さよなら、杉谷。

「期限に間に合ったようで良かったです。」


 能登羽は現場に現れた小谷に向けて、そう言った。


「刑事さんは私の殺しを立証できるんですか?」

「ええ、証拠はばっちり残されています。あなたが14人を殺し、あなたの仲間達が13人を殺した。その一方で、あなたの仲間達も26人殺された。


 杉谷さんの犠牲には、あなたも感情を抑えきれなかったのではないですか?」


 小谷は少し動揺した。


「杉谷さんの犠牲は、この事件に裏があったからこその感動でした。


 あれが無ければ、互いに消耗戦になっていたでしょう。誰かが生還するまでの殺し合いです。」

「もういいでしょう。そろそろ本題に移ったらどうですか?」

「そうですね。


 では、ここで53人殺された証拠を出しましょう。」


 能登羽はそう言って、スマホの画面を小谷に見せた。


「まず、あなたは盗もうとした相手を仲間と協力して挟み撃ちにし、殺しましたね。そして、あなたはそのまますぐに2人を殺した。相手は手も足も出ていませんね。


 ここにあなたの犯行がよく映っています。


 この後、あなたの仲間が3人殺される。そして、次に、相手を3人殺す。そして、次はあなたの仲間が3人殺される。


 この繰り返しです。あなたも相手もいい殺し屋ですね。殺された相手は手も足も出ていない。


 しかし、最後にあなたが相手の隙をついて、相手を追い詰めました。しかし、その途中で、中田さんが相手に死を与えられる。


 非常に悪い状況でした。中田さんはその場に倒れ込んでしまった。それに奮起した杉谷さんは相手と死闘を繰り広げました。相手も杉谷さんも防戦一方の粘り合いでした。


 しかし、最後に杉谷さんが勝った。自分を犠牲にして、あなたを逃がした。そして、あなた達は勝った。杉谷さんの犠牲のもとに。」

「もう止めてください!」


 小谷は明らかに動揺していた。


「なぜ怒っているのですか?


 素晴らしいじゃないですか? あなた達の勝利ですよ。」


 小谷は能登羽に掴みかかる。


「離してください。あなたはまだ罪を犯していない。


 だから、今、罪を犯さない方がいい。」

「……。」

「確かにあなたはこの現場でたくさんの人間を殺した。でも、私はそれを糾弾することは出来ない。


 だって、1年前のあの窃盗事件は衝撃でした。」

「調べたのか?」

「ええ、まさかあなたも盗まれるとは思わなかったでしょう。」

「ええ、でも、私達の脇が甘かっただけです。」


「まさか、


 1年前、あなたの高校と今回の対戦相手の高校が戦った。あなたの高校の方が有利であった。なぜなら、今はプロ野球選手になっているエース投手がいたからです。


 でも、相手チームはそのエースの投げる球を狙い撃ちするように、ヒットを重ねた。


 そして、あなたの高校は地方大会で負けた。


 その後、相手チームのサイン盗みが見つかった。


 それでも、あなたの高校の負けは無くならなかった。あなたは悔しかったでしょう。だって、あなたの尊敬するエース投手がサイン盗みと言う姑息な手によって、負けさせられたんですからね。


 だから、あなたはリベンジを誓ったんです。


 あなたは投打ともに練習した。


 その成果が実り、1回は盗塁の上手い相手選手を牽制死に追い込み、アウトを重ねました。二併殺もありましたね。そして、0-0の9回裏に、あなたは1アウトの場面でスリーベースを放った。


 ここで、中田選手がバッターボックスに入りますが、相手投手の投げたボールがすっぽ抜け、中田選手に死球デッドボールを与えた。中田選手はその場から立ち上がることができずに、代走が送られた。


 雰囲気が最悪の場面で、杉谷さんは相手投手の球を粘りました。そして、最後にはフライを打ち上げた。犠牲フライには十分でした。


 あなたは走り出し、ホームベースを踏んだ。


 あなた達が勝ったんです。サヨナラ勝ちです。


 この時、アウトカウントは2アウト。そうなると、野球は9回だから、この試合では、53アウトが出る。


 そして、この試合ではベンチ入りも合わせて、20人の選手を入れることができる。また、監督とマネージャーは互いのチームに1人ずついる。そして、審判は塁毎にいるから、4人。


 応援席にはあなたの高校の応援団やOBたちもいましたが、それは現場と関係ない。


 よって、48人の人間がこの現場にいたことになる。


 殺された人数が53人なのに、48人の人間しかいなかったのはこういう理屈だったんです。


 何回も殺された人がたくさんいたんですよ。


 そして、殺された選手は試合が終わると、ここから離れていった。よって、53人が殺されたのにもかかわらず、死体の跡がない綺麗な野球場ができる訳です。」

「……刑事さん、私の負けです。


 私が殺しました。私は後悔していません。この日のために、1年間、死に物狂いで努力してきたんです。


 これで、良かったと思います。


 だから、私に罪を償わせてください!」


 小谷は両手を能登羽に向ける。能登羽は腰の手錠を探る。


「おっと、どうやら、私は手錠を持っていない。


 これでは、あなたを逮捕することができない。」

「えっ!?」

「実は、先ほど、いたずらの通報をした人間を逮捕したんです。


 だから、私は手錠を持っていない。」

「でも、私は14人を殺したんですよ!」

「いいえ。あなたは誰も殺していません。


 だって、私は結局、あなたが殺した人間の死体を見つけることができなかった。


 だから、私の負けです。あなたは明後日の決勝戦で、また人を殺してください。」

「そんな! それでいいんですか! あなたは刑事でしょう?」

「刑事だからです! 刑事だから、あなたを逮捕できない。


 というより、逮捕したら、誤認逮捕の始末書を書かないといけません。」

「……。」

「あなたの手は、人を生かす手じゃありません。


 人を殺す手だ!」

「……っ!」


 小谷はその場で、声を上げて泣き崩れた。


 それはまるで、試合開始のサイレンのようだった。

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能登羽警部のバカミス事件簿 阿僧祇 @asougi-nayuta

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