第78話 帰れないなんて
ナナセ達が去った後、リスティは呆然とその場に立ち尽くしていた。
「クソッ、何で開かないんだ! 来る時はすんなり入れたのに!」
ユージーンは何度も扉に体当たりをしている。
「出口がないなんて嘘だろ? あいつらが脅してるだけだろ?」
ゼットは強がるようにわざとらしく冷静を装っていた。だが彼の視線は落ち着きがなく定まらない。
ベインはムギンを見つめながら、暗い表情でその場にへたり込んだ。
「駄目だ……ムギンも反応しない。緊急通報も使えないみたいだ。扉が開いたと思ってたけど、あれは一時的に開いてただけだったんだ……ここに来てはいけなかったんだ……」
その場にいる誰もが疲労困憊だった。他の仲間達も、ベインに続くように地面に座り込みだした。
───シャトルフの扉の前にやってきたリスティ達一行は、扉を警護していた守護団員の報告通りに扉が開いているのを確かに確認した。
リスティ達が扉をあっさり通り抜けられたのは当然だ。理由は不明だが、確かにその時だけ扉は開いていたのである。
だがリスティ達が扉を通り抜けた後、再び扉は閉じた。その後ジェイジェイとルシアンが扉の前に到着し、ジェイジェイが「裂け目」を見つけた──
つまり、扉はもう開かない。リスティ達は完全に「間の世界」に閉じ込められたのである。
「大丈夫ですか? リスティ様。少しお休みになられては?」
マオがリスティを気遣った。広場にあるボロボロのベンチにリスティを座らせようとマオがリスティの手を取った時、レオンハルトがリスティに怒鳴った。
「リスティ! お前のせいだぞ! お前がナナセを上手くなだめてポータルに入れてもらえるように交渉しなかったからだ! おかげで俺達はこんな所に閉じ込められちまったんだぞ!」
ユージーンが慌ててリスティを守るように彼女の前に立つ。
「レオンハルト、リスティ様になんてことを言うんだ! 下がれ!」
「うるせえ、無能の白鎧が! お前ら守護団員が『扉が開いてる』なんて言うから俺達はこんなところに来るはめになったんだぞ! 安全かどうかも確かめずに!」
「リスティ様のみならず、ノヴァリス守護団も侮辱するとは!」
ユージーンは思わず鞘に手を伸ばす。
「ユージーン、やめて」
リスティが剣を抜こうとするユージーンをたしなめた。
「しかしリスティ様。レオンハルトの侮辱を許していいのですか?」
怒りが収まらないユージーンを見て、ゼットも加勢する。
「レオンハルトみたいな犯罪者に好き勝手言わせていいのか? リスティ様」
リスティは深いため息をついた。
「……確かに、レオンハルトに少し甘くし過ぎたかもしれないわ。ユージーン、彼をそこの木に縛り付けておいて」
「承知しました」
「……!? おい、縛るって何だよ」
動揺しているレオンハルトにユージーンは近づき、ゼットとベインも手伝いレオンハルトは無理やり大きな枯れ木の所へ連れていかれた。ユージーンは手早くロープでレオンハルトを木にぐるぐる巻きにした。
「こんなことして、ただですむと思うなよ!」
悪態をついているレオンハルトに、リスティは冷たい視線を送った。
「あなたのことは信用できないのよ……。あなたを放っておいたら私の仲間に何をするか分からないわ。だからあなたにはそこから動かないでもらいます」
ユージーンは満足そうな顔で、悔しそうなレオンハルトをじろじろと頭からつま先まで見た。
「そこで反省でもするがいい。リスティ様を侮辱した罰だ」
「お前こそ反省しろ、無能が。俺達をこんな場所に連れてきやがって」
レオンハルトは再びユージーンに悪態をついた。ユージーンは無言でレオンハルトに近寄ると、思い切り顔を殴りつけた。
ユージーンの暴力に、その場の空気が凍った。ユージーンは涼しい顔でリスティのそばへ戻る。
仲間達の動揺をごまかすように、リスティは大きな声を出した。
「さあ、みんなで出口を探しましょう。今すぐにグループを二つに分けて出発してちょうだい。私達はここで待ちます」
今から出発しろと言われ、まだ体力が回復しきってない仲間達は困惑し、顔を見合わせた。
