『相談所』リプレイ:5 花と魔法少女

俺が『異世界相談所』の相談神官となって早くも七年が経った。

毎日毎日、それこそ毎時間ひっきりなしに相談者が現れ、

いったん相談神官の増員を提案したが、王様には

「そなた以外にはつとまらんのだ」と一蹴されてしまった。

幸い、知り合いの陰陽師に式神を一人あてがってもらうことができた。

名を弥生といい、和風の、かわいらしい十代の女の子の姿をしている。

今では彼女なしには仕事が進まないまでに忙しくなってしまった。

それでも人が足りない。今度こそ、今度こそ王様に上奏するかなぁ。


今は卯月。

ツツジやフジ、ライラックといった花々が咲き誇る季節である。

いつものように直前に来た相談者の日誌をまとめていると、

これまたいつものようにベルが鳴った。


そこには、年の頃17,8といったような可憐な容姿の少女が

佇んでいた。黄色に近い金色のセミロングヘア。ローブを纏っている。

風体からすると、魔術師のようだ。見習いだろうか。

彼女を迎え入れると、おどおどしながらこう挨拶した。


「エ……エレン…ブーゲンビリア、と申し…ます」


「春日部一徹と申します。初めまして」


「は、初めまして」


「まぁ、そこのソファにおかけになって下さい。蒲公英タンポポ珈琲を入れてきます」


「蒲公英?」


少女が不安げにそう口にした。


「あ、苦手でしたか? 普通のお茶もご用意できますが」


「いえ、そういうつもりでは…蒲公英珈琲でも、いいです、いただきます」


「かしこまりました」



☆ ☆ ☆



「それで、お悩みというのは?」


珈琲を提供し、筆記用具を準備しながら彼女に尋ねる。


「魔術師を目指して三年、未だに魔法を満足に使えないんです。

 それで…もう、いっそのこと、ジョブチェンジしようかと」


「ほぅ」


「唯一の能力は…対象物を花に変えることだけなんです」


少女は膝の上に置いた掌をぎゅっと拳に握りしめた。俺は、


「素敵じゃないですか」


と言うと、彼女は即座に、


「でも、ダンジョンに行ってみたいんです。闘いたいんです」


と言った。

俺は筆記していたペンを机に置き、腕を組んだ。


「どうして、魔術師はダンジョンに潜らないといけないんですか?」


えっ、という表情の少女。


「敵を蹂躙し、財宝を略奪し、無双することだけが脳じゃないはずです」


「……」


「私も、実をいうとダンジョンに潜りたくなる気も時には起こるんですよ」


「そうなんですか」


「ええ。ですが、この相談神官という職は、王様に、

いや、神々に与えられた職業。優劣はつけられませんし、

勇敢であらねばという義務もありません。

ましてや、ダンジョンに潜る事こそが至上、というわけでもない。

そもそも、勇壮な剣術が、華美な魔法が人を救うのではないんです」


少女は俯き、目を幾度か瞬かせた。


「エレンさんにも、エレンさんらしい賜物の用い方があるはずです」


項垂れたままの少女は、まだ納得がいかないという表情で、


「そう…だと……いいんですけど…」


と、言った。


珈琲を呑み終えたころ、少女は幾分か元気を取り戻したようだが、

表情はやや曇ったままだった。精一杯作ったであろう笑顔で彼女は、


「春日部さん、ありがとうございました」


と言った。俺も、こう答える:


「いえ、また何かありましたらすぐにご来館ください。

どんなことでも相談にのりますゆえ」


少女が去った後、ふとテーブルの上に目をやると、

スプーンが姿を消しており、カップには蒲公英の花が壱輪載っていた。

邪な魔力は感じられなかった──彼女なりのお礼なのだろう。

私は式神の弥生を呼び、それを生けるようにお願いした。

肩まで伸ばしたストレートロングの黒髪が、ふわりと浮く。


「先生、お花をもらうなんて素敵ですね」


「ああ、そうだね」


「無機物を有機物に変えるとは、実は凄腕なのかも!」


蒲公英を眺める。その色はエレンさんの髪の色を彷彿とさせる。


「そのようだね。通常は、有機物を無機物で攻撃するほうが

格段にやさしいからね」


「私も貰いたいなあ、お花」


「蒲公英は恋占の象徴でもある。

 いつか君にぴったりの方が呉れるはずさ」


「むー、他人事ですかぁ」


弥生はふくふくと笑った。俺も小さく笑みを浮かべた。



☆ ☆ ☆



数週間後、相談所に一通の手紙が届く。エレンさんからだった。


『春日部さんへ


お久しぶりです。魔術師見習いのエレンです。


先日、やっと入ることのできたパーティに参加して、

生まれて初めてダンジョンに足を踏み入れました。

いわゆる雑魚モンスターもほぼほぼ姿を見せず、

討伐対象の火属性のドラゴンと戦うだけだったのですが、

私は呪文を唱えて、ドラゴンを巨大な薔薇にしたんです。

私は、やったぁ、って思ったんです。

でも、勇者さんに、「ちっ、宝の在り処を聞きだせないじゃないか」

と舌打ちまでされて嫌味を言われました。

討伐した証拠に映写機で写真を取り、薔薇の棘を一片持ち帰りました。

先生には、よくやった、とだけ言われました。


でも、どうにも納得できません。やはり、華々しい剣術や、

豪華な魔法攻撃で仕留めないといけないのでしょうか。

花にするだけでは、闘いを理解していないということなのでしょうか。

花が、そんなにいけないものなのでしょうか。


今度、またダンジョンへ潜るクエストを受注しました。

次回は…わかりません。邪魔者扱いされるかもしれません。

役立たずのような気がして、なりません。

ですが、私はこの魔法を使い続けていこうと思います。

何てったって、どんな物をも花にすることができるからです。

それが私の賜物だ、って春日部さんにも言われましたし。


実は先日、大好きな王子様に、花を贈ったんです。

町に出没した野良スライムを、私の名になぞらえて、

ブーゲンビリアの一束に変化させたのです。

王子様はとても喜んでくれました。

これが「恋」なのかどうかは、わかりませんが、

私の魔法が少しでも役に立ったのかもしれませんね。


春日部さんのアドバイスのおかげです。

どうもありがとうございました。 


かしこ』


とあった。悩みつつ、かつ前に進みつつ、書いたのであろう。

一生懸命に書いたであろう筆跡からも、それが汲み取れる。


悩みが尽きることはないだろう。だが、俺は知っている。

彼女がこの先も、危機が迫ったまさにその時、花を咲かせるだろうという事を。

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ジャーナリングRPG 博雅 ver. ~ はじめに 博雅 @Hiromasa83

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