「精霊堕とし」


進軍している部隊が着々と結界へと近づいている。あと5分ほどで到着するだろう。


グザラ

「先に村にちょっかい出した愚か者がいてな。そいつらが持ってきた情報によると先日来たばかりの異邦人も恐ろしい強さだったらしい。まぁ、そいつは人族に任せるつもりだ。お前達は村人の人間を捕まえろ。人質にすれば事が早く済むからな。」


ドラゴニュート兵士

「了解しました!」


グザラ

「ふん…勝手な行動とはいえ結界には有効だった事が分かった。それ自体は大きな収穫だ。」


クザラは鎌のように鋭く尖った大きな生き物の牙を手に握っている。


グザラ

「それに例のゴブリンの長も手に入れたことだ。こいつを使ってやつらの足止めするとしよう。」


地上で進行している隊の一番後方には巨大な檻を馬の様なモンスター10頭に引かせて進ませている隊がある。檻の中には何者かが座っている影が見えるが座っているだけでも兵士の身長の1.5倍くらいあった。


ーーーー


黒斗

「瑞、危ないからリエルのお母さんと一緒に行動するんだ。いいな。」


瑞姫

「黒斗も絶対に無理しないでね!約束だよ!」


不安の表情を向けてくれる。黒斗の強さを知って未だにこの表情を向けるのは瑞姫くらいだが黒斗はそれが嬉しくもあった。


黒斗

「大丈夫だ。ライヤもいるし村の人達だって戦うんだ。そう簡単にはやられない。…それじゃあ行ってくる。」


リエルのお母さん

「ええ、瑞姫ちゃんの事は任せて!」


黒斗は頷きライヤの元へと駆けて行った。

そして地鳴りが近づいてくる。空の方にはドラゴニュートの兵士達が飛んでくるのが見え、地上からは人間の兵士たちが旗を掲げ侵攻してきていた。


武装した村人

「おい!あれはサーキュリー王国の王直属の親衛隊の旗!なんで親衛隊なんかがこんな村に!?」


クライル

「ドラゴニュート族め…王国と組んでいったとは…」


武装した村人

「無理だ…!勝てるわけない…!あそこにはマギル隊長がいるんだぞ…!」


ライヤ

「マギル隊長?」


武装した村人

「この国最強と謳われる人間兵器みたいなバケモンだ!ドラゴンすら一刀両断した実力らしい!」


クライル

「…。マギル…」


黒斗

「ひとまず話せるか交渉してくるか?」


ライヤ

「親衛隊まで引き連れて来るってことは交渉じゃなくて脅迫になりそうだけどな。」


ライヤの額から冷や汗が出てくる。

すると先頭を進んできた巨漢はこちらへと向かってきた。男の腰には豪華な装飾の鞘とそれに収められた剣が見える。男は黒斗達の正面に立つと声を荒げて警告する。


マギル

「村人達に告ぐ!大人しくエルフの王女を引き渡せ!さもなければ我ら親衛隊が武力を持って王女の身柄を拘束する!」


村人

「今、王女って言わなかったか!?」「え?じゃあリエルちゃんが?」「言われてみればお母さんとともに気品があるし…」


マギルから告げられる脅迫と真実に村人達は大きく動揺している。


マギル

「貴様らが大人しく王女を引き渡せば我々は穏便にここを去ると約束しよう。」


結界越しとはいえその立ち姿やその声のみで武装した村人を威圧するのに十分だった。


黒斗

「そういうことか。やっぱりこいつらの狙いは精霊魔法か。」


ライヤ

「ま、そうだろうな。」


クライル

「ふん。武装していかにも攻撃してきそうな奴らに大人しく渡すわけないわい。」


黒斗は落ちている石を拾っておく。


黒斗

「同意だ。」


するとそれを聞いたマギルは怪訝な表情で再びこちらを威圧してくる。


マギル

「おや?何か勘違いしているようだな。これは交渉ではなく命令だ。速やかに実行する事を勧める。」


村人

「なんでリエルちゃんを狙うんだ!」


マギル

「これは国家命令だ。詳しくは言えないが文句があるならこのマギル・ヴァーキンスが相手をしよう。」


マギルは剣を鞘から引き抜くと1人の村人にその剣先を向ける。


ライヤ

「黒斗!あいつが結界内に入ってきた瞬間捕らえるぞ!ドラゴニュート族は結界内に入れないはずだ!」


マギル

「結界内に入らずともここからで十分だ。」


剣を構え大きく振りかぶる。


村人

「大丈夫だ!対ドラゴン用の結界だからすぐには壊れないはずだ!今のうちに……っ!」


その瞬間、目の前の結界に亀裂が入った。

そして次の瞬間、結界の上部から結界が割れていきそこを軸として結界全体が解かれていった。黒斗が上を見上げるとそこには何かの生き物の巨大な歯を1本持ったドラゴニュート族がいた。


マギル

「ぬんっ!」


そして無慈悲にも振り抜かれたその斬撃は空気を切り裂き、巻き込み、そして一本の斬撃として遠くにいたはずのライヤの胸を大きく斜めに引き裂いた。


ライヤ

「…っ!」


黒斗

「ライヤっ!!」


ライヤは膝から崩れ落ちた。


黒斗

(斬撃が飛んできた!?魔法の一種か…!)