「さあ、リスティ様がこう仰ってるんだ。すぐに出発してくれ。私はレオンハルトの警備をしなければならないからな」
ユージーンはこの場に残る気満々だ。仲間達の輪に入り、グループ分けをし始めた。
「ゼット、ベイン。あなた達もよ。すぐに行ってきて」
「え、俺達も?」
ゼットとベインはリスティに出発しろと言われ、お互いに顔を見合わせた。
「ここは安全だからマオとユージーンがいれば十分よ。早く行ってきて」
「わ……分かりました」
不満そうな顔を浮かべたゼットと疲れた顔をしたベインは、渋々仲間達の元へ走った。
二手に分かれて探索に出かけたリスティの仲間達だったが、どちらも重い足取りでリスティの所へ戻って来た。
ゼットは暗い表情でリスティに報告する。
「出口を探そうにも、どこを探せばいいか見当もつかない。おまけに外は魔物だらけだ。宵の泉からまた魔物が湧き出てきてる。このまま進めば倒れる者が出てくるから、一旦戻ることにしたよ」
リスティはゼットの報告を不機嫌な顔で聞いていた。
「もういいわ。あなたに任せたのが間違いだった。下がって」
レンをリーダーとするもう一つの探索班も、やはり表情は冴えなかった。
「出口らしきものは見当たらない。せめて食料を見つけて戻ろうと思ったが、木は全て枯れ、川に魚はいない。イノシシやクマなどの動物もいなかった。鳥すらもいないんだ……ここは何もない。いるのは魔物だけだ……」
レンは相当参っているようだった。頭を抱え、立っていられずにとうとう膝をついてしまった。
「……何も、ない? 食べるものが? どうしたらいいの? 出口もない、食べ物もないなんて」
リスティはがたがたと体を震わせた。ようやく事の重大さに気が付いたのだ。リスティは空を見上げた。どんよりと曇った夜のような空はずっと変わらない。遠くの風景は紫色のもやのようなものに阻まれて見えない。地図もない。あるのはボロボロの屋敷だけ。
「……嫌、早く帰して。ねえ、どうにかしてよ! レン! ゼット! あなた達って本当に役に立たないわね! 食料は後回しよ、もう一度出口を探しに行ってきて! 今すぐよ!」
リスティは怒りに任せてゼットとレンに怒鳴った。いつも冷静を装っていたリスティの醜い姿に、それを見ていた仲間達は動揺していた。
ゼットとレンは疲れた体を引きずるように、仲間を引き連れ再び出口探しに出かけた。
「リスティ様。少し落ち着いてくださ……」
「うるさい、マオ! 私の世話をするしか能がない癖に、私に指図しないで!」
リスティは気遣うマオの手を思い切り振り払った。マオはリスティの態度に傷ついた顔をした。
「何よ、その顔! あんたもぼーっとしてないで、もっとマシなベンチを探してきてよ! こんなガタガタのベンチに私を座らせて恥ずかしくないの!?」
完全な八つ当たりだ。マオは泣きそうな顔になりながら「はい、リスティ様」と答え、ベンチを探しに出かけた。
ユージーンはため息をつきながら、リスティに話しかけた。
「リスティ様、きっと疲れてるのでしょう。少し休憩すれば気分も晴れるはずです。大丈夫、出口はすぐに見つかるはず……」
リスティはユージーンを睨みつけた。
「ユージーン、そもそもあなたが扉の向こうは安全だと言うから私はここに来たのよ? 私がこんな目にあったのはあなたのせいよ」
「は……しかし、早くダンジョンに入って調査したいと仰ったのはリスティ様では……」
「そうやって私のせいにしないで。あなたはいつも誰かのせいにするのよね。自分だけがいつも正しいと言いたげなその態度、見ているとイライラするわ。早くレオンハルトの警備に戻って」
「……仰せのままに」
ユージーンは大仰な身振りでリスティに敬礼をすると、枯れ木に縛られたレオンハルトの所へ行った。
「ほら、あんな女に入れ込むからこんなことになったんだよ」
縛られたままのレオンハルトは、乾いた笑いを漏らした。
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不協和音のスローライフ 弥生紗和 @yayoisawa
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