『相談所』リプレイその3・騎士見習いの若者
相談員に配属されてから20年ほど経った。ぼくももう42歳だ。
今日も今日とて相談者が次々とやってくる。アドバイスを機嫌よく受けてくれる方もいれば、ブチ切れて唾を吐きながら去る人もいるし、とんでもなく豪華なお礼の品を後日送ってくださる方なんかもいらっしゃる。
貧富・格式・地位・男女・人獣その他一切の隔たりなく接する、それが相談所の神官の務めである。
今日の最初の相談者は騎士見習いの男の子・ケイン君(19歳)だった。金髪碧眼、細マッチョという体型のみならず、話を聞く限りではかなりの秀才と見えた。だが、彼はある決断を迫られているという。それは、とりもなおさず、恋人との結婚か、騎士になり王国直属の近衛兵になるか、というものだった。
ぼくも若いころは結婚を考えた女性もいた。だが当時を振り返ってみろ、どうだ、
ぼくは何と人妻、それも子持ちの女性とラブレターを交換していたではないか。こんな外道にアドバイスなどできようかと一瞬「辞職」の文字が頭を通り過ぎたが、気にすることはせず、目の前の課題に直面することにした。ぼくは相談員だ。相談する、それがぼくの仕事だからだ。
ケイン君に問う。
「結婚と騎士団入り、どちらかを遅らせることはできないんですか」
「それが、親がどうしても騎士団に入れとうるさくて…」
「いや、そうじゃなくて、騎士団に入ってからでは遅くないのか、という事です」
「騎士団に入ったら向こう十年は外界との接触を絶たねばなりません」
ぼくは騎士団の掟をここにきてようやく思い出した。まったく鈍臭い相談員だ。
「では、結婚してから騎士団に入る、というのはいかがでしょう」
「それは両親が許してくれません。父も母も私が騎士になるものと信じています。…ですが、恋人と結婚するのも、騎士になるのも、僕は両方をかなえたいのです」
ぼくは頭をかかえた。
ケイン君の恋心は間違いなく本物である。本来ならば彼の望むような環境を提案したい──恋人と結婚し、かつ騎士となる──のだが、それ以外の選択肢はないのだろうか。結婚するか、騎士団に入るか、二つに一つの究極の選択を強いられているまさにこの時、その二律相反を超越した第三の選択肢はないのか。
ぼくは悩んだ。言葉が出てこない。
が、ケイン君がこう切り出す。
「相談員さんはどうだったんですか」
「ぼくが? あ、いや、実はですね、あなたと同じような年の頃に、その…人さまの奥さんと恋仲になっていまして」
ぼくたちは二人して爆笑した。
その後数十分ほど雑談をし、満足のいく結論は出せなかったが、ケイン君は「ありがとう」と言って去った。
彼の恋路と騎士道に幸あれと、祈らざるをえなかった。
ーーー 本日の日記より ーーー
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