あたしの佐和ちゃん。
豆ははこ
あたしも、大好き。あたしは、大好き。
「佐和ちゃん、今日ひいおじいちゃん貸してくれる?」
身内に失礼、とかいう人もいるかも知れない、こんな頼み方。
だけど、うちの中だけでならいいんだよっていう感じの声が返ってきた。
大丈夫だよ、私はちゃんと聞いてるよ。そんな、安心できる声。
あたしの大好きなひとの声、だ。
「いいよ、っていつも言ってるだろ? 勝手に借りなよ、私のひ孫なんだからさ。借りたよ、でいいんだって。ひ孫にひいばあやひいじいが頼られるなんて嬉しいことなのに、律儀だねえ、ほんと。借りな借りな! どこに行くんだか知らないけど、お金は全部出させて、お小遣いでももらっときな」
ニカッと笑う、笑顔も素敵。
あたしのひいおばあちゃん、佐和ちゃん。
佐和ちゃんじゃなくて、ひいおばあちゃんって呼ぶのが正解のはずなんだけど、佐和ちゃんは佐和ちゃんが正解らしい。
一九四いくつか年、昭和生まれ。七十? か、八十何歳。
グレイヘアには紫のメッシュ入り。高すぎないヒールの靴と、カッコいいパンツスーツ。
授業参観に来てくれたときは、すごかったな。
「お母さん? カッコいい!」
「脚、長!」
佐和ちゃん、皆に大人気。グレイヘアは、染めてると思われてたんだ。
嬉しくて、帰りにコーヒーショップに寄ったとき、あたしはそれを佐和ちゃんに伝えたの。
実は、制服だから寄り道になるかも、って遠慮したあたしに、もしもばれたら、保護者が引っ張り込みました、すみませんでしたあ! って謝るから大丈夫だよ、ってウインクして連れて行ってくれた、緊張するくらいにお洒落なコーヒーショップ。
佐和ちゃんと一緒だったから、フカフカすぎるソファにも、すぐに慣れたんだよね。
そうして、落ち着いてから、佐和ちゃんに伝えたら。
「私がお母さんなのかい? 令和の若者はお世辞がうまいねえ」
からからと笑うところも、カッコよくて。
信じてないみたいだったけどね、佐和ちゃん。多分、みんな、お世辞は言ってないよ。
あたしだって、佐和ちゃん、中学生なあたしの何倍の年齢だっけ? って、分からなくなること、多いんだからね。
そうそう、この間、佐和ちゃんと一緒にケーキバイキングに行ったら、六十歳くらいの会社社長さんにナンパされてたよね。割とイケメンかも、なくらいの人。
「一応、旦那が生きてるからムリ」
佐和ちゃん、カッコいい! それしか言えない断り方だった。
「そもそも、私、あんたとは年の差ありすぎだって。あんた、六十歳くらいだろ? 若いじゃんよ」
佐和ちゃんは真面目に言ってるのに、社長さん、本気にしてなかった。
六十お幾つかでしょう? それほど違いませんよ、ご冗談を、って。
冗談じゃないんだけどな。七十後半以上なのは間違いないよ、佐和ちゃんは。
かわいらしいお孫さん、ってあたしのことも呼んでたけど、あたし、佐和ちゃんのひ孫だよ。
その社長さんからは、名刺ももらった。
ケーキバイキングの会場のホテルの社長さん。
ホームページとかインス⚪とか、色々見たら、本人だった。
あ、そうだ。
「あのね、佐和ちゃん。この間の名刺、あたしがもらっていいの?」
今日のお出かけのために、昨日お財布を確認してて、見つけたんだよね。
「スマホ決済とかが多くても、財布は持ちなさい。やっぱり、現金は頼りになるんだよ」
中学生になったときの佐和ちゃんからのお祝いの、きれいな黒色の革のお財布と一緒に大切にしてるの。佐和ちゃんからの、大事な言葉。
もちろん、お財布も。
「なんだっけ。この間のケーキバイキングのときの、あの物好き社長……だっけ? え、あの名刺取っといたの? 捨てなよそんなの。怪しいよ」
