第40話 明かした秘密
障壁を張ったタイミングは、上空に現われたワイバーンの気配と巨大な魔力を感じた瞬間だった。障壁の外で荒れ狂う炎は、爆発する火球では無い。
首を落とされワイバーンの脳が無くなり、憑依しているデーモンが制御不能になったように感じる。
「これは……この障壁は、ソータが張ったのか?」
障壁の内側から見ると、上から吹き付けられる炎だと分かる。ファーギが上を向いて驚いている。
ワイバーンの魔力は長持ちせず、しばらくすると突然炎が消える。
視界が晴れると、上空から
俺は水球を放ち、ワイバーンをそこに閉じ込める。その上で魔導剣を伸ばして水球の中に神威を注入。するとデーモンの気配が暴れながら消えていった。
そのまま水球を近くに持ってきて魔法を解除すると、辺りは水浸しになり首無しワイバーンだけが残った。
風の音しか聞こえなくなった山頂で、ミッシー、マイア、ファーギ、三人ともに黙りこくっている。
「無茶苦茶だ! 障壁も水球も魔導剣も無茶苦茶だ! ソータ、何度も聞くがお前何者だ!」
「ソータさん……あたしが生き返ったことの説明がまだでしたよね……?」
「異世界人とはいえ、ここまで魔力を使いこなすニンゲンは見たことが無い。そもそも魔力の動きを感じないし……、何というか神聖な何かを感じたのだが?」
突如ダムが決壊したように問い詰められる。というか神威を感じたミッシー。つまり俺は神威を使いこなせていないって事だ。
『解析はまだ続けています』
『おう、やっちゃってください』
『了解しました』
今まで面倒くさくて引き延ばしていたが、三人の反応を見ると観念した方が良さそうだ。ただ、ファーギはどうしよう? さっき会ったばかりの人物だ。
「ファーギは大丈夫だ。私がこいつの口の悪さを保証する。あ、すまん口の硬さだ」
「あ? ミッシー貴様、テメエこの野郎、喧嘩売ってんのかっ!?」
俺の視線で気付いたミッシーが、ファーギは大丈夫だと教えてくれる。冗談を交えて。互いにSランク冒険者なので、ライバル心だったり仲間意識だったり、そんなものがあるのだろう。心の底から憎み合っているようには見えない。
大丈夫だろう。俺は異世界人であると話し、この世界に来たのは、祖父のかたきを追ってきたから、と明かす。
獣人自治区でのことを簡単に説明し、エルフの里で起こったことを話す。するとマイアが食いついてきた。
「アスクレピウス様に会ったんですか!? どのようなお姿でしたか? 慈愛に満ちたお方だと伺ってます!! どんなお話をしたんです? そこはどんな場所でした?」
マイアはイーデン教のシスターで、修道騎士団クインテットの一員。こうなるのも仕方がないか。
だから正直に話した。アスクレピウスがマイアを甦らせたと。ただ、その代わりに、この世界を制圧しようとしている地球人を何とかしろ、と約束させられたことは省いた。正直これは、俺たち地球人の問題だ。
マイアは両手を組んで両膝を付き、
「俺じゃないだろ……、神界だか天界だか知らないけど、そこにいるアスクレピウスに祈ってくれ。俺はただお願いしただけだ」
「それでもっ!」
止めてくれなさそうだ……。
んー全部話しちゃうと拙いな。神威を使ったことで神々の末席に加えられた、なんて話した日には、マイアどころかイーデン教の信者が大挙して押し寄せて来そうだ。よし、これは秘密にしておこう。
ミッシーとファーギは、まだ何か聞きたそうだ。
冥界で七万のデーモンを滅ぼしたこと、強力なデーモン、メフィストを取り逃がしたこと、そこらを話すと、三人とも驚き、考え込み、唸り声を上げ、決心した声で言う。
「この件は誰にも話してはいけない、絶対にだ。フリでは無いからな?」
見事にハモった三人の声は、突風と共にかき消されていく。というか、フリの文化があるのか。
しかし言いたいことは分かる。デーモン七万を滅ぼす力を持つニンゲン。神威を使ったとは言ってないけど、そんな力を使えるニンゲンが居ると分かれば、それを利用しようとする輩が押し寄せてくるだろう。危険視されて暗殺されるかもしれないし、俺に近しいヒトが人質に取られて脅される可能性もある。
そんな面倒ごとに巻き込まれたら、佐山たちをボコるどころの話では無くなる。元々吹聴する気は無いけど。
