第39話 デーモン召喚方法
翼竜であるワイバーンは山間部に縄張りを持ち、地上にいる動物や魔物を捕食する。成体になると、広げた翼の幅は二十メートルを超え、大型の獲物を狩るそうだ。
ただ、ニンゲンを襲うと必ず報復を受けるため、人里離れた場所に縄張りを持つという。魔物だから考え無しというわけではなく、ちゃんと学習するようだ。
自衛のために、ニンゲンを避ける。そういう思考ができるはずなのに、今回は帝都ラビントンから、たった三日の距離にワイバーンが住み着いてしまった。
歩けば三日、ワイバーンなら小一時間で到達できる距離だ。まだ帝都ラビントンの住人に被害は出ていないが、周辺にある牧場で家畜が襲われているそうだ。
このままではドワーフが襲われるのも時間の問題だと判断した冒険者ギルドは、通常の単発依頼ではなく、常時依頼という形で冒険者を集めていた。
というか、ここでも冒険者ギルドか……。国の兵隊さん達は何やってんの?
もしかして経済を回すために、魔物退治は民間の組織に任せているとか?
「んで、この依頼が張り出されて十日経ち、受注したパーティーが七組、あわせて五十人近い冒険者が誰も帰ってきてない」
「おいこら、ファーギ! そんな危険な依頼だとなんで黙ってた!!」
ミッシーが食って掛かる。マイアもちょっと怒った顔をしている。
「下調べもしないで依頼を受けたソータが悪いんじゃないか?」
ファーギの指摘で、三人の視線が俺に集まる。
んー、君たち勝手に付いてきたよね? とはいえない雰囲気だ。
「ファーギじいさん」
「じいさんじゃねえ!」
「ファーギ、聞きたいんだけどさ」
「なんだ」
じいさんはダメで、呼び捨てはいいのか。
「ワイバーンって、複数いる?」
「ん? 何処でその情報を?」
「さっきまで感じなかった気配が複数、かなり上空から降下してきてるぞ」
そう言うと三人ともハッとして、気配を探り始める。
俺は見たこともないワイバーンの気配なんて知らない。だが、上空に現われた邪悪な気配、デーモンそっくりな気配が急降下してきているのだ。
「散開して岩場に隠れろ!!」
ファーギの声で、すぐに動く。
ここは森林限界を超えた高さで、隠れるような木々は生えていない。だが大きな岩がゴロゴロしているので、そこに身体を寄せる。
空から落ちてくる気配は五つ。ここは
それでも俺たちを目がけて降下してくるので、気配を察知されたのだろう。
少し離れた場所にいるミッシーたち三人の気配が消えた。俺も気配を消す。
ワイバーンから戸惑う気配が伝わってくる。俺たちを見失ったようだ。
――ドゥン
空を飛ぶ生物は通常見た目より軽い。だがワイバーンは、周囲の小石が飛び上がるくらい重い振動と共に着地した。一体だけ? 他のワイバーンは地上に降りず急上昇していく。
俺たちの気配が消えたことで警戒したのか、それとも様子を探りに来たのか。
ワイバーンの姿を確認するため岩陰から顔を出す。いまだ霧の中で、視界が悪い。だがも、眼に力を入れるとワイバーンの姿がはっきりと見えてくる。
ふむ……。だいぶんイメージと違う。翼竜ではあるが、顔がワニに似ている。そしてその気配は、デーモンそっくりだ。
――グルルル
喉を鳴らす獣のような音は、ワイバーンからだ。匂いを嗅ぎ気配を探る。そんな行動を見ると、やはり知能が高そうだ。
ワイバーンの視線が、空艇スワロウテイルに留まる。
次の瞬間、大きくジャンプしたファーギの姿が見えた。そのままワイバーンの首を目がけて斧を振り下ろす。
「ワシの船に手を出すな!」
ファーギの一撃は、大斧とは思えないくらい鋭く、ワイバーンの首を豆腐のように簡単に斬り落とす。
斧の刃渡りよりワイバーンの首の方が太いのに、一振りで斬り落とすってどんな理屈だよ。何かのスキルだと思うが、さすがSランク冒険者だ。
