『相談所』リプレイその4・人妻に恋してしまった青年

あたしが神官に任命されてから数年が経つ。

色んな人が来た。元魔王軍部下、ご老人、医療従事者、はてはユニコーンまで。

ユニコーンの相談には手間取った。正直、あれほど奔放な少女によくそこまで尽くせるなと思ったものだ。説得を重ねるも聞く耳を持たず、「じゃあ、もう決めます! 彼女に一生を捧げます!」…ギガフォレスタァと名乗ったそのユニコーンはそう言うと飛翔していった。あれから返事がない。彼は今頃どうしているのだろう。


そんな事を仕事始めの朝8時頃に相談所の面会室で考えていると、いつものように来客を知らせるベルが鳴った。モニターには瘦せこけた一人の若者が茫然自失の状態で立ちすくんでおり、


(*´Д`) 


こんな顔でカメラに見入って、文字通りハァ、ハァと息も絶え絶えに呼吸している。


「あの、相談があるのですが…薬師寺一轍と申します」


「一徹さんですね。どうぞ」


不審な彼を迎え入れると、何故かあたかも我が家でそうするかのように、自信と余裕たっぷりな勢いでソファに深々と座り込んだ。


「ご相談事とは?」


「え? あ、はい、その…知り合いが人妻に手を出しそうになってるんで、なんとか止めたいなと思ってるんですが、うまいセリフが思いつかなくて」


「実は…あなたもその人妻が好き、とかいうオチじゃありませんよね?」


なぜバレた、という表情の一轍さん。

色恋沙汰は相談事の8割を占めると言っても過言ではない。だが、どうも様子が変だ。お腹をさすったり、今の季節──初夏だ──に似合わず小刻みに震えていたり。


「実は僕、バイト先をクビになっちゃって…」


「さっきから動きが変だけど…もしかして、何かキメた?」


「と、とんでもない!」


病気ではない、としたら原因はもっと根本的なところにあるのだろう。


「ご飯を食べられていないと?」


「…はい……」


あまりに可哀そうだ。食わずにやっていける人生などない。


「なんでクビになったんですか、そもそも」


「実は、相談された友人の恋人、人妻が、ぼくの勤め先の上司だったんです」


「ははぁ、で、不倫がバレるのを予見してあなたを辞めさせたんですね」


「そういうことだと思います」


ここに至って初めてあたしは彼に同情した。あたしならこういう時、どうする。

自問自答を数分、彼と雑談する最中でした結果、ひとつの結論に達した。


「まず、食べるものを食べてください。いくら親しいご友人の為とはいえ、腹が減っては戦が出来ぬ、というではありませんか」


そう言ってあたしは若者に、最近はやりの定食屋さんのランチ無料クーポン券を1セット(10枚入り)渡した。


「え、えっ、ええっ……!?」


次第に彼の目から大粒の涙がこぼれはじめる。


「もしバイト先が不安なら、今ここで斡旋もできますが?」


「い、いいんですか」


目をぱちくりとさせる青年。


「構いませんよ。ですがご友人に、上司の件、どう伝えるおつもりですか?」


「正直になって怒ってあげる、それが自分にでも出来ることだと思います」


「私もそれが賢明だと思います」


彼には、平均的な時間給を支払う、探知ヒツジ(探知犬の羊版である)のお世話の係を紹介した。これで彼もたまにはちょっといいものも食べられるだろうし、動物が好きだと言っていたこともあって、仕事に身が入るというものだろう。


その数か月後、相談所に一通の手紙が届く。


『あなたのおかげで自信がつきました。うまい飯も食べられてます。バイトも羊たちと戯れられて順調で、聴いてください、この間昇給したんですよ! あと、例の友人はぼくにももう止められず、上司に人妻と熱愛中の現場を見られたそうです! ありがとうございました!! 一徹より』


とあった。最後のお礼とその前の一文の繋がりに一抹の不安を覚えたが、一轍さんが元気ならばそれでいい、と思ったあたしだった。


─── 本日の日誌より ───




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