「とりあえずさ、ワイバーン討伐完了の報告しに戻ったほうがいいんじゃない?」
話が一段落したところで、目先の提案をする。もう夕方だ。空艇があるにしても、間もなく日が暮れる。早めに帰った方がいいだろう。
「そうだな……ミッシー手伝ってくれ」
「わかった」
手伝うってなんだろ? と思っていると、ファーギがスワロウテイルから持ち出してきたカバンに、ワイバーンの肉を詰め始める。
少し持って帰って討伐の証にするのかな、なんて考えていると、入るわ入るわ。明らかにカバンの容量以上の肉が詰め込まれていく。
最終的には、マイア、ファーギ、俺、三人が倒したワイバーンが全て、カバンの中に入ってしまう。ミッシーがついでとばかりに、首無しワイバーンをカバンに入れている。
ミッシーが少しションボリしているのは、自分の得物を爆散させてしまったからだろう。
辺りをチェックし終わったファーギが言う。
「とりあえず片付いたな! さっさと帰ろう!」
「いやちょっと待って? そのバッグ何?」
ボストンバッグくらいの大きさなのに、あれだけの物が入った。それに誰もツッコまないのは、三人ともそれが何だか知っているからだろう。
「ふっふっふ……これはドワーフの魔道具だ。凄かろう? 羨ましかろう?」
チビ髭ドワーフが踏ん反り返って自慢する。しかし魔道具か……魔石と魔法陣を使うんだっけな。空艇もその仕組みを使っているし、この技術があれば地球の温暖化も食い止めることができるかもね。
「どうなってんのそれ?」
「おう、見てみるか? 重さも変わらなくて、この中じゃ時間の流れも遅くなってるんだ。ワシ自慢のひと品、魔導バッグだ。ほれほれ、じっくり見てみろ」
自慢気に渡してくるファーギ。持ってみるとたしかに軽い。ワイバーン四体も入っているとは思えないな。
『空間拡張魔法陣、時間遅延魔法陣、重力低減魔法陣、三つの魔法陣の解析完了。非効率なので改良します。……改良完了。無限空間魔法陣、時間停止魔法陣、重力無効魔法陣が使用可能です』
『使わんでいいからね?』
『はい』
素直でよろしい。たぶん解析するとは思っていたが、改良までするとは。だが、ファーギの技術を盗んだように思えて、罪悪感を抱く。
何か違った形で返すとしよう。うんそうしよう。
魔導カバンを返すと、みんなスワロウテイルに乗り込んでいく。
「おーい、さっさと帰るぞー」
ミッシーが顔を出して声をかけてくる。
「ちょっと魔法の練習して帰るから、先に戻っていいよ」
あ、言葉を間違えた。
魔法を教えたがっていたミッシーとマイアが船を降りてくる。
「違う違う、俺が練習するのはこっち」
浮遊魔法で宙に浮かび上がり、スワロウテイルの周りをグルグル回ってみせる。二人とも、風の魔法で落下する速度を低減できるくらいなので、俺に教えることは無い。
「……分かった。怪我しないようにな」
「明日にでも始めますからね!」
ミッシーとマイアはようやく納得し、スワロウテイルへ入っていった。音も無く上昇していくスワロウテイルを見送り、周囲の気配を探る。
――これまで三人とも気付かなかった、わずかな気配。ありゃ何なんだ?
俺はそれが気になって残ってしまった。ワイバーンより危険な気配がするからだ。
浮遊魔法でその気配を目指して飛ぶ。うむむ……速度が上がると空気圧が凄いな。
息もできないくらいになってきたので、スワロウテイルと同じ流線形をイメージして障壁を張る。すると途端に楽になった。
いわゆるスーパーマンみたいな飛び方をしているわけだが、首が痛くなってきた。というか首が痛くなるくらい長く飛んでいる。
周囲は既に暗い。……おかしいな。こんなに長距離なのに、気配を感じることができるのか? いや、できないな。
と言うことは、俺が気付くよう意図的に気配を発したという事か?
――――ドンッ!!
とうとう音速を超えてしまった。
さっきまで飛んでいた山地を抜け、いまは砂漠を通過中だ。先の方には月の明かりを海が反射して、とても幻想的な風景だ。
地上に民家が無くてよかった。音速を超えているので、衝撃波が地上に届いてめちゃくちゃ迷惑をかける事になるからな。
……あれかな?