「怪しくないから。インス⚪見たら、社長さん本人だったじゃん! 有名なパティシエさんとがっちり握手してたし! あと、ひいおじいちゃん、佐和ちゃんがナンパされると喜ぶんだよ。僕の天使の素晴らしさは不滅だよね、って」
「なんじゃそりゃ……ほら、その天使愛好家とやらの支度、できたみたいだから、行ってきな。さっきも言ったけどさ、お金はアレクに出させなよ。お小遣いももらいな。遠慮しないんだよ、ひ孫にいいとこみせたいんだからさ」
「はーい」
アレク。あたしの、ひいおじいちゃん。つまり、佐和ちゃんの旦那様。
きちんと言うと、名前は、アレクサンドル。
きらきらな美形。
スマホで読める無料まんがの王子様がおじいちゃんになったみたいな、まんがみたいなハンサムなひいおじいちゃん。
ひいおじいちゃんみたいな美形はイケメンじゃなくて、ハンサムなんだって。佐和ちゃんに教えてもらったの。handsome、だったかな?
ハンサム。昔はイケメンのこと、そう言ってたみたい。すごくたまに、だったら聞くかな? くらいの言い方。
なんだろう、ひいおじいちゃんの眉毛が濃いからなのかな?
ひいおじいちゃんは、佐和ちゃんからしたら、年下。六十七歳。
なのに、ひいおじいちゃんも、多分、五十何歳にしか見えない。
おじさんって言われるとひいおじいちゃん喜ぶけど、お兄さん、でもいいと思うよ。
佐和ちゃんとは恋愛結婚なんだって。
おばあちゃんでもおばさんでも、佐和ちゃんは、「そうかい、ありがとね」って笑ってる。
あたしのお母さんだと、お世辞になるみたいだけど。
ごくたまーに、ひいおじいちゃんのことも、「お父さん?」って言われたりもする。
あたしも、中学生なのに高校生に間違われたりするくらいに背が高くて、髪の毛と目の色が薄めだからなのかな。
「へんなのもいるから、ディスタンス! 知らない奴に話しかけられたら距離を取りな! 知ってる奴でも遠慮せずに距離取っていいんだよ?」
保育園の頃から言われてる、佐和ちゃんからの警告。
そのせいでなんかあったら私が全身全霊で責任取るから、とにかく自分を守りなね、って言ってくれてて。
うん、もしものときにはほんとに責任取ってくれるんだ、絶対に。
そして、ひいおじいちゃん。
アレクサンドルひいおじいちゃんの前の佐和ちゃんの旦那さんだった人、ひいおじいちゃんは、お空の上で見守ってくれているひいおじいちゃんだ。
「カメラマンだからね。好きなものを写してて……だったから、本人はきっと満足してるよ。空の上でも色々撮影してるかもね」
海外での撮影中の、予測できない事故だったらしくて。
「カメラ、無事だな。なら、あとは、佐和によろしく。フィルムもな」
助手さんにカメラは無事かを確認して、最期は、笑顔で佐和ちゃんと、それからフィルム。使い捨てカメラのだよね。写真にするもとのこと。
それを頼んでたって。
泣きながらそう伝えてくれた外国人の助手さんに。
「あの人を連れてきてくれてありがとうね」
カメラを抱いて、そう笑ったんだって、佐和ちゃん。
そのカメラは、お空のひいおじいちゃんの写真と一緒に、今も佐和ちゃんのそばにいる。
そんな、笑顔の佐和ちゃんに恋をした、ひいおじいちゃんの助手さん。
その人が、今のアレクサンドルひいおじいちゃんだ。
佐和ちゃんの娘さんは、出張とか色々飛び回っている人で、つまりその人が、あたしのおばあちゃん。娘さんは、佐和ちゃんの孫。そう、あたしのお母さん。
あたしのお母さんはその頃小学生だったから、佐和ちゃんは日本で、あたしのお母さんを育ててくれていた。
