第77話 出口がない

 ナナセ達一行は来た道を戻り、出口となる「扉」がある広場まで戻って来た。


「みんな、お疲れさん! 全員揃ってるか? 今からここを脱出するぞ」

 タケルは仲間達に声をかける。冒険者達は「みんないるぞ!」「早く戻ろう!」などと声を上げた。

「よし、じゃあジェイジェイ、裂け目を見つけてくれ」

 タケルに声をかけられたジェイジェイは頷き、扉に近づいた。この「シャトルフの扉」は本来まだ行き来できる状態ではないので、そのままでは通り抜けられない。ジェイジェイは扉の枠の辺りを調べ始めた。


「あいつら、先に戻ったのかね」

 フォルカーがタケルに話しかける。

「戻ったんじゃねえか? 俺達よりだいぶ前に逃げて行ったしな」

 タケルはフンと鼻で笑った。


 レオンハルトが以前所属していた「ライトブリンガー」のリーダー、エマが二人に近づいてきた。

「レオンハルトには心から失望しました。リスティに拾われ、少しはまともになったのかと思っていましたが……私達に助けられてもお礼を言うどころか、暴言を吐いて去って行ったそうですね」

「エマ、仕方ねえよ。ああいう奴は変わらねえ」

 タケルは肩を落とすエマを気遣うように、そっと肩に手を置いた。



 ジェイジェイはなかなか出口を見つけられなかった。何度も同じ場所に体当たりしてみたり、角度を変えて探ってみたりしていたが、彼は首を傾げるだけだ。

 ジェイジェイの表情を見て不安げな表情を浮かべたタケルは、ジェイジェイの元へ駆け寄った。

「大丈夫か? ジェイジェイ」

 ジェイジェイは俯き、静かに首を振る。

「……すまない」

「何が?」

 タケルはジェイジェイの浮かない顔を見て、焦りを浮かべた。

「……裂け目が、ない。この扉は完全に閉じられている。少しの隙間もない」

「……え?」


 タケルとジェイジェイが何やら深刻な表情で扉の前に立っている姿を見たナナセは、なんだか胸騒ぎがして急いで二人の元へ向かった。


「どうしたんですか?」

「ああ……ナナセ。すまない、俺では出口を見つけられない。君が探してくれないか? 出口を見つけるのは君の方が得意なはずだ」

「出口が見つからない? え……でも、ここを私達は通ってきたんですよね」

 ナナセは困惑した顔で扉を指さした。

「向こうからは通れたが……どうやら一方通行のようだ」


 ジェイジェイが首を振る横で、タケルはおもむろに「ポータルの鍵」を取り出して床に落とした。だがポータルの鍵はカランと乾いた音を立てて地面に転がるだけだ。

「やっぱりポータルは使えねえよなあ。ナナセ、出口を探せるか?」

「探せるかって……あの時はこことは違い、裂け目の中でした。ここは裂け目とは違う別の世界です。上手く裂け目が探せるかどうか……」


 ナナセは周囲を見回した。以前ナナセが裂け目に落ちた時は、無我夢中で探っていたら偶然出口を見つけたのだ。どうすれば出口が分かるのか、ナナセにはやり方が分からない。

「そうだよなあ。この広い世界で出口を探すのは骨が折れるぜ」

 タケルもナナセと同じように周囲を見回し、ため息をついた。

「この扉の向こうにシャトルフの森があることは確かなんですよね。それは分かってるのに……」

 ナナセは扉に手を触れる。あちこちに手を伸ばし探ってみるが、裂け目のようなものはない。


「こうなったら人海戦術だ。みんなで出口を探すぞ」

「……ううむ、危険なんだがな……もしも出口ではなく『世界の裂け目』に入ってしまったら取り返しがつかないぞ」

「そんなこと言ってたらいつまでも帰れないだろ? リスティ達が先に帰ったんなら、出口はここにあるはずだろ? ジェイジェイ、もう一度よく探してくれよ」

「そもそもリスティ達は本当に先に帰ったのか? まだこの世界のどこかにいる可能性がある」

「あー……そうか……」

 暗い表情で話し合うタケルとジェイジェイ。その間ずっと扉を探っていたナナセは、ハッと顔を上げ振り返った。


「ここを出る方法があります!」


 タケルとジェイジェイはキョトンとした顔でナナセを見た。

「方法って何だよ?」

「私、前にルシアンさんから『欠けた魔術書』の魔術を教えてもらったんです」

「ああ、欠けた魔術書を修復したって話は聞いてるけど……」


「その魔術は『範囲内のドーリアを他の場所に移動させる』というものでした。その魔術を使えば、全員が脱出できます!」


