2 獣人自治区
第38話 魔道具と鋼の都市
ミゼルファート帝国の帝都ラビントン。俺が歩いている街の名だ。人口九百万人という大都市で、ドワーフ製品のメッカでもある。
魔物からとれる魔石を利用した魔道具。特別な金属を鍛えた剣。色々あるけれども、一番目を引いたのは航空機の存在だ。
ジェットエンジンなど無粋なものは使わず、魔石と魔法陣を組み合わせて浮力を発生させるエコ仕様。翼のある航空機もあるので、揚力の仕組みも知っているみたいだ。
飛行船のような形の船が、空へ向かって上昇していく。本来ヘリウムガスが充填されるところは、全て荷物が積み込まれているらしい。
「いい天気だ。寝てないからぽわぽわするな~」
青い空に白い雲。汗ばむくらいの気温だが、心地よい風が心を穏やかにしてくれる。たしかに寝ていないけど、リキッドナノマシンの代謝で、ほとんど疲れを感じない。
獣人自治区と戦争するって話も聞いたが、できるだけ関わり合いたくない。
そんな事より、
「どこに行くんだ?」
「迷ってませんか?」
「迷ってないし。お金ないから稼ぐために、冒険者ギルドに行くんだよ。二人とも寝なくて平気なの?」
何でか知らないけど、ミッシーとマイアが付いてきた。二人とも屋敷から出るなって言われていたのに。
俺は獣人自治区に囚われている
救出したあとでボコる。
そのためには金を稼がなければ。
「お金なら、わざわざ稼がなくてもありますよ?」
「へ?」
「これこれ」
マイアは俺に冒険者証を見せる。Aランクだから、マイアもかなりの実力者という事だ。でも、これが何だって言うのだ?
「これには依頼を達成したときの報酬が記録されているので、露天から高級店まで色々なお店で使うことが出来るんですよ」
つまりクレジットカード、いやデビットカード的な使い方が出来るって事か。
何だその謎技術は……。だけど俺は一度も依頼を受けてないので、残金は無し。自力で稼がなきゃならない。
その辺りを二人に話すと、それくらい援助すると言われた。エルフの里で奮闘し、マイアを甦らせた。この事で二人は、どれだけのお金を支払ってでも感謝したいという。
だけれど俺はお金のためにやったのではない。なので断りを入れたのだが、どうしても恩返しがしたいという。
「それじゃあこうしよう! 私がソータに魔法の使い方を教えるから、その料金を支払う」
「あっ! それならあたしはソータさんに回復魔法の使い方を教えるので、それで料金を支払いますね!」
ん? 翻訳がバグったか? 彼女たちが俺に教えるなら、お金を払うのは俺じゃね?
いや、教えてもらえるなら教わった方がいいか……。今まで魔法の使い方が適当だったって事もあるし。
ただ、そこまでの時間をかけるわけにもいかない。さっさと弥山を救出をしなければならない。
「お金はいらない。でも魔法を教えてくれるのは助かる。少し時間をおいてからお願いしてもいいかな?」
「よし、決まりだ」
「やったー! 回復魔法たくさん教えてあげますね!」
二人とも嬉しそう。何でや……。
「とりあえず目先の金が必要だから、俺は冒険者ギルドに行く」
そう言うと途端にガッカリする二人。なんなのこいつら……。そんなに教えたいの?
気を取り直して歩き始める。しばらくすると、獣人自治区でみた冒険者ギルドと同じ看板が眼に入った。
「道路の対岸か……」
幅が百メートルはありそうな大きな道路には、たくさんの馬車が通行している。歩道から見ると、馬車を引っぱっているのが馬ではない何かが混じっていることに気付く。
「ん~? 魔力を感じるって、あの木製の馬っぽいのは何だ?」
「あれはドワーフの錬金術で作られたゴーレムだ」
「へぇ……」
人工知能で動くロボットみたいなものか? いや、この世界だと、魔法陣の組み合わせと魔石で動いているのだろうな。トロッコ問題とか、どうなってんだろう?
