―——2———
「なぁ、オネーサン。オレらのこと拾ってよ。オレのこと好きにしていいからサ」
そういって、仕事帰りの姫埜に声をかけてきたのは、10代後半くらいの若い男だった。
同じくらいの年齢の、容姿のよく似た若い女を連れて、大きなボストンバックを足元に置いていた。
家出少年少女か、と瞬時に理解した。
でも、一応聞いた。
「あんたら、何処から来たん? 家や、家族は?」
それが大人の対応だと思った。
家に一時的に住まわせることは出来るが、家に帰すことを一番に考える。
でも、帰れない理由があるのなら、暫く居候させようか、と。
「……くそ親はオレが殺した」
「にぃ、殺してはないでしょ?」
女の方は、男のほうを「にぃ」と呼んだ。
恐らく兄妹かなにかだろう。
女に「にぃ」と呼ばれた男は、拳をギュっと握って、恐ろしい顔をして呟く。
「殺したかった」
普通の人間ならこんな訳アリそうな若い男女を家に迎え入れることなどしないだろう。
だが、姫埜はなんだか、この二人を放っておけなかった。
「……あんたら何歳?」
「18」
「るあは15!!」
放っておけなくて、詳しく話を聞くことにした。
男と女はやはり兄妹で、兄が十六沢魅禄、妹が十六沢琉亜というらしい。
兄の魅禄はぶっきらぼうだが、妹の琉亜は人懐っこかった。
親を殺した、ということは後で聞くことにしたが、どうやら家には帰りたくない、というか、”帰れない”ようだった。
兄がそういう事情で少年院に入っている間、妹は施設にいたらしい。
施設で上手くいかず、刑期を全うした兄に泣きついて二人で暮らすことにしたが、金も、家も、なにもないそうで、困り果てて、目についた姫埜に声をかけた、という。
桜も散りかけた4月上旬だが、夜はまだ肌寒い。
琉亜はオーバーサイズのパーカーを着ているが、魅禄はごく薄着で、小刻みに震えていた。
きっと、妹に寒い思いをさせたくなくて自分のパーカーを着せたのだろう。
いいお兄ちゃんだ。
「じゃあ、あんたらを心配する親はおらんねんな?」
「いねぇ」
「さよか。じゃあ、おいで。詳しくは後で聞くわ」
先導してマンションまでの道を姫埜が歩く後ろを、十六沢兄妹がついてくる。
兄、魅禄は右肩に二人分のボストンバッグを持ち、左腕に纏わりつく妹を適当にそのまま纏わりつかせている。
やはり、言動はやや傍若無人風だが、妹からすればいいお兄ちゃんなんだろうなと、姫埜は思った。
姫埜の自宅マンションは所謂タワマンと言われる、富裕層が住めるマンションだったので兄妹はびっくり仰天している。
「あ、あんた、何者?」
「ああ、私、アパレルとかの会社経営しとるから」
「おにぃ……めっっちゃ当たり引いたんじゃない?」
「まあ、会社経営しとる富裕層なだけで人格は破綻しとるかもしれんで?」
琉亜は驚かされて引いてしまったが、兄の魅禄は少し考えて、言葉を紡いだ。
「あんたは悪い人じゃなさそう」
「なんで?」
「なんとなく」
姫埜はわはは!!と笑って、二人をエレベーターに乗せた。
どんどん高層階に上がって行くので兄妹は、特に妹はドキドキした。
中層階から少し上がった階で三人は降りる。
そして、ドアを開ける前に姫埜は二人に聞いた。
「猫アレルギーとかない?」
「俺も琉亜もない」
「なんならおにぃもるあも動物好き!!」
「よかった」
がちゃり、と玄関を開けると、リビングのほうのドアからモカの鳴き声がした。
姫埜を待っていたのだ。
「ただいま、モカ」
「うにゃん!!」
「おにぃ!!にゃんこ!!可愛い!!」
モカにただいまを言い、抱き上げると、モカは嬉しそうにお返事をした。
それを見て、琉亜はきゃいきゃい騒ぎ出し、魅禄もなんだかそわそわしていた。
姫埜は、ああ、この子たちは本当に動物が好きなんだな、と感じ、大切なモカを触る許可を兄妹に出す。
「触る?」
「るあ、触りたい!!」
「……俺も」
恐々だが、優しく触れる二人に、こんな優しい子らが苦労してたんやな、となんだか切なくなり、自分がしっかり育ててやろう、と思った。
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