第42話 ゴリラ区長

 ドワーフの国、ミゼルファート帝国から、浮遊魔法と障壁を用いて移動する。音速を超えて飛べばあっという間だが、衝撃波の爆音が響くため控えた。


 おかげで時間がかかってしまい、獣人自治区パトリアに到着したのは真夜中となった。秘密裏に弥山ややまの奪還する予定なので、こっちの方が都合がいい。正面切って殴り込みに行くのではなく、誰にも見つからずに済めば百点満点。


 まん丸い月が、眼下に見える獣人自治区を明るく照らしている。


「いくか……」


 風の魔法で姿を消し、高高度から真っ逆さまに落ちていく。イーデン教の鐘楼しょうろうに近付いて減速し、ふわりと塔に降り立つ。周囲を確認すると、風景は前と変わり無い。人通りが少ないのは、既に深夜だからだ。


 ミッシーに書いてもらった地図をポケットから出す。弥山が捕まっているなら、自治区の庁舎か、冒険者ギルドだと言われた。ただ、先日爆破騒ぎがあったので、冒険者ギルドは可能性が低い。


 獣人自治区は人口百五十万の大都市。それなりの広さがあるので、地図を見ながら空を飛んで庁舎を目指す。しばらくすると、二十階建てくらいの大きな建物が見えてきた。


 あれが庁舎かな? 地図を見るとあの建物だけど、石造りであんなの建てることができるのか? 建築方面は疎いのでよく分からないけれど、継目が無くツルッとした外壁が異質に感じられる。

 周囲の建物と比べて、明らかに違う技術が使われている。


 誰もいないので、とりあえず屋上に降りる。

 今度はマイアが描いた地図を出し、庁舎の内部を確認する。彼女はイーデン教の助祭として、獣人自治区の調査をやっていたので、この庁舎の中身もかなり詳しく知っていた。


「最上階から二つ下ね」


 犯罪者を勾留するなら地下牢、というイメージだ。しかしこの庁舎は高いところに勾留施設がある。まるで日本の警察署だ。


 庁舎内部の気配を探る。マイアの地図に書いてあるとおり、庁舎内部の気配は上階に集中している。一階と二階の気配は、警備や緊急対応の獣人たちだろう。最上階にある気配が一つ。まったく動いていないけど、こいつに見つからないよう気を付けなければ。


 リキッドナノマシンの針で、ドアの蝶番ちょうつがいを溶かして中に潜入。灯りは無くまっ暗なので、気配を探りながら階段を下りていく。マイアの地図だと、ここだな。屋上から二階降りた階層のドアを開け――る事が出来なかった。


『防御魔法陣を確認。解除します』


『さんきゅ』


 ドアを開けると同時に総毛立つ。本当に全身の毛が立ったぞ? 突如現われた気配から、純粋な殺戮衝動を感じたのだ。一応気配を探りながら来たのに、と思って確認すると、今開けたドア以外、壁や天井にまで魔法陣がたくさん描いてあった。


 しくじった。獣人自治区の中心部なのに、侵入者対策が何も無いなんてあり得ないよな……。


 ただし、俺は姿と気配を消している。殺戮衝動の主からはまだ見つかっていないので、ゆっくりドアをくぐった。

 上も下も壁も、すべてツルッとした石造で、継ぎ目がない。左右に広がる廊下は、たくさんのドアがあり、ガラス製の小さな小窓が付いている。


 その中に気配が一つずつあるので、捕らえられたニンゲンたちは個室、というか独房のような部屋に監禁されているのだろう。数十名はいるな……。弥山の気配を探ってみたけど、分からん。

 俺が気配を探れるようになったのは、あいつらが逃げた後だし。


 殺戮衝動の主が動き出した。小窓の中を確認して回る俺に気付いたみたいだな。でも、どうやって? 姿も気配も消しているのに。


 殺戮衝動とモーター音とタイヤの音が近付いてくる。


 ん?