海面からは百メートルほど上空に浮かんでいる島がある。どういう仕組みなのか分からないが、物理法則を完全に無視しているのは分かる。
目測で直径二キロ、高度を上げてみるとほぼ円形の形をしている。下へ回るとゴツゴツした岩で出来ていた。
どこかの大地から引っ剥がしてきたような形状だ。
『神威の濃度が上昇中です』
『助かる』
つまりあの島には、神威を使う何かがいる。
『どうするつもりですか?』
しばらくおとなしくしていた汎用人工知能が話しかけてきた。それだけ差し迫っているという事か?
離脱するか? そうしよう。トラブルに巻き込まれに行くようなものだし。
『おいっ! そこまで来て引き返すのか!』
……誰だよこの声。汎用人工知能ではない、男の声が脳内に響いた。
しかも反転して帰ろうとしたタイミングでツッコミを入れてくるとは、俺の行動まる見えって事か。
『……むう、念話はできぬか。こやつはできるやつだと思ったのだが』
念話? 何か聞き覚えがあるな。テレパシーみたいなやつだっけ?
まあいいや。面倒いし帰ろう。
『ちょ!? まてまて、俺様を助けろ!!』
『面倒くさいなぁ。誰だよお前?』
『何だ、念話できるじゃないか。それならそうと――』
『知らんヒトから電話掛かってきたら、すぐ切るほうなんで』
『でんわとは?』
汎用人工知能と脳内で会話していたせいなのか、すんなりと念話ができた。
仕組は分からないが、迷惑電話のような迷惑念話が鬱陶しい。
『……そっち行くから待ってろ』
『助かる!!』
切っても切っても掛かってくる迷惑電話みたいだ。おまけに、着信拒否はできません。そんな感じの念話なので、とりあえず迷惑電話の主に会って苦情を言わなければ。
浮島の上空から見た神殿のような建物。そこから俺に向けた気配が感じられる。
念話の主はそこだろう。建物はそれしかなく、周りは森に囲まれている。
神殿の広場に降りて、高さ十メートル以上ある大きなドアを開けて中に入る。
……アスクレピウスの神殿に似てるな。
違うのはその形状。外から見た大きさと違い、中に入ると先が見えないくらい広いホールに出た。たぶん空間魔法で拡張しているのだろう。
果てしなく続く石畳の上に、姿が交互に切り替わっている何かがいる。
気配の主はあれからだ。
目を凝らしてみる。
四本の脚に、鉤爪のある翼が二対四枚。長い尻尾に長い首、身体は黒光りする鱗に覆われている。たぶんドラゴンだ。かなり大きい。
次の瞬間小さなヒトの姿に変わる。それは黒い粘体で、デーモンの気配を放っていた。
その繰り返しが延々と続いているのだ。
『来たかソータ!! 俺を助けろ!!』
『と言われても。そもそも誰なのあんた』
『俺は竜神オルズ、オルって呼んでくれ!!』
はて? この空間は神威に満ちているとはいえ、竜神を名乗るオルズから威厳も何も感じない。アスクレピウスのような神聖さの欠片も無いのだ。
竜の神だからこうなのか? 神様社会よく分からん。
『頑張ってみるけど、期待しないで。あと迷惑念話はやめてね?』
『お……おう』
ブンブン音が聞こえるくらい、竜の姿とデーモンの黒い姿が入れ替わっている。
助けを求めるくらいだから、竜神の力をもってしてもこの状態を解決できないのだ。だから助けを呼んだんだろうけど、俺に何かできるの?
まあまあ離れた距離なので、近付いてみる。
「んー? 魔法陣かな?」
オルズの巨大な身体を完全に囲んでいる魔法陣。直径三百メートルはありそうだ。ここは閉鎖された空間だけど、天井は高い。浮遊魔法を使って上から魔法陣を見てみる。
『解析完了しました。効率の悪い召喚魔法陣です。これは特定の種族――デーモンを呼び出すためのものです。解析と改良が完了しました』
『なるほど……使うなよ?』
オルズの姿が繰り返し入れ替わっているのは、この魔法陣のせいだろう。汎用人工知能が解析した魔法陣が使えるのなら、それを消すことも出来るはず。
眼下に見える魔法陣が消えるようにイメージすると、徐々に薄くなり消えてしまった。
オルズの状態異常とも言える、入れ替わり状態が止まる。
するとそこには、体長三百メートル近いドラゴンが意識を失って横たわっていた。
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