だが首の無いワイバーンは倒れないどころか、羽ばたいて飛び去ってしまった。
「どういう事だ、ファーギ!!」
今の光景を見て、岩場から姿を見せたミッシーが声を荒らげる。
俺はこの世界の魔物の事なんてよく知らない。しかし魔物であろうと、生き物である限り、首を落とされたら死んでしまうはず。
ところがそんな事お構いなしに、首が無いまま飛んで逃げ去るなんて、さすがにあり得ない。
「ミッシー、……これを見て」
マイアが指差しているワイバーンの首から、ドロリとした黒い粘体が流れ出てくる。アリスと戦ったときに見たものと似ている。
「これは……デーモンを憑依
ミッシーが断定すると、ファーギも頷いた。
「させられている? ミッシーの言い方って、第三者がいるように聞こえるけど?」
「ソータ、簡単に説明するぞ。デーモンを呼び出す魔法陣は禁忌の術。その魔法陣は非常に複雑で、使えるものは限られている」
「……なるほど?」
「その魔法陣を使ってデーモンを召喚した後、
ミッシーの言うとおりだ。ワイバーンの知能が高くても、デーモンを召喚する魔法陣が描けるとは思えない。第三者の関与を疑うべきだろう。
と言うことは、誰かが強制的にデーモンを憑依させた事になる。誰がそんな事を? 何のために?
「最近獣人たちがデーモンを使って事件を起こしている。ミゼルファート帝国では、獣人の入国を拒否しているくらいでな……。証拠は無いが、今回も奴らの仕業だと考えた方がいいだろう」
ファーギは怒りの混じった言葉を吐き捨てる。
山肌に沿って上がってくる風で雲がなくなっていくと、マイアが声を上げる。
「また来ますよ!」
俺たちは再度散開して岩陰に隠れる。
ワイバーンの高度は俺たちと水平で、四方向から同時に接近している。
「一人一殺でいいな?」
ファーギが言う。ミッシーとマイアは異存なし。
当然俺もだ。一体も倒さなかったら、報酬無しになりかねないし。
俺の担当ワイバーンはあいつだ。山霧が晴れて分かったが、ここってほぼ山頂だ。俺たち四人とスワロウテイルの姿は、ワイバーンからまる見えになっている。
ワニ顔のワイバーンが大きく口を開ける。目測でおよそ五百メートルの距離。
「あ、まずい! みんな障壁を張れる?」
「大丈夫だ」
「私も大丈夫だが……」
「……」
ファーギとミッシーは平気だが、マイアは障壁を張れないみたいだ。修道騎士団クインテットの序列四位と言っていたが、マイアは回復魔法が得意そうだし。
「マイア、こっちに!」
「はいっ!」
待ってましたとばかりに、こっちに来る。
いや、今はワイバーンの対処だ。
四方向のワイバーンから魔力が膨れ上がると、デーモンが使う火球と同じものが口から発射された。ここは動き回って避ける広さも無いし、マイアも居る。だから水球で二つの火球を打ち落とす。
「ほう……まったく魔力が動かないとは。ソータ、お前何者だ?」
余裕しゃくしゃくでファーギが話しかけてくる。彼の障壁に火球がぶつかって爆発しているというのに。
ミッシーは風の魔法で火球の方向をねじ曲げ、いつもの爆発する矢で、ワイバーンをいとも簡単に打ち落とした。
木っ端微塵になって落ちていく肉片。
「ああっ! ミッシーお前、なにやってんだよっ!」
「はあ? 近づかれる前に叩くのは基本だろ!」
「バッカかお前は! ワイバーン討伐の証拠が落ちたんだぞ!」
「ぐっ!?」
あはは~、叱られてやんのミッシー。
こっちもゆるっとしている場合じゃ無い。
「マイア、一体いけるか?」
「ええ、大丈夫です!!」
近いなおい……。マイアはいつの間にか、俺にぴったりとくっ付いていた。
「障壁を張ってるから、攻撃するときは言ってくれ。解除するからさ」
剣を抜いてマイアは正眼に構える。斬るつもりなのかな? いや、魔力が切っ先に集まっているので、何かの魔法を使うつもりだ。