 どういうこと? タイヤはミゼルファート帝国で見たけど、この世界にモーター?


 ちょっと慌てていると、曲がり角から音の主が姿を現した。


 平たい形で六本の足が生えた多脚ロボット。横になったニンゲンと同じくらいの大きさで、銀色の機体には赤く光る何かのセンサーが付いている。脚の先は黒いゴム製のタイヤが付いていた。

 虫型のロボット? 地球の技術か? とも思ったけれど、ロボットに殺戮衝動の気配があるっておかしくね?


 そんなことを考えていると、多脚ロボットの背中から、銃のようなものが出てきた。


 完全に見つかってるな。

 こいつがロボットなら、足音や体温で俺を感知したのかもしれない。と言うかそうだろうな。


 多脚ロボットから魔力が膨れ上がると、青いビーム光線が放たれ、俺が張った障壁に弾かれて天井に穴を開けた。

 爆発しないところを見ると、貫通力に特化した兵器のようだ。これ誰が作ったんだ?


 いや、考えるのは後にしよう。


 俺は多脚ロボットを障壁の中に閉じ込める。それに気付かず、二発目の青いビームを放った多脚ロボットは、障壁に反射されたビームで自らを穴だらけにした。


 多脚ロボットが完全に壊れてホッとする間もなく、他の気配が多数現われた。

 警備ロボットが一台だけのはずは無いか……。


 その気配はこのフロアに十四。俺がそれを全て障壁の中に閉じ込めると、慌てる気配が伝わってくる。なんだこのロボット、感情もあるのか? ……汎用人工知能どころじゃないな。


『……』

『何だよ……』


 汎用人工知能から無言の抗議を受けた気がした。でも構っている場合じゃない。

 障壁を一気に圧縮して、全ての多脚ロボットを圧壊させる。


 とりあえず片付いたけ。しかし一発目のビームが建物を突き抜けて夜空へ昇った可能性がある。人通りが少ないとはいえ、目撃者がいたら騒ぎになりそうだ。

 俺は急いで小窓を確認していく。今の騒ぎで小部屋の中に居るニンゲンは全員起きているので確認しやすい。


 お、いたいた。あれマイアだな。


 小窓からこっちを見ている人物は、修道服を着たマイア・カムストック。風の魔法の効力を止めて姿を現すと、俺の顔を見てめちゃくちゃ驚いている。

 でもこいつはマイアでは無い。彼女はそもそもミゼルファート帝国に居るし。


 蝶番ちょうつがいをリキッドナノマシンの針で焼き切り、ドアを開ける。


「助けに来たぞ」

「あ、ありがとうございます。イーデン教の女神、アスクレピウス様のご加護を……」

「弥山……、いま日本語で話してるの分かってる?」

「えっ!? ええぇっ!! 騙したの? ねえ騙したの? 颯太ソータくん酷いんじゃないしょれ!? 驚かそうと思ってたのにいぃ!!」


 アホかこいつは……。簡単な無意識アンコンシャスバイアスに引っかかりやがって。あと、こいつが弥山だとも確定した。

 ただ……こいつの反応が気になる。俺のじいちゃんを殺したのに、そんなもの無かったような反応。研究室で仲良くしていたときと変らないのだ。


「噛むほどビックリしたのか? とりあえず脱出だ。行くぞ」


「ちょ待って!! このフロアに閉じ込められているのは、イーデン教のシスターたちなの。置去りに出来ないわ!!」


 マジか……。というか、マイアもそんな事言っていた。弥山を抱っこして飛んでいくつもりだったけど、このフロアの気配は数十名いる。どうすっかな。


 ――――ドンッ!!