そしてその絶望の間を合図に一斉にドラゴニュート族の兵士と人間の兵士がなだれ込んできた。


人間の兵士

「今だ!進軍開始ー!!」「うおぉぉー!!」


ドラゴニュート兵士

「我々も後を続けー!!」「うおぉぉぉ!!」


しかし、そこでクライルが大声を張り上げた。


クライル

「お前らー!!死ぬ気で守れー!!」


武装した村人

「よっしゃー!!!!」


開戦が始まる。敵の兵力、人間の兵士約1000。ドラゴニュートの兵士約100人。ライヤを含む武装した村人、総勢150人。

あまりにも人数差で不利だった。


黒斗

「ライヤ!!大丈夫か!!」


膝を付き肩で息をするライヤを黒斗はそばにかけよった。傷は深くは無いが出血が酷い。肩から脇腹の方まで切り裂かれている。


ライヤ

「あぁ…!それよりも皆を…!」


力強く踏ん張りライヤは立ち上がった。


黒斗

「その怪我で無理するな!今リエルのところに…」


ライヤ

「駄目だ…!!」


ライヤにしては珍しく焦っているのが分かる程の声だった。


ライヤ

「リエルのところに…!行かせちゃだめだ!」


黒斗

「…分かった。絶対死ぬなよ。」


ライヤ

「へへっ。大丈夫だって。こんな傷一時的に痛むだけだ!」


立ち上がって間もないのにも関わらずいつの間にか出血は止まっていた。ライヤの方もだいぶ落ち着いたのか両手を越しに手を当てて笑ってみせる。


ライヤ

「じゃあ、俺はあいつを止める。黒斗はこいつらを村の皆のところに行かせないでくれ。」


黒斗

「分かった。」


ライヤは前方で剣を鞘に戻しているマギルを見る。


マギル

「あれを耐えるとは中々頑丈だな。だがもう抵抗は無駄だ。大人しくそこで伏せているのが正解だったな。」


ライヤ

「さてと…一発もらった分、返さないとな。」


マギル

「できるとでも?………っ!?」


傷口は完全に塞がり準備運動を始めるライヤ。流石のマギルも驚いた様子を隠せない。


マギル

(傷口が…!塞がっている!?)


ライヤ

「出来るかというよりも…」


体を動かし異常が無いことを確認すると再びマギルに視線を飛ばした。


ライヤ

「やるんだよ」


ライヤの表情が一気に引き締まり少し怒ったようにマギルを睨みつけていた。


ーーーー


クライル

「ふんっ!」


クライルは自分で作成した長身の両刃の剣を襲い来る兵士を次々と斬り伏せていた。


クライル

「身体が覚えてるとはいえ、やはり歳じゃわい。」


黒斗

「クライルのおっさん、あんな強かったのか。」


横を走り抜けてあっという間に村の中心へと近づき進軍兵士の先頭へと辿り着く。

そこでは今まさに走る兵士が護衛として配置していた武装した村人へと剣が振り下ろされる直前だった。


黒斗

「くっ…!間に合わない!」


このままじゃ間に合わない。そう確信した黒斗は体に力を込める。


黒斗

「技を借りるぜ。」


そう言った次の瞬間、黒斗の周りの空気が変わる。


黒斗

「【纏雷】(てんらい)。」


髪は少しフワリと静電気の様なエネルギーを帯びて癖っ毛のようにはねる。バチバチと周囲の空気から音が鳴りだした。


黒斗

「【俊雷】(しゅんらい)。」


纏ったエネルギーを踏み込んだ足に集中させ体全体をエネルギーで覆う。そして地面を蹴った瞬間、黒斗の体は兵士と村人の間まで瞬間的に移動し、そこに現れていた。まるで雷鳴が轟くような音が辺りに広がり、一瞬にして移動していたのだ。