 タケルとジェイジェイは目を丸くした。

「本当か!? それなら確かにここから出られるかもしれねえ」

「いや、待て。その魔術は危険じゃないのか? ポータルが使えないのに、魔術なら使えるとは限らない。移動に失敗して『裂け目』に入ってしまう可能性も……」

 興奮するタケルと訝し気なジェイジェイを前に、ナナセは落ち着いていた。


「きっとできます。この扉の向こうにシャトルフの森がある。行き先が分かっているんだから大丈夫です」

「いいぞ、試してみる価値はあるな」

「いや、タケル。仮にその移動魔術が本当にできたとして、ナナセが一人で全員を移動させるんだぞ? ここにいるのは八十人。彼らをナナセ一人で移動させるなんて」

「やれます」

 ナナセはきっぱりと言い切った。


「ルシアンさんには『役に立つ時に役に立つ魔術を使え』と言われています。この移動魔術は私にしかできない。今こそ私が役に立つ時なんです」


「よし! やろう!」

 タケルは頷くと仲間達に向き直った。




「みんな、聞いてくれ! 残念ながらこの扉は閉じていて使えない。このままだと俺達は向こうへ帰れない」

 タケルの言葉に仲間達がざわつき始めた。

「だから代わりに、ここにいるナナセが移動魔術を使ってシャトルフの森へみんなを送ることになった。そこでみんなに協力を頼みたい! ナナセの魔力を回復させる薬を渡してくれ!」

 ナナセは仲間達に頭を下げた。

「私が必ずみなさんを元の場所へ送り届けます。お願いします」


「彼女に任せて大丈夫なの?」

「移動魔術なんて聞いたことないぞ……」

 その場の空気がざわつき始めた。無理もない、移動魔術は本来「存在しない」魔術なのだ。彼らが疑うのも無理はない。


 そんな中、ルインが真っ先に声を上げた。

「ナナセを信じてください。彼女は嘘は言いません」

 マカロンも手を上げる。

「ナナセに協力しようよ! 私、少し薬持ってる!」

 ヴィヴィアンとノアも慌てて「残った薬をナナセに渡そう!」と声を上げた。


 ルビィが歩み出て、ナナセの前に立った。そして自分の指にはめていた指輪を外し、ナナセの手を取って指輪を渡した。

「これは『魔攻の指輪』よ。これを着ければ魔力が増幅するわ」

「……ルビィさん、ありがとうございます! お借りします」

 ナナセはぎゅっと指輪を握りしめた。

「あなたを信じるわ、ナナセ」

 ルビィは微笑み、ナナセの肩に手を置いた。

「みんな、余ってる魔力回復薬があったら出してくれ! 魔力増幅薬もあれば頼む!」

 ツバサが声を張り上げる。その場にいた者達がそれぞれ余った薬を持ってナナセに持ってくる。

「これくらいしかないけど……」「頑張れよ」「頼むわね!」などと声をかけられ、ナナセは胸が熱くなりながらひたすら彼らに礼を言い続けた。


「ナナセ、私もギリギリまで残って手伝うからね」

 ルインは仲間達から集めた薬をまとめながらナナセに言った。

「ありがとう、ルイン」

「私達も残るよ!」

 ヴィヴィアン、マカロン、ノアの三人もナナセを取り囲む。

「みんな、ありがとう。じゃあ始めようか」

 ナナセはルビィから借りた指輪をしっかりと嵌め、深呼吸をした。




 移動魔術は一度に六人まで運べる。ルシアンからそう聞いていたが、実際に六人を運んだことはもちろんない。ナナセは魔力増幅薬をぐいっと一気飲みした。この薬は一時的に魔力の力を強めることができ、魔術を効率的に使用できる。指輪の効果と相まってかなり魔力が強まったナナセは、胸に手を当て、自分に言い聞かせた。


(大丈夫、やれる)


 最初に魔術を受けると名乗り出たのはツバサ達コーヒーゾンビのメンバーだ。六人に集まってもらい、ナナセはロッドに魔力を込め、ツバサ達に向ける。すると彼らの足元にポータルのような光が現れた。

「シャトルフの森へ!」

 ナナセがロッドを振ると、足元から光の柱が彼らを包み込み、一度大きな光がはじけるように放たれ、ツバサ達は一瞬でその場から消えた。


「本当に移動できるんだ!」

 その場にいた者達が驚愕の表情を浮かべた。

「並べ、並べ!」

「グループを作って、急いで!」

 移動魔術が本物だと知った彼らは、慌てて列を作り、順番を待った。ナナセは間髪入れずに次のグループに魔術を使う。ナナセの魔力が切れそうになると、ルインがすかさず薬を飲ませる。ヴィヴィアン達は順番待ちの列を整理していた。