 天井が破れ、ゴリラが落ちてきた。

 いや、ゴリラ獣人だ。


 身長三メートルで筋骨隆々、服装はこの街で見かけた女性用のもので、上流階級のそれだ。

 おそらくこいつは、獣人自治区の区長ドリー・ディクソン。最上階の気配はこいつだったか。


「泊まり込みで仕事をやっていたのですが、……あらやだ、侵入者ですか?」


 その登場の仕方とは違い、とても丁寧なしゃべり方だ。というか本当に女性なのか?


「弥山、部屋に戻ってろ」

「え、ええ、でも、ここじゃ魔法が使えないわよ? ソータくんも捕まっちゃうわ……」


 いやいや、俺は風の魔法で姿を消してたけど。


「マイア・カムストックを奪還しに来たのですね? まさか空から来るとは知らず、歓迎の準備が整っておりませんでした。はじめまして。私はドリー・ディクソン。よろしくお願いしますね――奇跡の冒険者、ソータ・イタガキ殿」


「なんだそれ? 奇跡なんて起こしたこと無いぞ?」


「いえいえ、エリス・バークワースを、死の淵から甦らせたじゃありませんか」


 ああ、そうだったな。あの時の話が尾ヒレ付きで広まったのか。


「だからなんだ? 俺はイーデン教のシスターを助けに来たんだ。どんな歓迎だか知らないけど、受けるつもりはない」


「うふふ……勘違いなさってますね。私たちはソータ殿を捕らえるために、イーデン教のシスターを拘束していたのです。あなたには獣人の国家を成立させるために、戦で死んだ獣人を甦らせていただきたいのです。ご協力願えますか? いえ、協力していただきます」


 このフロアにいるシスターたちは、俺を誘き寄せるための罠だった。えらく強気に出てきたけど、何だその余裕は?


 ――っ!?


 このフロアにいるシスターの気配が一人消えた。ニンゲンが死んだときの消え方だ……。


「おや……。やはり気付きましたか。この独房は、個別に致死性の毒薬を噴霧出来るのです。ソータ殿が協力すると言うまで、ここに居るシスターを順番に殺していきます。あ、早めに頷いた方がいいですよ?」


 ドリー・ディクソンが喋っている間に、また一人死んだ。


 クソッ!! えげつない手を使ってきやがる。


「……断る」


「おやおや、ひとでなしですねぇ。ソータ殿は、イーデン教から聖人認定されるというのに」


 聞いてない、そんな話。俺が矢面に立つことは、やぶさかでない、だけど崇められるのはお断りだ。面倒くさい。

 というか聖人認定とかウソだろ。それならマイアが言ってくるはずだし。ドリーは何としてでも俺に協力させたいみたいだ。

 しかし、もう毒薬は効かないぞ? 弥山を含め、このフロアにいるシスター全員を障壁で囲んだからな。亡くなったシスターも全て。


 階下から複数の気配が上がってくる。たしかこの建物にはエレベーターもあったな。異常に気付い獣人が確認しに来ているのだろう。


「ひとでなしねぇ」


 翻訳がどうなってるのか知らんけど、ヒトで無いのは目の前にいるドリー・ディクソンだ。奴の胸の辺りに小さいデーモンの気配があるし。つまり、こいつもデーモンを憑依させているってことだ。


「おや? ……何をなさったのですか?」


 シスターが死ななくなったことに気付いたようだ。聞かれて答えるつもりはない。


 ゴリラ獣人のドリー・ディクソンは、腰を落として構える。どうやら肉弾戦が得意のようだ。しかし、俺はここで戦うつもりは無い。

 大暴れしてもいいけど、デーモンを憑依させていない獣人に被害を与えたくない。


 人口が百五十万でも、武装蜂起するのは約五万だと聞いた。だから大多数は非戦闘員なのだ。

 獣人全員がデーモンを憑依しているわけじゃない、と思いたい。

 一抹の不安は雲の如く心を不透明にする。臆測だけど、そうでないことを信じよう。


「さすが聖人殿……シスターの死を回避なさるとは」


 柔らかい物言いのドリーは、牙を剥きだして殴りかかってきた。

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