カメラマンの先生だった外国人さんの奥様に恋をした、してしまった、アレクサンドルさんの恋の
パスポートとか、在留資格とか。今よりもきっと、ずっと。
このへんの話は、あたしが十八歳になったらもっと色々話そうね、って佐和ちゃんは言ってくれてて。
日本が前に外国としていた戦争の影響もあったんだよね、きっと。あたしはそう思ってる。
佐和ちゃんにお話ししてもらうまでに、勉強できることはしておくんだ。
「今はまだ、これくらいでかんべんしといてよね」
佐和ちゃんがこれくらいで、というお話。
あたしが想像するだけでもたいへんな色々があったと思う。
年に一度は外国から日本に来て、毎年佐和ちゃんにプロポーズしていたアレクサンドルひいおじいちゃん。
「……頑張ってくれてるけどさ。国際結婚ってたいへんだからさ、諦めなよ」
そう言ったカッコいい美人なお姉さんの佐和ちゃんに。
「タイヘンジャアリマセン」
にっこり笑って答えた、美青年。
多分、きっと。めちゃくちゃ絵になったろうな、と思う。
「僕の天使。もちろん、師匠のことも、大好きですよ」
ビールを飲んで、少し赤っぽい顔色になったアレクサンドルひいおじいちゃんにそんな話を聞くのは、とっても楽しい。
師匠は、お空のひいおじいちゃんのことだよ。
佐和ちゃんは、佐和ちゃん以外があたしに昔の話をすることは、気にしない。
「天使、もたいがいだけど、大天使はやめな!」
とか、たまにツッコミは入るけどね。
あと、お母さんも時々話をしてくれる。
お母さんもおばあちゃん、佐和ちゃんのことが大好きなんだ。
「おばあちゃんね、仕方ないねえ、って、折れたのよ。そんな様子は孫の私には見せなかったけど、おばあちゃんも日本で色々手続きとかして、たいへんだったはずよ。あの頃のおばあちゃん、すっごくかっこよかったわあ」
今もだけどね、だって。
あ、ビール?
あたしは飲んでないよ? ほんとだよ?
「ビールも煙草も、ほんとうのうまさが分かるのは、やれる年齢なってからだよ」って、佐和ちゃんに言われてるからね。
あたしの二十歳の誕生日の午前零時に、佐和ちゃんと乾杯するんだ。これは、約束。
「二十歳になるまえに、十八歳で選挙だね。必ず行くんだよ! 言いたいことが言えなくなるからね。私と一緒に行って、帰りにおいしいもの食べてこようね。鰻でも回転しないお寿司でも、なんでもいいからね」
これも、約束。
「行こうか、天使のひ孫ちゃん」
そんなことを考えていたら、アレクサンドルひいおじいちゃんの声がした。
「お手をどうぞ」
差し出された手。なんだか、指先の皺までかっこいい。
これは、エスコート。
佐和ちゃんは、こんなかっこいいアレクサンドルひいおじいちゃんのかわいい永遠の天使。
「今度は私とデートしようね、二人っきりでさ」
いってらっしゃい、の代わりに声が飛んできた。
うん、次は佐和ちゃんがあたしをエスコートしてね。すごくかわいい佐和ちゃんは、めちゃくちゃカッコいいんだから。
「それは素晴らしいね。僕が二人をエスコートするよ」
「私とひ孫のデートだよ。ついてきてもいいけど、アレクは荷物持ち!」
「了解です、僕の天使。行って参ります!」
「何がなんでもひ孫を守ること! ついでに自分も!」
二人のこういうやりとり、大好き。だから、あたしは元気よく佐和ちゃんに言うの。
「佐和ちゃんありがと。行ってきます!」
「そう言えば、どこに行くのかな」
