第41話 竜神オルズ
自らを竜神と名乗るオルズ。彼が意識を失ってからおよそ一時間が経過した。一向に目を覚ます気配がないので、俺は神殿内を散策することにした。目覚めた暁には、あの迷惑な念話についての苦情をしっかり伝えなければ。
しかし、何もかもが巨大だ。恐らくドラゴンの姿で神殿内を闊歩していたのだろう。そうなると、先ほどヒトの姿に変化していたのは、やはりデーモンだったのだろうか。
巨大な魔法陣もあったし、誰かが竜神にデーモンを憑依させようとしたのだろうか……? 人の心を読んでしまうような存在が、そんな単純な罠に引っ掛かるのだろうか?
疑問は尽きない。
空間魔法によって拡張された神殿内には、大きな扉があった。高さは十メートルほどあり、あの巨大なドラゴンですら通れない大きさだ。
「つまり、人化もできるということか?」
「ああ、助かったぞソータ」
オルズの気配が動き始めたので、元の場所に戻ると、そこには無精髭を生やし、金髪碧眼のイケオジが立っていた。彼は俺に向かって手を振っている。あの真っ黒なドラゴンだったとは信じがたい。
「とりあえず、さっきみたいな迷惑な念話は勘弁してくれ。それじゃあまた」
デーモンの気配は感じられない。憑依には失敗したのだろう。
「おいおい、待て待て、竜神様である俺が何故助けを求めたのか、知りたくないのか?」
「知りたくない。これ以上厄介事に巻き込まれたくないからな」
「つれないなぁ……冥界の大物がこの世界で暗躍しているというのに」
「……大物?」
脳裏をよぎるのは、影のような姿をしたメフィスト。
「眠っていたとはいえ、俺にデーモンを憑依させるための魔法陣を、気付かれずに描くことができるやつなんてそうはいない。そいつは冥界から来たリアットというやつで、最近現実世界で暗躍しているんだ」
「デーモンって、誰かに憑依しないとこの世界で活動できないんじゃなかったの?」
「それは小者の話だ。大物は余裕でこの世界に存在できる。だが、俺たち神々が討伐するから、なかなか姿を現すことはない。しかし今回は何故か大物が出てきている。ソータ、お前はアスクレピウスに会ったそうだな? ソータを見ているとそんな感じはしないが、地球人ってやつらはどうなんだ? デーモンと契約するような輩はいるのか?」
おお? 地球人が疑われているのか……。オルズはアスクレピウスと情報共有しているようだ。
「そうだ。密に連絡を取り合っている。俺は現実世界にいるから、情報を分断するため真っ先に狙われたんだろう」
ああ、やはり心を読まれているのか……。
「地球人の件は……正直言って分からない。デーモンと契約するような悪魔崇拝者については、ネットニュースや、そういった類のサイトでチラッと見たことがあるだけだし、あくまで伝聞の域を出ない」
「ねっとにうす? さいと?」
「あー、実際にこの目で見たことは無いし、そういった輩と会ったことも無いという意味だ」
「……可能性はあるか? デーモンを呼び出すような輩が、地球人の中にいると」
「俺は地球人だ……だからあまり言いたくないが、大いにあると思う……。迷惑をかけて申し訳ない」
この場で頭を下げるくらいしかできない。
地球人、マジで何やってんの。この世界と交渉するんじゃなかったのか?
万が一、地球人の一部がデーモンと交渉し、この世界を我が物にしようとしているのなら……。
俺はそいつらと敵対しよう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
帝都ラビントンへ戻り、冒険者ギルドのドアをくぐる。昼間来たときよりも酒の臭いが充満し、方々から酔っ払いの騒ぐ声が聞こえてくる。居酒屋を思い出すな、この感じ……。
「遅っせえぞ、ソータあぁ」
ミッシーたちが居るテーブル席に近付くと、ベロンベロンに酔っぱらったマイアが抱きついてきた。
酒と髪の匂いが鼻腔をくぐる。グイグイ押しつけてくるものが割と大きい。
「マイアぁぁぁ、貴様私のソータに手を出すとはいい度胸だなぁ、おーん?」
ミッシーがマイアを引っ剥がす。いつもサラサラの緑髪が、ボサボサになっていた。……酒癖悪そうだな、この二人。
一方ファーギは、不貞腐れた顔で肘をついている。話ができそうなのは彼だけだ。
「遅くなってすまない。ワイバーンはどうなった?」
席に座って話しかける。
ミッシーとマイアはほっぺたを引っ張り合っている。仲が良さそうでなにより。
「それがなぁ……ワイバーンの腹の中から、討伐に出た冒険者たちの装備がいくつか見つかって、報酬が遺族にも行くことになっちまったんだ。見舞金って形でな……」
「つまり報酬が減ったと?」
「そーだよ……赤字だ赤字!!」
言いたいことは分かるが、見舞金くらいいいんじゃないの? それくらいのセーフティーネットが無きゃ、命がけの冒険者なんてやってらんないだろうし。
「んで、なんも話してなかったけど、四人の報酬は山分けでいいんだよな?」
「そうだ。一人頭十万ゴールドだ」
「は?」
たしか五百万ゴールドの依頼だったような……? 五百万を四人で山分けして、百二十五万だと思ってたが十万?
見舞金はそんなに高くないと思ったが、手取り十万円しかない?
「わかる……そんな顔になるよなぁ」
ファーギが俺の顔を見ながら言う。
「減りすぎだろ! クソボケが!」
あー、でも、五十人の冒険者が帰ってきていない、って言ってたな……。それじゃ仕方がないか。
「カウンターに行って報酬を受け取ってこい」
「ああ、わかった……」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
あれから十日経った。俺はミッシーとマイアから魔法の使い方を教えてもらい、冒険者ギルドでお金を稼ぐ。
イーデン教の信者で無い俺が、回復魔法、治療魔法、解毒魔法、再生魔法の四種が使えるようになると、マイアが絶句していた。
ミッシーは俺が使う風の魔法を見ると、あまりにも強力すぎると言って落ち込んでいた。
何だか申し訳ない気持ちになる。そんな風に出来るのは俺の力ではなく、汎用人工知能とリキッドナノマシンのおかげなのだから。
あ、でもアスクレピウスに会ったからとか、神威を使ったから、なんて理由があるのかもしれない。
修道騎士団クインテットのグレイス・バーンズは、エルフや俺に無償で屋敷を提供している。俺たちは今、ルンドストロム王国から到着するエルフの軍を待っている状態だ。
ドワーフの国ミゼルファート帝国はすでに準備が整い、帝都ラビントン近郊にある森の中で演習を行っていた。
そんな、彼らが獣人自治区に攻め入るのはまだ先の話だ。
この世界に来て十六日目。色々なヒトから世話になっている。
女神アスクレピウスとの約束、竜神オルズの言った大物の行方、それに地球の動向。
気になることはたくさんあるが、俺は今日この帝都を発つ。
根回しもしてきたし、俺が裏切ったとは思われないだろう。
昼間雨が降ったせいで、夕焼けの赤い世界は澄んだ空気に包まれている。
「よし、弥山を助けに行くか」
グレイスの屋敷を出て、帝都ラビントンを練り歩いて路地裏へ入る。
そこで俺は障壁を張り、浮遊魔法を使った。
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