(……くらくらする)

 薬で魔力を増幅できるとは言え、連続で大きな魔力を使う魔術を使用するのは体への負担が大きい。さすがのナナセにも疲労の色が浮かぶ。

「大丈夫?」

 隣のルインは不安そうだ。タケルもナナセの側に立ち、彼女を気遣っていた。

「無理すんなよ。辛かったら少し休憩しろ」

「大丈夫です」

 無理やり笑顔を作り、ナナセは仲間達を移動させ続けた。




 何度も同じ魔術を使い、疲労に耐えながらナナセは仲間達を送り届け、とうとう残りはルインとヴィヴィアン達三人、そしてタケルのみとなった。


「お疲れさん、ナナセ。これで最後だな」

 タケルはナナセをねぎらい、肩に手を置いた。

「はい。みんな、ありがとう。もう薬もないし、魔力もぎりぎりだよ」

 ナナセは肩で大きく息をしていた。仲間達から集めた薬は使い切り、ナナセの魔力も残りわずかだ。

「じゃあみんな集まろう」

 ルインが声をかけ、全員がナナセの周囲に集まる。ナナセはロッドに魔力を込め、足元に光が現れた。


「あ! ねえ、みんな見て!」

 マカロンが突然声を上げた。何事かとマカロンが見ている方角にみんなが目をやった。そこにはぞろぞろとこちらに歩いてくるリスティ達調査団一行がいた。




 リスティ達は明らかに疲れていた。一行の足取りは重く表情は暗い。

「リスティ様、あれを……」

 リスティの前を歩いていたユージーンがナナセ達を指さし、さっと道を開けた。リスティはナナセの顔を確かめた後、ナナセ達の足元に現れた光の円を驚いた顔で見た。

「あれは何?」

 リスティが独り言のように呟く。ゼットはリスティの言葉を聞くと前に歩み出て、ナナセを指さしながら声を張り上げた。

「おい、ナナセ! それは何だ? ここはポータルが使えないはずだぞ」


「話を聞くな、ナナセ」

 タケルがナナセに小声で囁く。ナナセはロッドを握ったままリスティ達を睨みつけている。


「リスティ様、あいつらは放っておいて早く外に出ましょう」

 ユージーンはずかずかと大股で歩き、シャトルフの扉の前に立った。当然ながら扉が開くわけもなく、ユージーンが扉を押してもうんともすんとも言わない。

「……? なんだ? どうして開かない?」

 タケルは焦るユージーンを見てフンと鼻で笑った。

「その扉は開かねえよ。お前らが通ったその扉は、残念ながら一方通行だったってわけだ」

「開かない……だと!? 馬鹿な」

 ユージーンは更に力を込め、体当たりをした。

「帰りたきゃ、他の出口を探すしかねえな。じゃあ俺達は先に帰るわ。ナナセ、頼む」

 タケルはナナセの肩に手を置いた。ナナセはロッドに魔力を込める。ロッドの光が強くなるのを見て、リスティは慌てて駆け出した。

「待って、ナナセ! それは移動できるものなんでしょう? 私達を先に通してちょうだい!」


「悪いけど、それはできないよ」

 ナナセはリスティに冷たく言った。

「ど、どうして? 私達が先に帰って、向こうから扉を開けるわ。必ず後で助けに来るから……」

「リスティの話は信用できないよ。嘘ばかりつくし」

 ナナセの返答は冷淡だった。足元の光がいよいよ強くなったのを見て、リスティは更に焦った。

「みんな、早くあいつらを止めて! 私が先に帰るべきでしょう!? 私を誰だと思ってるの? 私は『ノヴァリスの女王』なのよ!?」

 ゼットやベイン、他の仲間達もナナセを止めようと走り出す。


 ナナセは落ち着いた様子で、真っすぐにリスティを見ながら言った。


「あなたはただのリスティだよ。女王なんかじゃない」


 リスティの目が怒りで大きく開かれた。

「ナナセ……」


 タケルは顔の横でひらひらと手を振った。

「ユージーン。助けが来るまで、ちゃんとそいつらを守れよ? それがお前の役目なんだからな。じゃあ、頑張れよー」

「タケル! 貴様……」

 ユージーンがカッとなり、タケルに手を伸ばした。それと同時に、眩しい光がナナセ達を包み込み、光は大きく弾けた。


 光が消えた後、そこには何も残っていなかった。ナナセ達は「間の世界」から脱出したのである。

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