俺たち三人は馬車を避けつつ道路を渡りきり、冒険者ギルドに入った。
石造の建物の中は、獣人自治区の冒険者ギルドとさほど変わりはない。違うのは、ドワーフの冒険者が多いという所だけ。酒場が併設されたホールには、飲んだくれのドワーフたちが酒盛りをやっている。
依頼が張り出された掲示板には、犯罪者として追われている獣人がたくさん貼られていた。S、A、B、C、D、全てのランクにお尋ね者獣人がいるって、かなり深刻な状態みたいだ。
フィリップ、ブレナ、ブライアン、トライアンフの面々がお尋ね者になっている。
……ジーンとシェール、ゴライアスの面々も張り出されているけど、彼らが死んでしまったことは冒険者ギルドに伝わっていないようだ。
「なあこれ……張り出されてる獣人たち、全員の冒険者資格を剥奪って書いてあるけどさ、こいつら獣人自治区で冒険者やってたよな?」
「獣人自治区は、ヒツジ獣人のテイラーが書類の改ざんをやってるからな……。あそこは正直、信用できないギルドなんだ」
ミッシーが苦虫を噛み潰したような顔で言葉を吐き捨てた。
あそこのギルマスやってたもんな、ミッシーは。
「これにしよっと」
「え、それは」
「ソータさん無茶しないで下さい」
依頼書を引っ剥がすと、すぐ二人からツッコミが入る。まあ気持は解るけど、お金のため頑張らなきゃいけないんだよ。
この街から徒歩で三日の距離。北にある山脈の中腹に住み着いたワイバーン退治。
Aランク冒険者、五人以上のパーティー推奨。
報酬五百万ゴールド。
肉や皮、その他素材になる部位は時価で買い取り。
円換算で五百万。Aランク冒険者って儲かるのな。
「すいません、これお願いします」
「はい。……はい?」
カウンターにいる受付嬢が依頼書を受け取ると、俺を二度見する。かわいらしいドワーフの女の子だ。
「えっと……三名で行かれるんですか?」
俺一人でいくつもりだけど。受付嬢は、後ろにいるミッシーとマイアも一緒に行くと勘違いしたようだ。
「そうだ」
「一緒に行きます」
おいおい、一緒に行くんかい!
これは完全に俺の懐事情を解決するだけの案件だ。だから彼女たちに付き合ってもらう必要はない。
「……」
「……」
何だよその目は……。
黙って俺を見るミッシーとマイアから、無言の圧力を感じる。
「おい、その依頼は三人でも無理じゃないか?」
酒臭いドワーフのおっさんが声をかけてきた。正直またか、という感じだ。冒険者ギルドでは絡まれるのが通過儀礼なのか?
だけど、受付嬢の顔が引き締まり、立ち上がって身じろぎ一つしなくなった。
「ファーギ・ヘッシュ様! お帰りになってたんですね!!」
受付嬢は酔っ払いドワーフに向き直り、カウンターにおでこをぶつけるくらいの角度でお辞儀をする。
絡まれたと思ったけど、違っていたようだ。
どうやら彼は、ミゼルファート帝国で名を馳せるSランク冒険者らしい。
「よっ、久し振りだなミッシー」
「……酒臭いから寄るな」
どうやら知り合いらしい。
「ワシとミッシー、二人のSランク冒険者と、こっちの二人で四人。これなら大丈夫だろ?」
受付嬢に笑顔で言うファーギ。ミッシーは獣人自治区で冒険者資格を剥奪されていたけど、ここでは大丈夫みたいだ。
というか、何でこいつが一緒に行くって話になるんだ?
ミッシーへ視線を送ると、首を縦に振る。一緒に行けって事だろう。
ん? なんかおかしいぞ?
俺は一人で行って、報酬丸儲けのつもりなのに、四人で行くのか?
うーむ……。だけど、全然知らない土地だし、それもいいかな。
またその場の空気に流されてるな俺。
そうこうしていると、ファーギが勝手に話をまとめ、俺たち四人は
もう昼過ぎだぞ? 徒歩で三日だぞ?
素人ながら準備不足だと理解できる。大丈夫か、このSランク冒険者は……?
