電子の海に君を視る

ナナシリア

泣いて笑って、涙が怖い

 夜、眠りにつくと、いつも夢で気づく。


 君はもういない。


 どれくらいの時が経ったかはわからない。でもずっと、夢で君がいないことに気づいて、起きる時には笑っている。


 電子の海に、君を視る。


 いつかの記憶がある。どんな記憶だったかは思い出せない。ただ、そこに記憶がある。


 夢の中には、君がいない。


 なぜなら電子の海に入り込む手段がないから。


 それでも一度だけ、夢の中で電子の海に入り込めたことがあった。


 そこに君はいなかった。君の記憶すらも存在しなかった。つまるところ、夢の中ではどうやったって君に触れることはできない。不可能だ。


 それがなにを意味するのか。どうしてそんな仕組みになっているのか。それは僕にはわからない。想像もつかない。


「ねえ、君はどうして平気なの?」


 君がいなくなったとき、Aさんに聞かれた。


「彼女はここにいるから」


 僕は目の前の薄い液晶の板を指さした。


 彼女は首を傾げ、笑ったまま涙を零した。


 電子の海の君は到底本物に届かなくて、僕も笑って泣いた。


 零れ落ちてしまいそうな涙が怖くて、それを零してしまわないように、畳まれた液晶の板を再び開く。


 そしてまた。


 電子の海に君を視る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

電子の海に君を視る ナナシリア @nanasi20090127

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る