこの場には居ない。弥山はマイアと鉢合わせする前に、姿を隠したようだ。

 弥山とマイアが入れ替わっている事を知らない、シスターたちがざわめく。


 アスカとは誰なんだ、と言って。


 グレイスはその問いに、アスカのことは修道騎士団クインテットの極秘作戦だと言い、何も話すことは無かった。


「お待ちくださいっ! 今は会議中です!!」


 部屋の外から執事の慌てた声が聞こえてくる。するとドアが乱暴に開かれ、武装したファーギが入ってきた。

 頭を抱えるグレイス。この二人はどうやら知り合いのようだ。あまりいい関係には見えない。


「スワロウテイルで行ってきたんだよ、Sランク冒険者として!! シスターたちが監禁されているのなら、助けに行くのが筋だろ? もちろん無報酬だから、冒険者ギルドの規則違反にならないぞ!!」


 一気にまくし立てるファーギ。


「えっと、計画を立てたのは私だ。今回の作戦は私と一緒に、ソータとファーギの三人で決行した」


 しれっとミッシーが手を挙げて発言すると、グレイスはプルプル震えながら両手で頭を抱えた。


「獣人たちには、こちらの動きを察知されてないのですね……?」


 ミッシー、マイア、ファーギの三名が頷く。

 グレイスはあくまで今回の軍事作戦への影響を心配しているのだ。


「たしかにソータ様が単独で、しかもたった一昼夜そこらで、そこのシスターたちをミゼルファート帝国に連れ帰ることは不可能ですね……。では改めて伺います――」


 グレイスは、修道騎士団クインテット、ミゼルファート帝国、ルンドストロム王国、ゴブリンの里、この四つの動きが獣人自治区にバレていないかと尋ねた。


 ミッシー、マイア、ファーギは当たり前のように肯定する。

 ソータは裏切ってないし、こちらの軍事行動はバレていないと。


 二度も確認して、グレイスは渋々ながらも納得したようだ。


 一方、全然違った話になっていることに疑問を持つシスターたち。ソータが一人で救出しに来たのに、と思いつつ彼女たちは黙ることを選択した。

 このままいけば、ソータが無罪放免になりそうだと感じたからだ。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 俺の特異な力を知った、ミッシー、マイア、ファーギは、弥山を単独で救出しに行くことに同意してくれた。説得に時間がかかったけれど。

 弥山を連れて戻れば、あんな遠くにある獣人自治区からどうやって? と聞かれるのは分かっていたので、その辺の口裏を合わせていたのだ。


 まさかあんな大勢いるとは思っていなかったけれど。


 まあでも無事に釈放。俺は無罪放免となった。


「よっ! 一発殴らせろや」


 空が赤らむ時間。街中の広場で見つけたのは、黒眼黒髪のショートボブ、少したれ目の弥山ややま明日香あすかがひとり佇んでいた。

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