―――序———


 気怠さと、口の渇きと、呂律の回らない感じ。

 オーバードーズでの昏睡状態から意識を取り戻した姫埜は、「ああ、まだ私は生きてるんか」と落胆した。

 逝きたい、あの人のところへ。

 それでも生きていたい、あの子たちと共に。

 沸々とまた姫埜のなかで湧き上がる情愛の熱で、あの愛おしい男の犯した罪をを溶かしたい。

 虚ろな意識の中で、定まらない焦点の瞳を必死に動かせる。

 身体は、自由が利かない。なんせ彼女は昨夜、睡眠薬を過剰摂取したのだ。

 暫くは、また寝たきりだ。


「……姫埜さん?」


「(……みろく)」


 愛おしい声が聞こえる。

 ”最初の男”よりも低い、少し荒っぽくて、でも最近優しい響きのそれは、姫埜が新しく情愛を向ける男の声。


「やった!! にぃ!! 姫埜さんが起きたよ!!」


「(……るあ)」


 続いて、甘ったるさを帯びた愛らしい声も聞こえる。


 4月から姫埜の家に居候している十六沢兄妹が病室のベッド脇であたふたしている。

 姫埜は、口を動かして必死に、可愛くて、それぞれ別の意味で愛おしい居候の名前を呼ぶけど、上手くいかない。


 ああ、なんて自分は馬鹿なんだろう。

 残された者がどれだけつらい想いをするのかなんて、自分がよくわかっていたはずだったのに。


 十六沢兄妹がナースコールで看護師と医者を呼んでいるのをぼーっと見ながら、姫埜が自責の念で涙を流す。


「あんたは馬鹿だよ、もう、死なせてやらないからな」


 姫埜の自責を拭いながら、居候兄妹の兄、十六沢魅禄は、眉を下げて笑った。

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