第11話 別れるなんて言わない
少し触れるだけの簡単なキス――だったと思う。
緊張のせいで、ほとんど覚えていない。
かなりおぼろげで、あれは夢幻だったんじゃないかと思いたいほどに曖昧だ。
俺はたしかに信乃とキスをしたと思う。
そう思いたい……。
いや、たぶんした。
信乃の赤い顔を見れば一目瞭然だ。
「………………」
いつの間にか時間は過ぎ、帰る時間が迫っていた。玄関へ向かい、そこで信乃と別れの挨拶を交わした。
「今日はありがとう。楽しかったよ」
「お父さんがごめんね……」
気にしているのか信乃は申し訳なさそうだった。
「いや、俺の方こそヘタレですまん」
「気にしないでいいよ。わたしが守るからね」
「助かるよ。じゃ、俺は帰る。また明日」
「うん。またね」
俺は背を向け、大門寺家を後にした。
◆◇ ◆◇ ◆◇
帰宅後、俺はずっとぼうっとしていた。
信乃があまりにも可愛すぎて、脳内でずっと表情が残像として残っていたのだ。
風呂も、トイレも、食事の時も。
ずっとずっと信乃のことを考えていた。
俺は、俺が思っている以上に信乃のことが好きなのかもしれない。そう気づいた。
なんで今まで気づかなかったんだろう。
「どうした、ぼうっとして」
いつの間にか自室に戻ると、ベッドの上には姉が寝っ転がっていた。今日も軽装で薄着。刺激が強すぎるって。
「なんでもない」
「なんかある顔だぞ、それは」
「そうか?」
「まるで恋をしているような顔つきだ」
「えっ!? 俺、そんな顔に出てるかな」
「うむ。社、お前は顔に出やすいタイプだからな」
姉がそう言うのだから間違いないのだろう。……いかんな、ずっとニヤついていたかもしれない。キモかったかも……。
「俺は人生ではじめて恋をしたかもしれない」
「ほう、それは興味深いな」
「三年間も付き合って、今日初めて彼女の家に行った」
「バカなのか?」
「バカとはなんだ!?」
「いや、どう考えてもおかしいだろ。普通、一週間くらいで行くだろ。で、パコパコするだろ」
「うぉい!!」
冷静な顔でパコパコとか言うな!?
いや、まさに今日はそうしようと思ったけれど。表現がストレートすぎだろう、ダメ姉がっ!
ていうか、姉ちゃんは彼氏いたことないだろうに。
そんな素振りを見せたこともない。
言わないだけかもしれないけどさ。
――で、飽きたのか姉ちゃんは眠った。寝るなッ!
「…………すぅ」
「寝るの早ぇな。のび太くんかな?」
睡眠世界大会があったら、間違いなく上位だな。
まあいい、俺は信乃とメッセージを楽しむだけだ。
スマホを取り出し、画面をみつめる。
するとすでに何件かメッセージを受信していた。もちろん、信乃からだった。
信乃:さっきお父さんが目を覚ました
信乃:めっちゃ怒ってたよ。めんどくさい……
信乃:とりあえず説得したよ! 怒りは収まったみたい
あのお父さんの怒りを鎮めたのか。さすが娘だ。しかし、どんな呪文を使ったんだ? 俺は殺されかけたんだけどな。
これからも恨まれ続けるのだろうか。しんどいな。
社:それは良かった。次回は平気かな?
信乃:しばらくは家に来ない方がいいかもね
社:そうか。じゃ、作戦を考えてからだな
信乃:いいね! わたしも一緒に考えるよ
社:ありがと、信乃
信乃:いいのいいの。社くんと一緒にいられるのなら、わたしはなんでもするよ
本当にありがたい。
実際のところ信乃は優しくて、俺のためになんでもしてくれた。困ったことがあれば、助けてくれるし。
まるで三年前の恩返しのように、ずっとずっと俺を支え続けてくれている。
ここまで尽くしてくれるコは他いない。
今この瞬間に俺はようやく、あの時に『俺たち別れよう』なんて言ったことを後悔した。
社:この前はすまなかった
信乃:なんのこと?
社:別れ話さ
信乃:あー、あれね。気にしてないからね。次に言ったら怒るけど!
社:うん。もう言わない
信乃:約束だからね
社:もちろんだ
もう別れるなんて二度と言わない。
俺は信乃に誓った。
俺たち別れよう→彼女が可愛すぎて辛い(短編) 桜井正宗 @hana6hana
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