だけど、ミッシーとマイア特にツッコミを入れない。まあそれなら大丈夫かな。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ファーギ・ヘッシュ、二百五十八歳、男。ドワーフも長命種らしい。
酒臭いじいさんだけど、現役Sランク冒険者。過去にはミッシーと組んだこともあるという。
俺はファーギにそんな話を聞かされながら、外を歩いていた。
しばらくして着いたのは、巨大なかまぼこ形の格納庫。そこにある
飛行船のような巨大なものから、一人乗りのドローンのようなものまで、様々な航空機が格納されている。
ここは民間の施設で、ミゼルファート帝国軍の施設は別にあるらしい。
「こいつはスワロウテイルって
ファーギが招いたのは、翼のない流線形の航空機。この世界では航空機を空艇と呼ぶみたいだ。細長い機体は、二十人くらい乗っても余裕がある大きさだ。
船体は何かの黒い金属製。スワロウテイルって燕尾服だっけ。
中に入ると、何というか見たことがある光景、旅客機のような内装だった。
「武器も食料も積んであるから、自由に使ってくれ。お前たちの防具は……、まあまあだな。それでいいだろう」
そう言ってファーギは俺に向かって注意事項の説明を始めた。ミッシーとマイアは、この世界の航空機に乗ったことがあるらしく、説明は必要ないそうだ。
でも、ファーギが説明したのは、日本で飛行機に乗ったときと同じような内容だった。
「徒歩三日だけど、こいつで行けばすぐだ。装備の手入れでもしといてくれ」
操縦席からファーギの声が聞こえると、スワロウテイルがゆっくりと動き出す。ゴム製のタイヤや、サスペンションも着いているので、振動はあまり感じない。
格納庫から出て、石畳に描かれた円の中に入ると、身体がぐっとシートに押し付けられる。
「垂直離陸か……」
無音で上昇していく感覚は初めてだ。
小窓の外に見える街が、どんどん小さくなっていく。気圧の変化を感じないので、耳抜きをする必要がない。
つまりこの
雲の上まで上昇すると、背中がシートに押し付けられる。とんでもない加速をはじめた。しかも無音だ。
体感で十分も経たないうちに減速し、地上に着陸した。
「よーし、着いたぞ。お前たち、装備はちゃんと出来てるみたいだな……、おいソータ、お前は武器無しか?」
「ああ、俺は魔法中心だし、いざとなれば殴る」
ミッシーは魔弓といつもの二刀流を装備、マイアは片手剣、ファーギは両手で持つ大きな斧と
「魔法寄りの奴は、そう言って死ぬんだ。近距離戦だと、詠唱が間に合わなくなるぞ? いざって時のためにこれ持っとけ」
ファーギが投げ寄越したのは、丁度両手で握れる金属製の筒。なんだこれ?
「船から出て、そいつに魔力を通してみろ。間違ってもここでやるなよ?」
謎の忠告を受けつつ、俺たち四人はスワロウテイルから降りた。
空気が薄くて寒いので、かなりの標高だろう。崖から噴き上がってくる
「その筒に剣があるように思い浮かべて魔力を通してみろ」
「こうか?」
ファーギから言われたとおりにやると、金属の筒から青白く光る剣が生えた。
魔力を消費して使うようだ。
「おっ? 上手いじゃないかソータ。銘は無いが、ワシ特製の魔導剣だ。くれてやるから、接近されたらそいつで自衛しろ」
「ありがとう。武器が必要だと思ってたから助かる」
「ソータさんに武器なんて必要かなあ?」
「しっ、黙ってろマイア」
こそこそ話が俺の地獄耳に入ってくる。こんなおっかない世界で、武器くらい持ってもいいだろ?
とりあえずワイバーンを探そう。視界は悪いけど、気配を探れば分かるはず。
だけども、うーん、特に何も感じない。山の上なので風を切る音が方々から聞こえるだけだ。
「ソータ、それにミッシーとマイア、よく聞いてくれ――――」
ファーギは今回のこの依頼が、ただのワイバーン討伐ではないと話し始めた。
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