『相談所』リプレイその2・相談に来た妖精

雪が舞い始めた今日、相談所に現れたのは、この世界では珍しくない「妖精」だった。それも蝶々サイズの妖精である。相談所の窓ガラスを激しくノックしていた彼女。とにかく急を要するらしい。ぼくは急いで窓を開けて彼女を招き入れた。


「…はぁ、はぁ…ルーグと申します」


ぜぇはぁと息をするルーグさん。


「ルーグさんですね。今日はどうされましたか」


「もう駄目です。我々蝶々族が瀕死の状態にあります」


訊くと、魔王軍の恩赦を悪用した元部下たちが、蝶々族を魔法網で捕らえて、博物館に「当時発見されたレアな妖精」などといった偽りの文言を加えて売りつけたり、闇市場で取引して違法に「飼育」されているそうである。


ただ、いくら神官といえど、出来ることには限りがある。彼女の知りうる限りの情報だけでは、人身売買を挙げることは難しい。また、闇市場はいったん潜るとさらに潜るという悪循環がある。どうしよう。どうアドバイスしよう。


ぼくは、彼女が悲しそうに話し続けるのを聴くばかりだった。

時折、潤んだ目でぼくを狂おしく見つめる。


聖なる書物に、こんなとき我らが主のとられた行いが一つだけあった、とあるのをぼくは思い出した。


それは、「ただ、そばに座る」それだけだった。

主は数々の奇跡で民の命を救ったこともあるし、魔術においても卓越した術式で王国を何度も危機から救ったが、スーパーマンではなかった。一人の、「聖なる人」だった。


聴いたからといって、傍にいたからといって、その人を救うことができるわけではない。でも、主は、それこそが最も愛を表するではないか、と言っておられた。

ルーグさんは涙ながらにひたすら口惜しさと悲しさと恨みの言葉を綴る。

ぼくはただ、そこに居て、聴いてあげるだけだった。


2時間ほど経過しただろうか。ルーグさんは涙を拭いて、こう言った。


「ありがとうございます」


「またお話、聞かせてください」


ルーグさんの目に、少しだけ春の兆しが見えた気がした。


ーーー 本日の日記より ーーー

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