黒斗

「んんっ!」


そのまま足を振り抜き剣を根元からへし折った。


人間の兵士

「なんだ!?」


突然目の前に現れた黒斗に兵士は驚愕している。

一度着地し兵士の腹部めがけて回し蹴りを打ち込む。


人間の兵士

「げはっ…!」


後ろへと転げ飛んでいく。仰向けになり止まったその表情は白目でアワを吹いているが威力は抑えたので死んではいないだろう。


人間兵士

「こいつから先に仕留めろ!」


他の人間の兵士は黒斗を囲もうと広がるが後ろにはリエルや瑞姫含めて戦えない村人達もいる。


グザラ

「あの人間は…」


グザラは空中でその一部を見ていた。


グザラ

「使えるな…」


良からぬことを考えたグザラはその場を離れ巨大な檻の前まで飛んでいく。


グザラ

「昨日捕らえたこいつの出番だ。」


巨大な檻の中には全身苔のような緑色の生き物が座っており、グザラを睨みつけている。


ドラゴニュート兵士

「まだエルフを確保していませんがよろしいのでしょうか?」


グザラ

「案ずるな。こいつにはグレゴリー大臣の催眠の魔力がかかっている。リエルには手を出さんし仮に暴走したとしても俺が止めてやろう。」


ドラゴニュート兵士

「はっ!」


ドラゴニュート兵士は返事をすると檻の鍵を解放し、扉を開けた。


巨大な苔色の魔物

「グオォ…」


グザラ

「くくくっ。さあ!出ろ!ゴブリンの上位種オーガよ!お前の仲間たちを殺したやつらに復讐をしてやれ!」


グザラのその言葉に反応したオーガは檻の中で窮屈そうに腰を上げ頭をぶつけない程度に屈みながら外へと出てきた。


オーガ

「グガァァァ!!」


雄叫びとともに広がる殺気。その強烈な歪みに空気が一変する。


ライヤ

「!?」


いち早くライヤは反応し、そちらの方へと視線を向ける。


ライヤ

「昨日の嫌な感じのやつだ…!皆がヤバい!」


そう呟いた次の瞬間、再びあの斬撃が飛んできていた。


ライヤ

「ふっ!」


ライヤは後ろに飛び上がりその斬撃を躱す。斬撃は進行方向にあった石を容易く切り裂いた。


ライヤ

「そう簡単には行かないか…」


マギル

「ほう。よく避けた。久しぶりにやりごたえがありそうだ。」


ライヤ

「手加減は……出来そうにないな。」


マギル

「ほう?手加減などする必要はないぞ?どのみち助からないのであればその全力を持って俺を満足させてみろ。」


マギルは剣を構え、ライヤもそれに向かい合う。


ライヤ

(任せたぞ…黒斗!)


そして、その脅威は黒斗の元へと向かっていった。

黒斗はドラゴニュート兵士と人間の兵士を同時に相手にしながら村人達が安全場所まで避難できるように時間稼ぎをしていた。


リエルのお母さん

「さあ!早くこちらに!」


リエルのお母さんが誘導し皆を安全な場所まで補佐している。追手が来るのが見えるとリエルのお母さんは魔法を放ち追手を撃退していた。


リエル

「お母様!私も…!」


リエルお母さん

「駄目よ。狙われてるのはあなたなのよ。リエル。今の私は普通の魔法しか使えないけどあなたと村の方を守ることくらいならできる。ライヤ君も旅の方も戦ってくれてるわ。あなたが傷つかないように。」


リエル

「でも…」


村人(おばあさん)

「リエルちゃん。さあ、早くこっちへ。」


村人の一人、おばあさんはリエルを村人達の中心へと引き戻す。


瑞姫

「リエルさん!一緒に皆を待とう!」


リエル

「瑞姫ちゃん…」


瑞姫の曇りない笑顔はリエルを安心させるためだろうか。瑞姫も黒斗が心配なはずだがリエルにはそれを気取られないようにしているようにも見えた。


ーーーー


黒斗

「はぁっ!!」


黒斗は兵士を次々と払いのける。先程の力はやりすぎてしまうので使ってはいない。


黒斗

「数が多すぎるな。」


そして、黒斗方に大きな足音がやって来た。


黒斗

「来たな…こいつがやつらの秘密兵器ってことか?」


オーガ

「グルル…」


オーガは黒斗の様子を確認すると両拳を上げて勢いよく吠えた。


オーガ

「グガァァァァ!」


そのまま両拳を黒斗目掛けて振り下ろした。


黒斗

「っ!」


すぐさまバックステップで距離を取る。ズドン!と鈍い音を立てた地面の表面が潰し固められたようにへこんだ。そう、先程まで黒斗が立っていた場所には大きなクレーターが出来ていた。


黒斗

「こいつがライヤ達の世界のオーガか?思ってたより強そうだな。」


オーガ

「グルル…」


身長は黒斗のおよそ3〜4倍程の大きさもある。鬼気迫るその表情は怒り以外の感情が無いように思える。

その時、グザラ率いる部隊が複数人空を飛んでリエル達の元へと飛んでいく。


グザラ

「貴様はそいつの相手でもしてるんだな。」


黒斗

「行かせてたまるか!」


黒斗は落ちていた人間兵士の武器を拾い上げグザラの翼目掛けて投げつける。


グザラ

「フンッ!」


グザラは武器を間一髪で避けそのまま向かう。


黒斗

「クソ!皆が危ない!」


すぐに追おうとするが後ろからオーガの拳が迫ってきていてすぐさま空中へと躱す。


オーガ

「グガァ…」


着地すると再び黒斗の周りの空気が変わる。先程のようにバチバチと音を立て始める。


黒斗

「 【俊雷】(しゅんらい)。」


少しオーガの足が後ろへと下がった。オーガもその異変に驚いているようだ。


黒斗

「悪いが、手加減してる余裕がない。」


リエルや瑞、村の人達を頭に浮かべ力を込めた。


黒斗

「すぐに終わらせるぞ。」


雷のようなけたたましい音と共に辺りに雷光が轟く。

音が鳴り止み、その場に静寂が訪れた。


そして、その跡には気絶している兵士達と巨大なオーガが一体倒れていた。

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