昨日、寝る前の最後のメッセージアプリ確認のついでに見た、佐和ちゃんと行ったばかりのケーキバイキング。新しいメニューで、キャンセルらしい空きが二名分。慌てて予約したんだ。だから、佐和ちゃんにひいおじいちゃんをどうぞ、ってしてもらえなかったら、ダメもとで友達か、もしかしたら一人でも、って思ってた。
そうしたら、朝のラジオ体操帰りだったひいおじいちゃん。
「日帰りできるところなら、どこへでも」って。
素敵な笑顔で即OKだった。
「いきなりでごめんね。ひいおじいちゃん、実は、今日も行き先、ケーキバイキングなんだ」
それでも、さすがにまた? と言いたくなりそうなのに、ひいおじいちゃんはふうん、と笑う。
「ケーキバイキング。なら、佐和さんとじゃなくていいの? 僕は嬉しいけど」
ひいおじいちゃんは天使とそれから佐和さん、って佐和ちゃんのことを言う。どちらの言い方も、とっても甘い。佐和ちゃんのことが、大好きだからだよね。
「この間佐和ちゃんと行ったあのケーキバイキングは、テーマがシャインマスカットだったの。タルトが特においしかった! 今日のテーマはサツマイモとカボチャだから」
多分、あたしがお願い、お願い、ってしたら、佐和ちゃんは多分、仕方ないねえ、って言ってくれた。でも、佐和ちゃんの仕方ないねえ、はよっぽどのときに言ってもらいたいから。
「うん、おいしかった。お土産ありがとうね。それにしても、佐和さん、サツマイモもカボチャも好きなのにね」
「ね。サツマイモとカボチャ、煮物とそれから焼き芋は大好きなのに。スイーツ、佐和子ちゃんは洋菓子、って言うよね。スイートポテトとカボチャプリン以外はなんとなく好きになれないって」
「でも、食べるよね。きれいに」
「サツマイモとカボチャに申し訳ないからだって」
「らしいよね。そういうところも最高なんだけど」
ふむ、とするひいおじいちゃん。こんな仕草も、なんだかとってもしぜんな感じで。
このあと、ひいおじいちゃんがなんて言うか、あたしには分かってるよ。
「この間のタルトみたいに、別料金でお持ち帰りができるんだよね。だから」
ほら、ね。
「「スイートポテトと、カボチャプリン」」
あたしたち二人、息ぴったり。
その理由は。
あたしが佐和ちゃんのこと、大好きで。
それから、佐和ちゃんのことが大好きな、ひいおじいちゃんのことも、だからだよね。
ちなみにこのあと、あのホテルのケーキバイキング会場で、今度はひいおじいちゃんが四十歳くらいのお金持ちそうな女性にナンパされて、あたしは「かわいい妹さんですね」って言われて名刺をもらって、なんてことが起きて。
それでもあたしたちはたくさん食べて、佐和ちゃんのことを話して、もちろんお持ち帰りもちゃんと確保して。
そんなお土産とお土産話を持って、帰宅。
お土産話のほうには、佐和ちゃんが大笑いをするのだけれど。
「笑うときの目尻の皺までかっこいい」
「オーラが輝いている」
「姿勢が最高」
「声もいいよね」
あたしとひいおじいちゃんはケーキバイキングの会場に着くまでの間ずっと、あたしたち二人だけのときのおきまり、佐和ちゃんのいいところを言い合う遊び、佐和ちゃんゲームに夢中だったりしたので、そんなことは予想もしていなかったのだった。
まあ、それはそれで。
佐和ちゃんのことが大好きなあたしたちにとっては、佐和ちゃんの笑いのネタになったから。
よかったよかった、なんだよね。
それに、そう。多分、きっと。
次のあたしたち二人の佐和ちゃんゲームの最初は。
「「笑顔も最高」」
これで、決まりだから、ね。
あたしの佐和ちゃん。 豆ははこ @mahako
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