「……今です、お願いします!!」
マイアの声で障壁を解除。その瞬間マイアの剣から赤いレーザーのような光が発射され、ワイバーンの頭を貫通。マイアが剣を下げると、ワイバーンが真っ二つに焼き切られた。
いや、水分の多いものを、熱で焼き切るのは無理だ。ならばこれも何かの魔法なのだろう。
「今のなに?」
「収束魔導剣です。ファーギに作ってもらいました」
「へえー、すごいな。魔力の消費が少なく切れ味もいいとは」
即死したワイバーンは翼を広げたまま、俺たちの近くに落ちる。
マイアはそれに向けて剣を振るう。首を落とし、翼を斬り割き、尻尾と足も斬り落とした。おそらくさっき首を落としても飛び去ったワイバーンの二の舞にならないよう念を入れたのだろう。
そんなマイアをずっと見ていたわけでは無い。俺の担当ワイバーンは既に何発も火球を放っている。全部水球で打ち落としているが。
ファーギのいる方から魔力が膨れ上がると同時に、放射熱を感じる。
「何だあれ……火薬は使ってないのか」
ファーギが持っていた銃から熱線が発射されている。まるでビーム兵器のように。
その的は、ファーギ目がけて飛んでくるワイバーン。
そのビームはワイバーンの翼に穴を穿つ。
すると途端にバランスを崩し、ワイバーンは俺たちの近くに滑り込むように墜落してきた。
「ふっ……」
ファーギはミッシーにドヤ顔をする。その顔は、俺の方が上手く狩れたぜ? とでも言いたげだ。
ミッシーもワイバーンを仕留めたが、おそらく冒険者ギルドは倒したと認めないだろう。だってその証拠は、山の麓にまで落ちてしまったのだから。
ファーギもマイアと同じく、ワイバーンが動けないように様々な箇所を叩き斬っていく。胴体なんて三等分する念の入れ様だ。
マイアとファーギが解体したワイバーンから、黒い粘体が溢れ出している。
そこから感じるのは、デーモンの邪悪な気配。ワニ顔の獣人から分離して起き上がるデーモンと似て非なるもの。だが、ヤバい感じはする。
さて、俺は俺の得物だ。
向かってくるワイバーンを、水球に閉じ込める。
これで時間が稼げるので聞いてみる。
「ミッシー、その黒い粘体が何か知ってるか?」
「これはデーモンの血だ。放っておくと周囲の魔力を吸収してデーモンになる」
そう言いながらミッシーはファーギに視線を送る。
「分かってるよ……」
ファーギは火の魔法で黒い粘体を焼き始める。かなり多いがどうだろう?
その場はファーギに任せ、俺は俺の獲物に眼を向ける。
水球に閉じ込めているので、呼吸が出来ずぐったりとしているワイバーン。だが、ワニ顔の牙の隙間から墨汁のようなものが溢れている。
憑依したワイバーンが瀕死の状態で、デーモンが抜け出しているのだろう。
ファーギにもらった魔導剣に魔力を通し、光の剣を発生させる。
「なるほど」
通す魔力を増やすと剣が伸びる。逆もまた然り。マイアのと仕組みは同じみたいだが、魔力の消費量が多いようだ。
光の剣を伸ばし、水球の中のワイバーンを斬り刻む。ついでに少しだけ
水球をこちらへ移動させて魔法を解除すると、切り分けられたワイバーンの肉が山となる。
「――おいソータ!! さっきも言ったが、お前はいったい何者なんだ!?」
ファーギは俺が異世界人だと知らない。だがそこでは無さそうだ。たぶん俺が行った一連の行動が、この世界の魔法の使い方と大きくかけ離れているからだ。
「帰りに説明するよ、ファーギ。そんな事より、さっき逃がした首無し、あいつちょっとヤバいかもしれないぞ?」
俺はミッシーたち三人とスワロウテイルを守るために、大きな障壁を二重に張る。
すると次の瞬間、障壁の外側が荒れ狂う火の海となった。
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